ティラノサウルス・レックスは、長らく日光で体を温めなければ動けない「大きなトカゲ」として描かれてきた。
この1世紀、恐竜生理学者は骨の微細構造や成長速度、化石が出る緯度から間接的にしか体温を推測できなかった。
ところが今回、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のRandon J. FloresとRobert A. Eagleらのチームが、モンタナ州ヘルクリーク層で見つかった6600万年前のT.レックスの歯を分析し、体温そのものを直接測ることに成功した。
結果は約36.3±2.5℃で、私たち人間やゾウの体温と目立って近い。論文は2026年9月16日付『Science Advances』に掲載された。
キクどうして今まで、恐竜の体温は直接測れなかったんだろう?
1世紀続いた「冷血か温血か」の論争


T.レックスのイメージは、20世紀の大半を通じて「尻尾を引きずるのろまな爬虫類」で固定されていた。当時の復元画では、頭を垂れ気味に、尾を地面に触れさせて歩く姿がおなじみだった。
それを覆したのが1990年代以降の恐竜復元で、俊敏に走る鳥っぽいT.レックス像が広がる。ジュラシック・パーク以降の一般イメージはむしろこちらに近い。
ただし「見た目が鳥に近い」ことと、「体温を自分で温める温血動物である」ことはイコールではない。姿は敏捷でも、代謝がゆっくりな冷血動物でありうるからだ。
これまでの研究が頼れたのは、あくまで間接的な材料ばかりだった。骨の中の血管密度、骨組織の成長リング、化石が発見される緯度、獲物を追える体格──どれも状況証拠にすぎない。
研究者ごとに解釈が分かれ、「恐竜全体が温血」と主張する派と、「系統ごとに戦略が違ったはず」と反論する派が並走してきた。
近年は「多くの恐竜が内温性を獲得していた」との見方が優勢ではあったが、決定打はまだ無かった。
過去には歯や骨に含まれる酸素同位体から体温を推定しようとした試みもあった。ただしこの方法には致命的な弱点があった。
酸素同位体の値は温度だけでなく、体内の水の組成にも左右される。ところが絶滅動物の体内水がどうだったかは誰も特定できず、結果はいつも「〜かもしれない」で終わっていた。
今回の研究チームは、水の組成に依存しない別の同位体シグナルを使い、この長年の壁を横から回避した。恐竜の生きている間の体温を数字で示す、というかつて到達できなかった段階に足を踏み入れたわけだ。


化石の歯から出た『36.3℃』
Flores博士らが分析したのは、モンタナ州ヘルクリーク層──小惑星衝突の直前を保存しているあの地層──から見つかったT.レックスの歯3本だ。
うち2本は、ロサンゼルス自然史博物館が所蔵する体重3トン超の若い成体「トーマス」──同館の恐竜ホールに立つ、ほぼ完全な看板級の骨格──のものだった。
残る1本は別個体の折れた歯である。博物館が削り取りを許したのは、このトーマスの歯2本のごく一部だった。
個々の測定値は37.3℃、35.9℃、そして34.7℃。平均すると36.3℃、誤差±2.5℃におさまった。
この温度帯はインドゾウやアフリカゾウの平時の体温(約36℃)とほぼ重なり、ダチョウやエミューなど大型の飛べない鳥の体温とも同じレンジに入る。
「大型で、地上を走り、動きが激しく、しかも卵を産む」動物として現生種と並べたとき、体温だけは無理なく彼らの隣に置ける値だ。
論文によると、飛ぶ小型の鳥の平均体温(約41℃)よりは少し低い。今回の値は化石を「削って直接読んだ」もので、骨の構造などから推し量ったものではない。
「体温は高そうだ」という段階から、「約36℃」という数字をもとに議論できる段階に進んだ。
エナメル質に閉じ込められた『温度計』


