2026年6月、イタリア・ボルツァーノの研究機関ユーラック・リサーチ(Eurac Research)のミイラ研究所のチームが、学術誌『Microbiome』に論文を発表した。
約5300年前のミイラ「アイスマン(エッツィ)」の体と保管室の微生物を、遺伝子の解析と培養で調べた研究だ。目的は、いまの保管条件で微生物の活動が本当に止まっているのかを確かめることだった。
その中で、皮膚、胃の内容物、体内の融解水から、寒い環境に適応した4種類の酵母を培養できた。筆頭著者のモハメド・サルハン氏は取材に、この酵母でサワードウを試作したと話している。
ただしパン作りは論文には書かれていない。酵母が5300年前から生き続けていたのか、比較的最近に住みついたのかについても、見方が分かれている。
キク5300年前のミイラのエッツィって、いつ、どこで見つかったんだろう?
氷河から現れた5300年前の凍った男
1991年9月、オーストリアとイタリアの国境に近いエッツタール・アルプスで、ドイツ人の登山者2人が氷河の中のミイラを見つけた。
約5300年前の男性の遺体で、エジプトのピラミッドが建てられるより前の、銅器時代を生きた人物である。
エッツィは現在、イタリア・ボルツァーノの南チロル考古学博物館で、マイナス6度、湿度99%の冷凍室に保管されている。
論文によると、この条件は見つかった氷河の中の状態に近いが、標高の違いから酸素の濃度は約30%高い。発見の直後には、カビが生えないようにフェノールを含む液で処理されたこともあった。
これまでにわかっていたこと
エッツィは背中に矢を受けて死亡したとされる。亡くなったときは40代で、身長は約1.6メートルだった。
胃の内容物の調査からは、死の直前にアイベックスとアカシカの肉、そして小麦を食べていたことがわかっている。
腸の微生物については、2019年の研究で、現代の工業化された社会の人にはほとんど見られない細菌が見つかっていた。
遺体から培養できた4種類の低温酵母
サルハン氏と、ミイラ研究所の所長フランク・マイクスナー氏らのチームは、2019年4月に試料を集めた。
エッツィを4度の部屋に移し、5時間かけて体を覆う氷を溶かしながら、氷のかけらと溶けた水を集めた。さらに体の12か所を綿棒でぬぐい、皮膚などの組織と、体の内部から出てきた水も採った。
比べるために、1991年に遺体の下から採った土、湿度を保つために吹きかける水、保管室の空気も調べた。2010年に採った胃の内容物の試料も培養に使った。
培養の結果、4種類の酵母が育った。
グラシオザイマ・ワトソニイ(Glaciozyma watsonii)、ムラキア・ロベルティイ(Mrakia robertii)、フェノリフェリア・グラシアリス(Phenoliferia glacialis)、ゴッフォーザイマ(Goffeauzyma)属の一種だ。
グラシオザイマとムラキアは体の内部から出た水、フェノリフェリアは皮膚、ゴッフォーザイマは2010年の胃の内容物の試料から得られた。
どれも寒い環境に適応した酵母で、全ゲノムを調べると、南極や北極の氷河、イタリアやロシアの高山といった寒い土地の株に近かった。
論文は、病院や食品から紛れ込むありふれた菌ではないとしている。
では、酵母はいつから遺体にいたのか。これらの種は氷河や高山の環境からしか報告がなく、論文は、死後に体の開口部から入りこんだ可能性を挙げている。
酵母のDNAには、古いDNAに特有の傷み(末端のシトシンがチミンに変わる変化)が見られた。
このため論文は、酵母は古い時代に由来し、5300年間眠っていた生き残りか、死後に住みついた酵母の子孫のどちらかだとみている。
どちらなのかは、論文自身もこれからの問いとしている。
一方で、2010年と2019年の皮膚の試料を比べると、酵母に占めるグラシオザイマの割合は85%から98%に増えていた。
2019年の試料ではDNAの断片が長く、傷みも少なかった。論文は、この酵母がマイナス6度の保管室の中でも、ゆっくり増え続けている可能性があるとみている。
研究に加わっていないラトビア有機合成研究所のニコライ・オスコルコフ氏はAFP通信に、試料は2010年と2019年のものしかなく、酵母が数千年にわたって増え続けてきた証拠はとても乏しいと述べた。
オスコルコフ氏は、酵母は比較的最近にミイラに住みついたものだとみている。



