年を重ねると、多くの人が物忘れに悩まされる。記憶力の衰えは、ふつう脳の中で起きる変化として考えられてきた。
ところがマウスを使った新しい研究で、腸の中の変化も記憶の衰えに関わっていることが示された。
2026年3月11日、スタンフォード大学医学部とアーク研究所(Arc Institute、米カリフォルニア州パロアルト)などの研究チームが、科学誌『ネイチャー』に論文を発表した。
筆頭著者はペンシルベニア大学の大学院生ティモシー・コックス氏で、研究を率いたのはスタンフォード大学のクリストフ・タイス助教授とマーヤン・レヴィ助教授(ともに病理学)だ。
年をとったマウスの腸で増える細菌が、腸の炎症と迷走神経を通じて、記憶をつくる脳の働きを弱めるしくみを調べた。人で同じことが起きているかは、まだわかっていない。
記憶力が腸で決まるの!? じゃあヨーグルトいっぱい食べれば物忘れも治るのかな?
そう単純じゃないんだ。今回わかったのはマウスでの話で、ヨーグルトを調べた研究でもないよ。腸から脳へ信号が届くしくみを、順番に見ていこう。
年老いたマウスの腸内細菌が、若いマウスの記憶を弱めた


研究チームはまず、15匹のオスのマウスを離乳から死ぬまで追いかけ、2〜4か月ごとにふんの中の細菌の遺伝子を調べた。
年齢とともに数が変わった細菌は1133種にのぼった。その中から、年をとると増え、しかも若いマウスにうつる細菌を探した。
いちばんの候補が、パラバクテロイデス・ゴールドステイニー(Parabacteroides goldsteinii)という細菌だった。
研究チームは、生後2か月の若いマウスを、生後18か月の年老いたマウスと1か月いっしょに飼った。
すると若いマウスの腸内細菌は年老いたマウスに近くなり、新しい物を見分ける記憶のテスト(新奇物体認識)や、迷路の出口を覚えるテスト(バーンズ迷路)で成績が落ちた。
いっしょに飼うこと自体の影響と区別するため、腸に細菌のいない無菌の若いマウスに、年老いたマウスのふんの細菌を移す実験もした。
この場合も同じように成績が落ちた。ゴールドステイニーだけを無菌マウスなどの腸にすまわせても、記憶の低下が起きた。
無菌のまま育てたマウスは、18か月になっても記憶のテストで正常な成績を保ち、記憶の衰えがふつうのマウスより遅かった。
また、年老いたマウスの細菌をもらって記憶が落ちた若いマウスに、抗生物質を2週間与えると、成績は元に戻った。年老いたマウスでも、抗生物質を与えると成績が上がった。
タイス氏はスタンフォード大学の発表で「私たちは記憶の衰えを、脳の内側で起きる過程と考えがちだ。しかしこの研究は、消化管の中身を変えることで、記憶の形成や脳の活動を高められることを示している。いわば脳のリモコンだ」と述べている。
ただし、これはマウスでの結果だ。
記憶を弱めていたのは中鎖脂肪酸


では、細菌はどうやって記憶に影響したのか。研究チームがゴールドステイニーを培養し、細菌を取り除いた培養液をマウスに飲ませると、それだけで記憶のテストの成績が落ちた。
培養液を調べると、3-ヒドロキシオクタン酸(3-HOA)という中鎖脂肪酸が多く含まれていた。3-HOAを口から与えると、記憶をつかさどる海馬の反応が弱まり、記憶のテストの成績も落ちた。
3-HOAは腸や血液では増えたが、脳の中の濃度は上がらなかった。デカン酸やドデカン酸といったほかの中鎖脂肪酸でも、同じような影響が見られた。
腸の中の中鎖脂肪酸は、ふつうに細菌がいるマウスでは年齢とともに増えたが、無菌のマウスや抗生物質を与えたマウスでは増えなかった。
若いマウスを年老いたマウスといっしょに飼うと、若いマウスの腸の中鎖脂肪酸も増えた。
腸の炎症が迷走神経の信号を弱める
では、腸で作られた物質は、どうやって脳の記憶に影響するのだろうか。その道すじには、いくつかの段階がある。
論文によると、まず年をとった腸でゴールドステイニーなどの細菌が増え、中鎖脂肪酸が増える。中鎖脂肪酸は、マクロファージなど骨髄系の免疫細胞にあるGPR84という受容体にはたらきかける。
すると、TNFやIL-1βといった炎症を起こす物質が出る。この炎症で、腸から脳へ信号を送る迷走神経の感覚ニューロンの働きが弱まる。
その結果、新しい物に出会ったときの海馬の神経の反応が弱まり、記憶がつくられにくくなる。
研究チームは、この道すじを1つずつ確かめた。迷走神経の感覚ニューロンの働きを止めると、若いマウスでも記憶のテストの成績が落ちた。
年老いたマウスの細菌をもらった若いマウスでは、腸に栄養液を流したときに反応する迷走神経のニューロンが少なく、反応も弱かった。
GPR84を持たないマウスでは、中鎖脂肪酸を与えても記憶は落ちにくかった。TNFやIL-1βの働きを抗体で止めると、年老いたマウスの記憶が回復した。
炎症は腸や腸の周りの脂肪組織で強まっていたが、血液や脳では目立たなかった。


