はかせ、庭の塀の石が2億年以上前の化石だったって本当なの?
本当ですよ。オーストラリアである人が自宅の庭に組もうとした石垣用の砂岩の中に、約2億4000万年前の巨大両生類が眠っていたんです
シドニー近郊の採石場から運ばれた、何の変哲もない一枚の砂岩。その表面に刻まれていたのは、皮膚の跡まで残る奇跡のような化石だった。ニューサウスウェールズ大学(UNSW)とオーストラリア博物館の研究チームがこの生物に「アレナエルペトン・スピナトゥス」と名付け、正式に学術記載した。庭先の石が、三畳紀の川辺の生態系をのぞく窓になったのだ。
鶏農家の庭から始まった発見


採石場の石に隠れていた骨格
話の始まりはオーストラリア、ニューサウスウェールズ州。ある住人が、庭に石の塀を作ろうと近所の採石場から砂岩を運んできた。その石の山に紛れていたのが、後に研究者を驚かせることになる化石である。
運び出された石はどれも砂岩で、見た目はただの岩。だがその一枚に、何かの動物の骨らしき模様がはっきりと浮かび上がっていた。所有者は塀に組み込むのをやめ、この石をシドニーのオーストラリア博物館に寄贈した。1990年代のことである。
博物館に届いた時点では、大きな注目を集める標本ではなかった。しかし詳しく調べてみると、頭蓋骨から尻尾の先までほぼ全身が連結したまま残る、極めて珍しい標本だと判明する。ただの塀の材料になりかけていた石が、実は破格の化石だったわけだ。
約30年を経てついに正式記載へ
化石が博物館に渡ってから、本格的な研究に着手され正式に記載されるまでには、およそ30年という長い時間がかかった。標本が寄贈された1990年代から数えて、学名がつく2023年までの歳月である。今回の論文の筆頭著者であるラックラン・ハート氏(UNSW生物・地球・環境科学部の博士課程研究者、オーストラリア博物館と共同)が、このほぼ手つかずの標本に注目したことで、再評価が一気に進んだ。
共著者でオーストラリア博物館の古生物学キュレーターを務めるマシュー・マッカリー博士は「ニューサウスウェールズ州でこの30年に見つかった化石の中で、最も重要なものの一つ」とコメントしている。研究成果は古脊椎動物学の専門誌Journal of Vertebrate Paleontologyに掲載された。長く倉庫に眠っていた一個体が、専門家の目に留まった瞬間に主役へと変わったのである。
名前の意味は『あおむけの砂這い』
命名された学名「Arenaerpeton supinatus(アレナエルペトン・スピナトゥス)」は、ラテン語で『あおむけの砂這い』という意味を持つ。化石が岩の中で背を下にした向き、つまりあおむけの状態で保存されていたことと、川底の砂の上を這うような暮らしぶりに由来している。
頭蓋骨だけが見つかる断片的な化石は世界中にあるが、頭と胴体がつながった全身骨格はめったに出てこない。さらに皮膚の輪郭まで岩に焼き付いていたのは、破格の保存状態だ。
動物の死骸は通常、川底に沈んでから腐敗や食害で骨がバラバラになる。アレナエルペトンの場合は、本人にとっては運悪く、生き埋めに近い形で堆積物に覆われ、皮膚が分解される前に砂で型取りされたとみられる。全身がそろい、しかも皮膚の情報まで残る標本は、当時の姿を復元するうえで飛び抜けて貴重な手がかりになる。
中国オオサンショウウオに似た川のハンター


体長1.2メートル、骨太のがっしり体型
復元されたアレナエルペトンの体長は、頭から尾の先まで約1.2メートル。同じ仲間の中ではかなり大型の部類に入る。ちょうど小学生一人分ほどの生き物が川にいた、と思えばイメージしやすい。
頭の形だけを見ると、現代の中国オオサンショウウオに驚くほどよく似ている。ただし化石に残っていたあばら骨の太さや、皮膚の輪郭から推定される胴回りは、現生種よりずっと太くがっしりしている。同じサンショウウオ顔でも、より筋肉質でずんぐりした体型だったようだ。
牙と体格が語る水中ハンターの正体
口の中に潜む牙のような歯
この生物が単なる「のんびり屋の両生類」でなかったことを物語るのが、口の中の構造だ。アレナエルペトンの口蓋(上あごの内側)には、犬歯のように飛び出した牙状の歯が一対並んでいた。現代のカエルやサンショウウオにはあまり見られない、はっきりとした武装である。
普通の両生類は獲物を丸呑みにすることが多いが、口の天井に牙があると、いったん咥えた獲物が逃げにくくなる。例えるなら釣り針のカエシのような役割で、暴れる魚を逃さず仕留める仕掛けだ。
体格と歯の構造を合わせて考えると、川で待ち伏せして魚を狩る、典型的な水中ハンターだったとみられる。見た目こそ愛嬌のあるサンショウウオ顔だが、水辺では油断ならない捕食者だったわけだ。
三畳紀のシドニーの川を支配した姿
アレナエルペトンが暮らしていたのは、いまから約2億4000万年前の三畳紀。場所は現在のシドニー盆地に広がっていた淡水域だ。恐竜が地球の主役になる少し前の時代である。
研究チームによると、主な獲物はクレイトロレピス(Cleithrolepis)と呼ばれる古代魚だった可能性が高い。それ以外にどんな生き物と暮らしを共にしていたかは、化石の数が少なくまだよく分かっていない。
当時のオーストラリアは現在より南に位置していたが、内陸には広い河川や湿地が広がっていた。その水辺で待ち構えるアレナエルペトンの姿は、現代のワニとサンショウウオを足したような風景だっただろう。三畳紀の地球は温暖な気候が広がっていた時期にあたり、サンショウウオ顔のハンターにとって、こうした温暖湿潤な川辺はかなり居心地のよい狩り場だったはずだ。
今回の化石には皮膚の輪郭まで残っていたため、単なる骨格の形だけでなく、生きていた頃のシルエットに近い姿を復元できる。骨だけの標本では「たぶんこういう体型だろう」と推測するしかない部分を、実際の輪郭で確かめられるのは大きい。三畳紀の川面すれすれをゆったり泳ぎ、獲物が近づくのをじっと待つ――そんな一場面が、一枚の砂岩からかなりの解像度でよみがえってくるのだ。
大量絶滅を生き延びた『テムノスポンディル』


