これまで電気で光らせるのは「不可能」と思われてきたランタノイド入りナノ粒子。
ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所の研究チームが2025年11月にNature誌で発表した新型LED「LnLED」は、たった5ボルトで体の奥まで届く近赤外光を放つ。
医療画像や光通信への応用が期待されている。ただし、まだ実験室で生まれたばかりの第一世代デバイスであることも、あわせて押さえておきたい。
不可能と言われた「絶縁体を光らせる」挑戦
体の奥まで届く近赤外光を出す特殊なナノ粒子
研究の主役はランタノイド添加ナノ粒子(LnNP)と呼ばれる小さな結晶だ。
ランタノイドというのは、原子番号57から71までの希土類元素の総称で、テレビの蛍光体やレーザーにも幅広く使われている、いわば「光のスペシャリスト」のような金属群である。
このナノ粒子のすごいところは、極めて純度の高い光を出せることだ。とくに第二近赤外光(NIR-II)と呼ばれる波長は、人体の組織を比較的よく透過する。
波長はおよそ1,000〜1,700ナノメートルで、体の深いところまで届きやすく、体を傷つけずに内部を観察できる「光の窓」として注目されてきた。
これまで医療画像や生体センシングの分野で、この粒子を活用したいという声はずっとあった。ところが致命的な壁が立ちはだかっていた。
その壁を理解するには、なぜランタノイドの光がこれほど鋭いのかを知っておくと早い。ランタノイド原子の発光は、外側の電子ではなく内側の4f電子と呼ばれる軌道で起こる。
周りの環境からほぼ遮断された場所で電子が動くため、出てくる光の波長がぴったり揃う。
ランタノイドが抱えていた決定的な弱点
その壁とは、ランタノイドナノ粒子が電気を通さない絶縁体だという性質だ。LEDというのは電流を流して光を出すデバイスのこと。
ナノ粒子の母材はフッ化物などで、電気を流すのに必要なエネルギーの差(バンドギャップ)が約8電子ボルトもあり、電気を流して光らせるのは不可能と考えられてきた。
そのため、近赤外領域で高純度な光を出したい場合、世界中の研究者は量子ドット(QD)などの代替材料を使ってきた。
ただし材料ごとに得手不得手があり、波長の純度という一点ではランタノイド系の澄んだ光に魅力を感じる研究者が多かった。
だからこそ「電気で光らせられないランタノイド」は、長年のもどかしい宿題であり続けた。
「これらのナノ粒子は卓越した発光体ですが、電気で光らせる手段がありませんでした。日常的な技術への応用を阻む大きな壁だったんです」。
研究を率いたアクシャイ・ラオ教授はそう振り返る。誰もが諦めていたこの問題に、研究チームは正面突破ではなく、まったく別のルートで挑んだ。
鍵は「分子アンテナ」と暗い三重項エネルギー

研究チームは、電気をナノ粒子に直接流すのではなく、別の物質に電気を受け取らせ、エネルギーだけをナノ粒子に渡す方法を選んだ。
その橋渡し役が、有機分子と「三重項」というエネルギー状態だ。
9-ACAという有機分子が電気を捕まえる
研究チームが目を付けたのは、有機分子をナノ粒子の表面に貼り付ける方法だった。使ったのは9-アントラセンカルボン酸(9-ACA)という色素分子。
ナノ粒子の表面にびっしり並んだこの分子が、電気エネルギーを受け取る入り口になる。
仕組みはこうだ。LEDに電圧をかけると、電気の正体である電荷キャリアが流れ込む。ナノ粒子そのものは電気を通さないので、本来なら電荷キャリアは行き場を失う。
ところが、表面に貼り付けられた9-ACAがアンテナのように電荷を捕まえて受け止めてくれる。
「電気で直接ナノ粒子を光らせる代わりに、私たちは裏口を見つけたんです。有機分子がアンテナとなって電荷を捕まえ、特別な三重項エネルギー移動の過程を通じて、その情報をナノ粒子にささやくように伝えます。これが驚くほど効率的なんです」とラオ教授は語る。
キク粒の表面に貼り付けた有機分子が受け取ったエネルギーって、ナノ粒子にどれくらいうまく渡るんだろう?
98%の効率で起こるエネルギー受け渡し
ここで登場するのが三重項励起子という、量子力学的にやや特殊な状態だ。一般的な発光デバイスでは、三重項状態は「暗い状態」と呼ばれてエネルギーが無駄になりやすい。
テレビの有機ELなどでもこの三重項を活かすことが長年の課題だった。
ところがこの新システムでは、9-ACAから三重項エネルギーがナノ粒子内部のランタノイドイオンへと移る際に、98%以上の効率で受け渡しが起こると報告されている。
普通なら捨てられていたエネルギーを高い精度で拾い上げる、そこがこの発見の核心といえる。
その結果、絶縁体だったナノ粒子の中で、ランタノイドイオンが鋭く、純粋な近赤外光を放ち始める。研究チームはこのハイブリッド材料を、有機分子と無機ナノ粒子の組み合わせとして設計している。
5ボルトで光るLnLEDが切り開く未来


