手がかりは、私たちの祖先が歩き方と脳を大きく変えていった歩みのなかにあった。
研究チームによれば、人間に特徴的な強い右利きは、直立二足歩行と大きな脳の進化と深く結びついている可能性が高いという。
この記事では、その根拠と、どこまでが統計モデルの示す推測なのかを、あわせて見ていきたい。
人類がなぜ二本足で歩くようになったのかは、シルミーのYouTubeでも動画で解説しています。
世界の人口のおよそ9割が右利きです。その理由について、オックスフォード大学などのチームが有力な説明を示しました。
人類の9割が右利きという大きな謎
道具を使うから右利き、ではなかった
利き手の起源は、長いあいだ研究者を悩ませてきた難問だった。サルやネズミなど他の動物にも、前足の「使いやすい側」はある。
だが、ある種の集団のうち約9割もが同じ右側にそろうのは、人間くらいしか見当たらない。
利き手は脳の左右差とも深く結びついている。右手を主に動かしているのは、脳の左半球だ。つまり右利きが多数を占めるという事実は、人間の脳が左右で役割を分けて働いている証でもある。
これまで有力だったのは「石器などの道具を使うために右利きが広まった」という考え方だった。ところが道具の使用だけでは、なぜ「右」なのか、なぜここまで極端に偏るのかをうまく説明できなかった。
41種2,025匹の霊長類を一気に解析
オックスフォード大学とレディング大学の共同チームは、この難問に正面から挑んだ。集めたのは、サルや類人猿41種、合計2,025匹ぶんという大量のデータだ。
人間ひとりだけを見つめても、右利きの理由は見えてこない。そこで人間に近い霊長類を横並びにして比べ、どんな特徴をもつ種で利き手の偏りが強くなるのかを探ろうとした。
家系図全体を見わたして共通点をあぶり出す作戦だ。
調べた要素は、道具の使用・食べ物の種類・生息環境・体の大きさ・群れの構造・脳の大きさ・移動の仕方という7つ。利き手を生む原因の「容疑者」を、一人ずつ順番に取り調べていくようなやり方だった。
比べたのは、多くの研究で共通して使われている「チューブ課題」の結果だ。筒の中に入れた餌を、どちらの手で取り出すかを繰り返し観察して利き手を判定する。
同じやり方で測ったデータにそろえることで、種どうしを比べやすくしている。
キク近い親戚の種どうしは似てて当たり前だけど、その影響はどうやって取りのぞいたんだろう?
ベイズ統計が浮かび上がらせた共通点
解析の土台になったのがベイズ統計という手法だ。種どうしがどれだけ近い親戚かという進化の関係を計算に入れながら、どの要素が利き手と本当に結びつくのかを見分けていく。
近い親戚どうしは特徴が似ていて当たり前なので、その影響を差し引かないと正しい原因にはたどり着けない。ベイズ統計は、この「血縁による思い込み」を取りのぞくフィルターの役目を果たした。
この成果は2026年に学術誌『PLOS Biology』に発表された。
著者はオックスフォード大学で進化人類学を研究するトーマス・プシェル准教授とレイチェル・ハーウィッツ氏、そして統計モデルを担当したレディング大学のクリス・ヴェンディッティ教授だ。
プシェル博士は、利き手をめぐる主要な仮説を一つの枠組みでまとめて検証したのは今回が初めてだと話す。これまでバラバラに語られてきた説を同じ土俵に乗せたことが、研究の新しさだという。
そのうえで、結果は利き手が人間を人間たらしめる特徴、とりわけ直立二足歩行と大きな脳の進化と結びついていることを示していると博士は続ける。
41種もの霊長類を見わたすことで、利き手のどこが古くから共有され、どこが人間だけのものかが見えてきた。
鍵を握っていた「二足歩行」と「大きな脳」