恐竜より前から続いていた一族
アレナエルペトンが属するのは、テムノスポンディル類と呼ばれる絶滅した両生類の大グループだ。最古の化石は石炭紀前期(約3億3000万年前より古い時代)にさかのぼり、恐竜の出現以前から地球の水辺を埋め尽くしていた。
ヘビのような胴体に短い四肢、平たい頭。見た目は地味だが、種類によって体長は数十センチから数メートルまでと幅広い。両生類でありながら、汽水域のような塩分のある水辺に進出した種類すらいたとされる。
現生の両生類(カエルやサンショウウオ)とテムノスポンディル類がどのような関係にあるのかは、いまも研究者の間で議論が続いている問題だ。今回のように皮膚の状態まで分かる標本は、その議論を進める材料としても役立つ。
体を大きくして難局を切り抜けた生存戦略
大量絶滅を乗り越えた一族
テムノスポンディル類は、生物史上有数の大事件を乗り越えてきた一族でもある。代表的なのが、三畳紀の始まりの直前に起きたペルム紀末の大量絶滅(約2億5200万年前)だ。地球史上最大とされるこの絶滅では、陸上の脊椎動物のうち約7割もの種が姿を消したと考えられているが、テムノスポンディル類はその荒波をくぐり抜けて命をつないだ。
ハート氏は、生き残りの鍵の一つに体の大型化があった可能性を指摘する。気温や水質の急変に弱い両生類にとって、体が大きいほど環境変化を吸収しやすい。湯船のお湯が多いほど冷めにくいのと同じ理屈だ。
体格が大きくなれば、一回の食事で得られるエネルギーも増える。獲物が乏しくなった環境でも、長い断食をしのぎやすかったと考えられる。アレナエルペトンの1.2メートル級という体格は、この「サイズで生き延びる戦略」を体現した一例と位置づけられそうだ。実際、この時代以降のオーストラリアには、さらに大型のテムノスポンディルが続々と現れる。中には全長数メートルに達する巨大種もいた。
オーストラリアでだけ1.2億年も続いた系譜
世界の他の地域では、テムノスポンディル類はやがてほぼ姿を消していったとされる。しかしオーストラリアだけは事情が違った。アレナエルペトンの仲間は、その後も約1億2000万年にわたって、この大陸の川や湿地に生き続けたのだ。
恐竜が繁栄した時代になっても、オーストラリアの水辺には巨大な「サンショウウオ風の両生類」が泳いでいた計算になる。世界の他の地域からは消えたグループが、孤立した大陸でだけしぶとく残ったわけだ。
大陸が他から切り離されると、競合相手や新たな捕食者が入ってきにくくなる。そのため、本来なら淘汰されそうな「古いタイプ」の生き物がそのまま生き残るケースは少なくない。カモノハシやハリモグラといった現代オーストラリアの動物たちの成り立ちと、テムノスポンディルの長い命脈は、同じ構図で説明できる。
採石場の石が偶然庭に運ばれていなければ、その物語の一角を担うアレナエルペトンの姿は、いまだに地中に眠ったままだったかもしれない。専門の化石ハンターでなくても大発見の入り口になり得るという、なんとも痛快な話である。
もう一つ見逃せないのは、この標本が博物館に寄贈されてから約30年ものあいだ、静かに眠っていたという事実だ。世界中の博物館の収蔵庫には、まだ正体を突き止められていない標本が数多く保管されている。今回のように、既に手元にある標本を新しい視点で見直すだけで、大きな発見につながることがある。フィールドに出て掘るだけが古生物学ではなく、棚に並んだ石をじっくり見返す作業もまた、重要な発掘なのだ。筆者としては、こうした「収蔵庫からの再発見」の物語が、これからもあちこちの博物館から生まれてくるのではないかと考えている。
庭の塀になりそうだった化石が、貴重な発見になっちゃうなんて!
ええ。しかも皮膚の跡まで残る全身骨格ですからね。三畳紀の川辺の暮らしを教えてくれる、またとない一個体なんです
アレナエルペトン・スピナトゥスの研究は、オーストラリアの古生物学にとって30年に一度クラスの収穫となった。皮膚の跡まで残るこの一個体から、三畳紀の川辺の生態系と、両生類の長期生存戦略の謎がじわじわと描き直されていきそうだ。次にどこかの民家の塀から出てくる石が、誰も知らない古生物の入り口になっているかもしれない。
参考文献:
Hart LJ, Gee BM, Smith PM, McCurry MR (2023) 「A new chigutisaurid (Temnospondyli: Brachyopoidea) with soft tissue preservation from the Triassic Sydney Basin, New South Wales, Australia」 Journal of Vertebrate Paleontology. DOI: 10.1080/02724634.2023.2232829
Scientists name new species of giant amphibian found in retaining wall(UNSW Newsroom)










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