期待される医療・センシングへの応用
こうしてできあがった新型LEDは「LnLED」と名付けられた。動作電圧はわずか約5ボルト。身近な電子機器で扱う程度の低い電圧で動く点も特徴だ。
第二近赤外光は体の組織を透過しやすいため、研究チームは応用先のひとつとして生体イメージングや医療診断を挙げている。
体の奥の様子を、傷つけずに光で読み取る――そうした使い方が将来的に開けるかもしれない、という段階だ。
ケンブリッジ大学の公式発表でも、これらはあくまで「could(〜できるかもしれない)」「potential(可能性)」という言葉で語られており、今日すぐに実現する話ではない点は正直に押さえておきたい。
体内に埋め込めるサイズの光源は、特定の化学物質や生体マーカーを検出するセンサーとしても期待されている。
光のシャープさは、検出器側で「目的の波長だけ」を拾えることを意味し、余計なノイズを減らせる可能性がある。
ただし、具体的にどの病気の診断や治療にどこまで使えるかは、これからの検証にかかっている。
発光の純度という強みと、残された課題
LnLEDのもう一つの強みが発光スペクトルの狭さ、つまり光の波長がきれいに揃っていることだ。LnLEDが出す光は、特定の波長にピンポイントで集中している。
論文は、これまで報告された中で最も波長幅の狭い第二近赤外の電気発光だとしている。この鋭さは、生体センシングや光通信のように「特定の波長だけを使いたい」場面で大きな利点になる。
この論文の共同筆頭著者は、ユー・ジョンジョン博士、デン・ユンゾウ博士、イエ・ジュンジー博士の3人だ。ユー博士は「私たちのLnLEDが出す第二近赤外の光の純度の高さは、大きな強みだ」と話す。
「生体センシングや光通信では、鋭く決まった波長がほしい。私たちのデバイスはそれを楽に実現できる。ほかの材料ではとても難しいことだ」。
一方で、冷静に見るべき数字もある。初代デバイスの外部量子効率は、最も良いものでも0.6%あまりにとどまる。
投入した電力のうち光になるのはごく一部という意味で、実用化に向けてはまだ大きな伸びしろがある。
最初にネオジム、イッテルビウム、エルビウムを入れて作ったLEDでは0.004〜0.04%ほどで、効率の損失を抑える工夫を重ねて0.6%を超えるところまで来た。
また、入れるランタノイドの種類を変えることで、1,000〜1,533ナノメートルの範囲で光の波長を変えられ、15ボルトの高い電圧にも耐えた。
デン博士は「これは始まりにすぎない。光電子工学のためのまったく新しい素材群を開いた。有機分子と絶縁性のナノ材料の組み合わせは無数にあり、まだ思いついてもいない用途に合わせたデバイスを作れる」と話す。
研究は英国研究・イノベーション機構(UKRI)の助成金や、欧州のマリー・キュリー特別研究員制度の支援を受けて進められた。



電気を通さない粒も光らせられたけど、効率はまだ0.6%ほどの第一世代なんだね。
参考文献:
Yu, Z., Deng, Y., et al. (2025). 『Triplets electrically turn on insulating lanthanide-doped nanoparticles』. Nature. DOI: 10.1038/s41586-025-09601-y
ケンブリッジ大学 キャベンディッシュ研究所 公式発表: Cavendish Laboratory News
The impossible LED that could change everything (ScienceDaily)