ミイラの酵母は古い時代のものらしいけど、5300年眠ってたのか後から住みついたのかは、まだ決まってないんだね
どのように培養したのか
培養は、綿棒の試料を寒天培地に直接塗り、4度と20〜22度で28日間置く方法で行った。体の内部の水は100マイクロリットルを培地に広げた。
胃の内容物は0.1グラムを栄養液に入れ、4度で2週間置いてから培地に広げた。論文の方法の節には、何度も失敗したといった経過は書かれていない。
サワードウの試作は論文の外の話
サルハン氏はAFP通信に、酵母を持っていると言うと、すぐに「それでパンが作れるか」と聞かれると話した。そこでサワードウを作ってみたという。
最初はうまくいかなかったが、3か月取り組んだ末に「とても、とてもいいサワードウができた」と笑って語った。
Live Scienceの取材には「うまくいった。生地としては、とても良かった」と答えている。同誌は、予備的な試みで、この酵母がサワードウに使える可能性が示されたと伝えている。
ただし、このパン作りは論文には書かれていない。焼き上がったパンの味や、材料・配合などの作り方の詳しいことは、保存した記事では確かめられなかった。
サルハン氏は、将来はパンやビールなどの発酵産業でこの酵母を使える可能性があると話している。ビール造りも考えているかと聞かれると「リストに入っている」と答えた。
論文と発表が応用として挙げているのは、別の点だ。4種のうち3種の酵母は、発見直後のカビ対策に使われたフェノールを分解する遺伝子を持っていた。
発表によると、低い温度で働く微生物は、低温での発酵など、エネルギーの少ない工業プロセスに役立つ可能性がある。


腸に残っていた古い細菌


腸の試料からは、エッツィ本来の腸内細菌の名残とみられる細菌も見つかった。
ロンボウツィア・ホミニス(Romboutsia hominis)、ルミノコッカス・ブロミイ(Ruminococcus bromii)、トレポネーマ・スクシニファシエンス(Treponema succinifaciens)などだ。
これらのDNAには古いDNAに特有の傷みがあり、現代の汚染ではないと確かめられた。論文は、これらの細菌が、工業化されていない社会の人々の腸内細菌とよく似ていると書いている。
サルハン氏はAFP通信に、エッツィの腸にいたある種の細菌は、工業化された社会の人の腸からはほぼ姿を消したが、アフリカや南米の部族の人々からは見つかっていると話した。
この細菌は、オーストリアのハルシュタットの塩坑に残る約3000年前の糞便からも見つかっているという。
サルハン氏は、エッツィや青銅器時代の坑夫たちは、現代の人より食物繊維と全粒穀物を多く食べていたと説明している。
ただし、この塩坑の糞便との比較は論文には書かれておらず、取材での説明だ。


1人のミイラからわかること、わからないこと
サルハン氏はLive Scienceに、エッツィは銅器時代の人々を代表しているとは限らず、「1人の個人のスナップショット」にすぎないと強調している。
論文も、限界をいくつも挙げている。貴重なミイラなので、同じ部位から繰り返し試料を採ることはできない。
遺伝子から読み取れるのは働きの可能性までで、微生物が実際に活動しているのか眠っているのかは区別できない。酵母の変化も、2010年と2019年の2つの時点を比べただけだ。



ミイラから育った酵母って、ミイラを傷めたりしないのかな?
ミイラの保存にとっての意味
論文がいちばん重く見ているのは、ミイラの保存への影響だ。グラシオザイマやムラキアなどの酵母は、組織を分解するタンパク質分解酵素や脂肪分解酵素の遺伝子を持っていた。
論文は、マイナス6度の保管でほとんどの分解菌は抑えられるものの、低温に強い微生物は生き残りうるとして、遺伝子解析による定期的な監視を提案している。
サルハン氏は、酵母がミイラを傷めているかどうかはまだわからず、さらに研究が必要だと話している。
南チロル考古学博物館のエリザベート・ヴァラッツァ館長は、保存の条件はいまはとても安定しており、微生物の綿密な監視によってミイラが傷まないようにしていると述べている。
参考文献:
Sarhan MS, Samadelli M, Zink A, Maixner F. The Iceman’s microbiome: unveiling millennia of microbial diversity and continuity(Microbiome, 2026;14:135)
DOI: 10.1186/s40168-026-02417-6
論文本文(オープンアクセス): Europe PMC PMC13231656
発表: Scientists find unexpected life on Ötzi the Iceman’s 5,300-year-old body(Eurac Research / ScienceDaily)
取材記事: Scientists find yeast in frozen mummy’s guts, use it to make sourdough bread(CBS News / AFP)
取材記事: ‘It was very very good’: Ötzi the Iceman’s body is covered in ancient yeast(Live Science)









