シドニーの北約90kmにあるキンカンバー採石場の砂岩から、皮膚の輪郭まで残る両生類の化石が見つかった。
ニューサウスウェールズ大学(UNSW)とオーストラリア博物館の研究チームがこの生物に「アレナエルペトン・スピナトゥス」と名付け、正式に学術記載した。
引退した養鶏農家の庭から始まった発見
採石場の石に隠れていた骨格
話の始まりは1990年代半ば、オーストラリアのニューサウスウェールズ州。引退した養鶏農家が、庭の擁壁(土を支える壁)に使うために、近くの採石場から砂岩を手に入れた。
ABC Newsによると、農家のミハイル・ミハイリディス氏は、砂岩の板をひっくり返したときに、そこに生き物の痕跡があることに気づいた。
標本はオーストラリア博物館に寄贈された。論文は、寄贈したミハイリディス家に謝意を述べている。
標本は、頭の骨から胴体にかけての骨がつながったまま、腹側を上にした状態で砂岩に残っていた。
論文は、頭骨と体の骨が連結した状態は近縁のグループでは珍しく、軟組織の輪郭も全身にわたって残っていると記している。
ただし、後ろ脚と尾の骨は保存されていない。
砂岩はとても硬く、骨から外しにくかった。そこで研究チームは、特別な許可を得てオーストラリア国境警備隊の貨物検査用の大型X線装置にかけたが、化石と砂岩の差が小さく、新しい情報は得られなかった。
見つかってから約30年を経て正式に記載された
見つかってから正式に記載されるまで、約30年かかった。ABC Newsによると、標本は一度展示されたあと収蔵庫に戻り、どんな種かを正式に調べる人がいないままだった。
筆頭著者のラックラン・ハート氏は、UNSWの博士課程の研究者で、オーストラリア博物館の研究者も務める。
ABC Newsによると、ハート氏は12歳のときにこの化石を初めて見たといい、博物館のチームが収蔵庫から標本を取り出して調べ直した。
共著者でオーストラリア博物館の古生物学キュレーターを務めるマシュー・マッカリー博士は「ニューサウスウェールズ州でこの30年に見つかった化石の中で、最も重要なものの一つ」とコメントしている。
研究成果は古脊椎動物学の専門誌Journal of Vertebrate Paleontologyに掲載された。
名前の意味は『あおむけの砂這い』
命名された学名「Arenaerpeton supinatus(アレナエルペトン・スピナトゥス)」は、ラテン語で『あおむけの砂這い』という意味を持つ。
属名は、ラテン語で「砂」を意味するarenaと、「這うもの」を意味するerpetonを合わせたもので、化石を包んでいた砂岩にちなむ。
種小名のsupinatusは「あおむけ」の意味で、標本が腹側を上に向けた状態で保存されていたことによる。
ハート氏は「頭と体がつながったままの骨格はあまり見つからない。軟組織が残っているのは、さらにまれなことだ」と話している。
論文によると、骨のばらけ方が少ないことから、死骸は食い荒らされたり乱されたりせずに埋まったとみられる。
堆積したのは静かな湖か河口のような環境だった可能性が高く、酸素の乏しい水や冷たい底の水が、死骸を食べる動物を寄せつけなかった可能性もあるという。
キク2億4000万年前の両生類の化石、生きていたときはどれくらいの大きさだったんだろう?
