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ALSで話せなくなった男性、脳に入れた電極で約2年、家で会話を続けた

2026 10/02
テクノロジー
2026年6月16日2026年10月2日
脳の信号から言葉を作る装置を使う人のイラスト
🕑この記事は約9分で読めます

編集・パクト

ALS(筋萎縮性側索硬化症)で話すことが難しくなった男性が、脳に埋め込んだ電極を使って、自宅でほぼ毎日、文字や合成音声で会話している。

その約2年間の記録を、米カリフォルニア大学デービス校(UCデービス)などのチームが2026年6月、学術誌Nature Medicineに発表した。

BrainGate2という臨床試験に参加した1人(ケイシー・ハレルさん)の結果で、ほかの患者で同じようにいくかはまだ分からない。

また、よく取り上げられる「99%」は、画面に出た文を読み上げるテストでの単語の正確さで、ふだんの会話の数字ではない。

目次

2023年、45歳の男性が下した決断

黒い背景に浮かぶ脳の立体画像

ALSで奪われた「話す」という当たり前

ケイシー・ハレルさんは環境活動家だ。2023年、45歳のときにはすでにALSと診断されていて、車椅子の操作も、着替えや食事も人に頼っていた。

ALSは、体を動かす神経が壊れていき、筋肉が使えなくなっていく病気だ。ハレルさんは目と首を少し動かせたが、話すことはとても難しく、周りの人は彼の言葉を聞き取れなくなっていた。

それまでの伝える手段は、慣れた通訳を介する方法(1分に6.8語)と、頭の動きで操作するマウスで1文字ずつ打つ方法(1分に6.3語)だった。

そんなとき、UCデービスの神経外科准教授デビッド・ブランドマン氏たちが、脳に電極を埋め込んで意思を伝えられるようにする臨床試験への参加を打診した。

頭の手術を受け、電極を脳に入れたまま暮らすことになる。

「業界は変わる寸前だった。その一部になりたかった」とハレルさんは語る。脳の表面に置く電極を使うBCI(ブレイン・コンピューター・インターフェース)では、自宅で使えた例がすでにあった。

ただ、それはクリックで文字を選ぶ方式で、話そうとした言葉を読み取る方式より遅い。発話を読み取るBCIを、研究者の手を借りずに自宅で使い続けた例は、著者らの知るかぎりなかった。

5時間の手術で埋め込まれた256本の電極

2023年7月、ハレルさんは5時間の手術を受けた。

脳の左側の中心前回にある、話すための動きを担う領域(発話運動野)に、64本の電極を持つ「ユタアレイ」という電極の配列を4枚、合計256本の電極を埋め込んだ。

口や喉の筋肉がうまく動かなくても、話そうとすると、この領域の神経細胞は活動する。BCIは、その活動を読み取って言葉に変える。

電極の長さは1.5ミリで、1本ずつが個々の神経細胞の活動などを記録できる。

4枚の配列は2枚ずつ皮膚の下の線でつながり、頭蓋骨に固定した2つの接続端子に出ている。ここにケーブルをつないで、コンピューターに信号を送る仕組みだ。

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キク

口がうまく動かなくても、話そうとすると脳の神経細胞は活動するから、そこを読み取るんだね。

脳の信号を言葉に変える「39音素」の地図

神経の活動を文字にするとき、チームは英語の「音素」(音の最小単位)を手がかりにしている。論文の筆頭著者で、UCデービスの博士研究員ニコラス・カード氏が中心になって、解読の仕組みを作った。

「アメリカ英語のすべての音は、39の音素でできている」とカード氏は説明する。それぞれの音素を発音しようとしたときの神経の活動を覚えさせることで、本人専用の解読器を作れる。

「まず脳のデータから音素へ、次に音素から単語へと進む」とカード氏は言う。

具体的には、ニューラルネットワークが神経の活動から、80ミリ秒ごとに「いまどの音素を発音しようとしているか」の確率を出す。

区分は、39の音素に「無音」などを加えた41通りだ。その音素の並びを言語モデルにかけ、12万5,000語を超える英単語の中から、最もありそうな単語の並びを選ぶ。

文の終わりには、大規模言語モデルで候補の文を並べ直して確定させる。

キク

テストとふだんの会話で、正確さってどれくらい違うんだろう?