人間を例外にしていた2つの数値
解析を始めた当初、人間だけがほかのすべての霊長類から大きく外れた、ぽつんと浮いた存在に見えた。右利きの偏りが、ほかの種とくらべて極端に強かったからだ。
ところがモデルに2つの特徴を加えたとたん、状況が一変した。その特徴とは脳の大きさと、腕と脚の長さの比率だ。
そもそも人間以外の霊長類では、群れ全体が同じ手にそろう傾向は弱い。個体ごとにバラバラだったり、ゆるく偏る程度だったりする。
人間の「9割が右」という極端なそろい方が、いかに目立つかがよく分かる。
この2つを考慮に入れると、人間はもう特別な例外ではなくなった。人間の極端な右利きは、霊長類全体の流れの「延長線上」にきれいに収まったのだ。
腕と脚の比率が示す二足歩行の痕跡
腕と脚の長さの比率は、その種がどれだけ二足歩行に適応しているかを示す目印として使われる。脚が長く腕が短いほど、二本足で歩く暮らしに寄っているということだ。
木の枝を腕でつかんで渡り歩く類人猿は腕が長い。一方、地面を歩いて暮らす人間は脚が長い。たった一つの比率が、その生き物の暮らし方を映し出す物差しになる。
この数値と脳の大きさをそろえて比べたところ、人間の強い右利きは「人類だけの謎」ではなく、二足歩行と大きな脳をもつ生き物に自然とあらわれる性質として説明できた。
長年の謎が、2つの体の特徴に行き着いたのだ。
二段階で強まった右手への偏り
チームは、右利きが二段階のプロセスで強まったと考えている。第一段階は二足歩行だ。二本足で立つことで、手が移動の役目から解放された。
歩くのに使わなくなった手には、細かく非対称な作業に向かう余地が生まれた。物をつかむ、加工する、投げる——そうした動きのなかで、片方の手に役割が集中していった。
面白いのは、手が自由になっただけでは強い右利きまでは説明できなかった点だ。
統計モデルが示唆したのは、どちらの手に役割が寄っていくかには、左右で機能を分けるようになった大きな脳が関わっている、という筋書きだった。
第二段階として脳が大きく複雑になるにつれ、右手を好む傾向が強まっていったと考えられる。
歩き方の変化がまず下地を作り、脳の進化がそれを後押しする――あくまでモデルから読み取れる二段構えの仮説だが、バラバラだった手がかりを一本の線でつないでみせた点に、この研究の面白さがある。
もちろん「こう決まった」と断言できる段階ではなく、今後の検証を待つ推論であることは、忘れずにおきたい。





人間に右利きが多いのは、まず二本足で歩いて手が自由になって、次に大きな脳が右手への偏りを強めたからかもしれないってことか。
化石人類が物語る右利きの進化史


アウストラロピテクスからネアンデルタール人へ
この手法のすごいところは、すでに絶滅した祖先の利き手まで推定できる点だ。化石に残った体の特徴を数式に当てはめれば、何百万年も前の手の使い方が浮かび上がってくる。
アルディピテクスやアウストラロピテクスといった初期の人類は、今の大型類人猿と同じくらい、ごく軽い右利きだったと見られる。
研究チームが算出した「利き手の偏りの向きの強さ」を表す指標では、アルディピテクスが0.16、アウストラロピテクス・アファレンシスが0.32と、いずれも低い値にとどまった。
ただし、「どちらかの手をはっきり使い分ける」強さのほうは、こうした初期の人類の段階ですでに高かったと推定されている。
論文は、利き手の強さは人類の進化の早い時期に高まり、みんなが同じ右手にそろう向きの偏りは、ホモ属が現れてから一気に強まったとしている。
たとえばアルディピテクスは、向きの偏りが0.16と低い一方で、強さの指標は0.73と高かった。
偏りがはっきり強まるのは、私たちと同じホモ属が登場してからだ。
同じ指標で見ると、ホモ・エルガステルが0.50、ホモ・エレクトスが0.54、そしてネアンデルタール人が0.64と、段階を追って右手への偏りが濃くなっていったと推定されている。
「ホビット」ホモ・フロレシエンシスの例外
流れから一つだけ外れた種がいる。小さな体から「ホビット」とあだ名されたホモ・フロレシエンシスだ。チームの推定値は0.28で、同じホモ属のなかでは際立って低い。
右利きの偏りはかなり弱かったと予測されている。
ホモ・フロレシエンシスは、インドネシアのフローレス島で見つかった身長1メートルほどの小さな人類だ。孤立した島で独自の進化をとげたとされ、その特異な体つきが今回の予測ともよく合っていた。
理由は筋が通っている。ホモ・フロレシエンシスは脳が比較的小さく、木登りと二足歩行の両方に対応できる体つきを残していた。
二足歩行に振り切っていなかったぶん、右利きも強まらなかったというわけだ。
左利きが消えなかった理由は未解明
謎がすべて解けたわけではない。なぜ左利きが進化の途中で消えずに残り続けたのか、人間の文化が右利きをどれだけ後押ししたのかは、まだはっきりしていない。
右利きが有利なら左利きは減っていってもよさそうなのに、現実には一定の割合で残り続けている。この理由は今回の研究でもわかっていない。
一方で論文は、右利きが多数派であることは文化をこえて見られ、左利きが多数派の人間社会は一つも記録されていないと指摘している。
文化だけで右利きの広がりを説明するのは難しい、というのが研究チームの見方だ。
研究チームは今後の課題として、オウムやカンガルーなど、霊長類以外で手足の使い分けがはっきりしている動物にも解析を広げたいとしている。
種をこえて同じような偏りが別々に進化したのかどうかを調べるためだ。
参考文献:
Püschel, T.A., Hurwitz, R.M., Venditti, C. (2026). 『Bipedalism and brain expansion explain human handedness』. PLOS Biology, 24(4). DOI: 10.1371/journal.pbio.3003771
Scientists think they’ve cracked the mystery of human right-handedness (ScienceDaily)
論文本文(オープンアクセス): PMC13138751
プレスリリース: University of Oxford