中国オオサンショウウオに似た頭と、がっしりした体
推定される体長は、頭から尾の先まで約1.2メートルだ。論文が示す保存部分の長さは、尾を除いて94センチで、頭骨の幅は23.6センチだった。
ハート氏は、同じ時代の近縁の動物の多くが小型だったなかで、この大きさが興味深いと話している。
論文では、後の時代の仲間であるシデロプス(推定2.6メートル)やコオラスクス(約3メートル)よりは小さい、中間の大きさだ。
ハート氏によると、頭の形は現代の中国オオサンショウウオによく似ているが、あばら骨の大きさと、化石に残った軟組織の輪郭から、はるかにがっしりした体つきだったと分かるという。
ただし論文は、軟組織が骨格より広く写っているのは、死後に体がふくらんだり圧縮されたりした影響かもしれず、生きていたときの太さそのものとは限らないとも述べている。
口の天井に牙を持ち、魚を食べていたとみられる
口の中に潜む牙のような歯
ハート氏によると、この両生類には、口の天井(口蓋)に牙のような歯が一対あった。論文も、口蓋の骨(鋤骨)の両側に、牙の歯が入っていたくぼみが残っていると記している。
ハート氏は、この両生類がクレイトロレピス(Cleithrolepis)などの古代魚を獲物にしていた可能性が高いとみている。
論文の復元図も、この魚を襲う姿を描いている。
三畳紀のシドニー盆地にいた淡水の捕食者
アレナエルペトンが暮らしていたのは、いまから約2億4000万年前の三畳紀で、場所は現在のシドニー盆地の淡水域だ。
論文は、化石を含むターリガル層の年代を前期三畳紀の後半から中期三畳紀の初めとし、近くの同時代の地層の放射年代として約2億4800万年前という値を挙げている。
ハート氏によると、このほかにどんな動物が同じ陸や水域にいたかを示す証拠は、あまりない。
論文は、前期三畳紀のオーストラリアが極に近い位置にあり、気候が涼しかったことにも触れている。
二度の大量絶滅をまたいだ『テムノスポンディル』
アレナエルペトンは、テムノスポンディル類と呼ばれる絶滅した両生類のうち、チグティサウルス類というグループに入る。
ハート氏によると、テムノスポンディル類は恐竜の時代の前から、恐竜と同じ時代まで生きていた。
チグティサウルス類は、南半球のゴンドワナからだけ知られている。オーストラリアではこれまで、クイーンズランド州のケラトブラキオプスとシデロプス、ビクトリア州のコオラスクスの3種が知られていた。
アレナエルペトンはニューサウスウェールズ州では初めて、オーストラリア全体では4番目のチグティサウルス類だ。




体の大きさが生き残りを助けた可能性
大きな体が長い命脈につながったのか
ハート氏は「テムノスポンディル類の化石記録は二度の大量絶滅にまたがっている。だから、体が大きくなる進化が、長く生き延びる助けになったのかもしれない」と話している。
論文も、チグティサウルス類が白亜紀まで生き延びたことについて、何らかの適応が助けた可能性を挙げている。
候補として、体の大きさや頭骨の形、悪い気候に耐える能力を挙げているが、確かめられてはいない。
論文によると、後の時代のチグティサウルス類では、ジュラ紀前期のシデロプスが全長約2.6メートル、白亜紀前期のコオラスクスが約3メートルと推定されている。
オーストラリアでは約1億2000万年後まで残った
ハート氏によると、オーストラリアにいた最後のテムノスポンディル類は、アレナエルペトンの約1億2000万年後の仲間だ。
論文は、白亜紀前期のビクトリア州にいたコオラスクスを、世界で最も新しいテムノスポンディル類としている。
また、三畳紀末の大量絶滅のあとにオーストラリアに残ったことが確かめられているテムノスポンディル類は、チグティサウルス類だけだ。
ジュラ紀後期の歯が1本見つかっているが、どのグループかは決められなかった。



庭の塀になりかけた石が、皮膚の輪郭まで残る貴重な化石だったんだね。大きな体が長く生き延びる助けになったのかもしれないって、わくわくする!
参考文献:
Hart LJ, Gee BM, Smith PM, McCurry MR (2023) 「A new chigutisaurid (Brachyopoidea, Temnospondyli) with soft tissue preservation from the Triassic Sydney Basin, New South Wales, Australia」 Journal of Vertebrate Paleontology. DOI: 10.1080/02724634.2023.2232829
Scientists name new species of giant amphibian found in retaining wall(UNSW Newsroom)
Australian palaeontologists formally identify fossil found inside sandstone slab almost 30 years ago as arenaerpeton supinatus(ABC News)