99%と92%、二つの数字の中身

手術から約1か月後に使い始め、その初日に50語の語彙で99.6%の単語が意図どおりに解読された。その後、語彙は12万5,000語に広がり、精度は97.5%だった(2024年の前の論文)。

今回の研究では、解読の仕組みを改良し、手術後600日目に、より正確なトランスフォーマーという型の解読器に切り替えた。

「99%」は、画面に出た文を声に出して読む決まったテストで、どれだけの単語を正しく解読できたかを示す。新しい解読器での単語の正確さは99.2%だった。

一方、ふだんの会話では正解が分からないため、ハレルさんが1文ごとに「正しい」「1語違う」「おおむね正しい」「間違い」の4段階で評価した。

18万3,060文のうち、そのまま正しかった文は53.3%、本人が画面で直した文が12.9%、おおむね正しい文が26.1%だった。

「92%」は、おおむね正しい以上と評価された文の割合で、すべての語が合っていたわけではない。

話し方でも数字は変わった。ハレルさんは途中から、声を出さずに口だけ動かす話し方に変えた。そのほうが楽で、速さは1分に約30語から50語超に上がった。

ただテストでは、声を出す話し方の正確さが99%超(1分に30.6語)だったのに対し、声を出さない話し方では96.5%(1分に49.7語)だった。

眠いときや疲れているときは神経の信号が弱まり、解読の精度も下がる傾向があった。著者らも、ふだんの会話での正確さは、テストほど安定して高くはなかったと認めている。

テストと自宅の会話で読み取りの正確さを比べた図

3,800時間の使用が変えた日常

手術から22.6か月の時点で、ハレルさんが研究の課題とは別に自分の意思で使った時間は3,800時間を超えた。この間の653日のうち444日使っている。

手術後281日目までは、研究補助員が付き添う週2〜4回の利用(1日平均3.7時間)に限られていた。

281日目に臨床試験の計画が変更され、訓練を受けた介護者だけで装置の着け外しができるようになった。すると1日の平均使用時間は9.5時間に増え、その後の397日のうち364日使った。

毎日の準備は約20分で、そのあとは最長19時間、助けなしで使い続けられた。「彼は発話BCIの初のパワーユーザーだ」と、研究チームの神経科学者セルゲイ・スタヴィスキー氏は語る。

BCIは話すためだけのものではない。右手を動かそうとするときの神経の活動から、パソコンのマウスカーソルも動かせる。

カーソルの機能は手術後358日目に加わり、その後は1日平均121分使った。ハレルさんはこれで自分のパソコンからメールやメッセージを送り、ウェブを見て、環境活動家としての仕事を続けている。

「これのおかげで仕事を続けて、家族のためにお金と保険を得られている。私の言葉を聞き取れないのが恥ずかしくて、あるいは怖くて来られなかった友人や家族とも、またつながれた」とハレルさんは話す。

電極の状態も安定していて、19か月を過ぎても、どの配列でも9割を超える電極で神経の活動を記録できていた。

次の目標と残る課題

解読した文は画面に表示され、本人が選べば、文の終わりに合成音声で読み上げられる。この音声は、ALSになる前のハレルさんの声に似せて学習させたものだ。

チームは次に、神経の活動から直接、自然なリズムや抑揚のある声を作る「ブレイン・トゥ・ボイス」と呼ばれるシステムに取り組んでいる。

外部の専門家は慎重だ。オランダ・ユトレヒト大学医療センターのBCI研究者は、ほかのALS患者で同じように、同じ期間うまく働く保証はないと指摘する。

この研究者が関わった別の女性患者は、完全に体内に埋め込む型のBCIを7年使ったが、その終わりごろには、脳の変性のためとみられる理由で使えなくなった。

また、ALSのように進行する病気の人には入院を避けたいと考える人が多く、脳の手術を受けたい人ばかりではない、と米ミシガン大学の研究者は話す。

「このシステムで少しは自分の役に立つことがあるだろうと、ひそかに自信はあった。でも、ここまで達成できるとは夢にも思わなかった」とハレルさんは語っている。

論文は、この研究の限界も挙げている。参加者は1人で、ほかの人や、ほかの埋め込み場所、ほかの病気に当てはまるかは分からない。

電極は頭の外の端子とケーブルでつなぐ方式で、毎日、訓練を受けた介護者の準備が必要だ。機材は台車に載せた複数のコンピューターで大きく、家の外には持ち出せなかった。

使う人の疲れや、装置の長期的な劣化は体系的には調べていない。著者らは、無線や完全に埋め込む型の装置の評価が今後必要だとしている。

キク

家で毎日使えたのはすごいけど、まだ1人だけの記録で、ほかの人でも同じかは分からないんだね。

参考文献:
Card, N. S., et al. (2026). Long-term independent use of an intracortical brain–computer interface for speech and cursor control. Nature Medicine. DOI: 10.1038/s41591-026-04414-6
論文本文(PMC): PMC13375540
UC Davis Health「Brain-computer interface enables independent, accurate communication for man living with ALS」(2026年6月15日): health.ucdavis.edu
MIT Technology Review「This man with ALS is the first power user of a brain implant that lets him speak」(2026年6月15日): technologyreview.com

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この記事の編集者

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科学メディア「シルミー」の運営者。子供の頃から宇宙や生き物の図鑑を読みあさり、大人になった今も科学ニュースを追いかける日々。海外の学術メディアから面白い研究を見つけて、日本語でわかりやすく届けることをライフワークにしています。

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