年老いたマウスの記憶を取り戻した3つの方法


この道すじのどこかを断てば、年老いたマウスの記憶は戻るのか。研究チームは3つの方向から試した。
1つ目は、細菌に感染するウイルス(ファージ)だ。パラバクテロイデス属の別の種をねらうファージ「φPDS1」を年老いたマウスに与えると、記憶のテストの成績が上がった。
このファージはゴールドステイニーの数は減らさなかったが、その遺伝子の働きを変え、腸の中鎖脂肪酸を減らした。
2つ目は、GPR84の働きを止める薬PBI-4050で、年老いたマウスの成績を若いマウス並みに戻した。3つ目は迷走神経を刺激する方法だ。
少量のカプサイシン(トウガラシの辛み成分)を与えると、年老いたマウスの海馬の反応と記憶が回復した。
腸のホルモンで迷走神経を刺激するCCKを与えた場合も、年老いたマウスの成績は若いマウスと見分けがつかなくなった。
腸内細菌と脳の老化の関係は、以前から調べられてきた。
2021年にアイルランドのユニバーシティ・コレッジ・コークのチームが『ネイチャー・エイジング』に発表した研究では、若いマウス(生後3〜4か月)のふんの細菌を年老いたマウス(生後19〜20か月)に移すと、加齢にともなう行動の衰えの一部がやわらいだ。
ただし、これらはどれもマウスでの実験だ。ファージやPBI-4050、カプサイシンで人の記憶が良くなるかは、確かめられていない。


人でも同じことが起きているのか
論文自身も、残っている課題をはっきり挙げている。腸から海馬までの神経のつながりの細部は、まだよくわかっていない。
長く続く炎症が、どうやって迷走神経の働きを変えるのかも不明だ。どの種類の免疫細胞が体のどこで関わっているのかも、わかっていない。
そして、マウスで見つかったこの道すじが人の記憶の衰えにも関わっているのかは、これから確かめる必要がある。
迷走神経を刺激する治療は、アメリカ食品医薬品局(FDA)が、うつ病やてんかんの治療、脳卒中後の回復の補助として承認している。
ただし論文は、迷走神経に働きかける方法が加齢による記憶の衰えに向いているかは、まだ評価が必要だとしている。研究チームは、同じしくみが人にもあるのかを調べている。
なお、この研究は特定の食品の効果を調べたものではない。
年をとったマウスでは、腸の細菌が変わると、脳へ届く信号が弱くなるんだね。
そうなんだ。ただ、人でも同じかはこれからの研究しだいなんだ。まずはマウスでわかった話として受け止めてね。
参考文献:
Cox TO, … Levy M, Thaiss CA. Intestinal interoceptive dysfunction drives age-associated cognitive decline(Nature, 2026, DOI:10.1038/s41586-026-10191-6)
論文本文(オープンアクセス): PMC13061634
発表: Enhancing gut-brain communication reversed cognitive decline, improved memory formation in aging mice(Stanford Medicine)
解説: Weakened gut-brain connection may contribute to memory loss(NIH Research Matters)
Boehme M, … Cryan JF. Microbiota from young mice counteracts selective age-associated behavioral deficits(Nature Aging, 2021, DOI:10.1038/s43587-021-00093-9)