今回の方法はクランプト同位体温度計法(clumped isotope thermometry)と呼ばれる。
歯のエナメル質に含まれる炭素13と酸素18という重い同位体が、どのくらいの頻度で隣り合って「くっついて」いるかを数える手法だ。
この「くっつき方(クランプ)」の頻度は、鉱物が形作られたときの温度によって決まる。冷たいと重い同位体同士がくっつきやすく、温かいと熱運動でバラバラになりやすい。
つまりくっつきの数が少ないほど、その歯が作られた瞬間の体は温かかったことになる。
この方式の決定的な強みは、体内の水の組成に左右されないことだ。酸素同位体単独の弱点をゼロにできる。だから絶滅動物にも適用でき、しかも体液の推定という不確かな橋を渡らずに済む。
この方式によって、「歯という遺物から温度を直接読む」道が開かれたと言ってよい。
もう一つの決め手がエナメル質の耐久性だ。骨や象牙質は、生きている間も埋没後も分解と再構築を繰り返してしまう。ところがエナメル質は結晶構造が大きく、化学的な入れ替わりに強い。
地層の中でも「1つの記憶」が数千万年ほぼ書き換わらずに残る素材である。
研究チームは実際、同じ歯のエナメル質と象牙質で同位体の値が異なることを確認しており、これは埋没後に化学が変質していない有力な証拠になる。
もし後から地下水などで書き換わっていたなら、両者は似た値に収束するはずだからだ。赤外分光では化石エナメルが現生ワニと似た性質を示し、炭素同位体からは肉食動物らしい食性シグナルまで読み取れた。
時間が「歯だけには手を出せていなかった」ことが、複数の物理化学的テストで多重にチェックされた形だ。
10年で必要量を90%削った
この分析法は、Eagle博士らが2011年にジュラ紀の竜脚類の歯で、恐竜に初めて応用したものだ。ただし当時の方法には大きな問題があった。
試料が大量に要るのだ。T.レックスの標本から、それほどの量を削らせてくれる博物館はまずない。
そこでUCLAチームは、歯を溶かして得た二酸化炭素ガスを加圧して密度を上げるという工夫を積み上げた。ガスを濃く絞ることで、質量分析計が読み取れる最小サンプル量を大きく下げられる。
UCLAの発表によると、必要な化石の量は10年で約90%減った。この技術改良があって初めて、ロサンゼルス自然史博物館は「トーマス」の歯を、ごく微量なら分けてよいと同意した。
研究チームはT.レックスの歯だけでなく、同じヘルクリーク層から出たワニ類の歯5本も分析している。T.レックスの歯はモンタナ州カーター郡、ワニの歯はマッコーン郡と、産地は別だ。
同じ時代で、体の温め方が違うと予想される動物を対照群に置くことで、方法が本当に温度差を拾えているかを確かめられる。
測定に偏りがあれば、T.レックスとワニで同じような値が出てしまうはずだ。
同じ地層のワニは30.9℃、そしてアラスカへ広がる
ヘルクリーク層のワニ類は平均30.9℃で、歯ごとの値は27.7〜38.2℃だった。現生のワニ類が水と日なたを行き来して保つ体温(30〜35℃)に収まる。
T.レックスとの差は統計的にも有意だった(ウェルチのt検定でP=0.0108)。方法がきちんと差を検出できたということだ。
チームは次に、同じ地層の淡水産二枚貝(ムール貝)から夏の水温を復元し、約26℃という数字を得た。
さらに解像度60kmの高精度気候モデルを走らせ、後期白亜紀のヘルクリークは夏のピークで約33℃、年平均21℃程度と推定した。
当時の気候は今より11〜25℉温暖だったが、それでもT.レックスは常に周囲の環境より数℃温かかった計算になる。
T.レックスの体温は、二枚貝から推定した水温より統計的にはっきり高かった。
この体温データを使って、研究チームは「バーチャル種」モデルを組み立てた。
現生の哺乳類・鳥類465種の温度耐性データを教師にして、T.レックスの許容体温(34.7〜37.3℃)と当時の降水量から生息可能地を割り出したのだ。
結果として、メキシコから寒冷なアラスカまで、北米大陸のほぼ全域が生息可能圏に含まれた。
実際にアラスカからは近縁のティラノサウルス類化石が見つかっており、テキサス州トランス・ペコス地域からも候補標本が出ている。
冷血の爬虫類ではまず冬を越せないこれらの土地に恐竜が居られたのは、体温を自分で作れたからだと辻褄が合う。



T.レックスは同じ地層のワニよりはっきり温かかったから、寒いアラスカにもいられたと考えると辻褄が合うんだね。
『大きいから温かい』の可能性は残る


ただし論文は、この温度計だけで「代謝が温血と断定できる」とまでは書いていない。体温が高いことと、体の中で自ら熱を作っていることは、厳密には別物だからだ。
大きな動物は体積に対して表面積が小さいため、外から温めるだけでも熱が逃げにくく、結果的に体温が高く安定する。
これはギガンサーミー(gigantothermy)あるいは慣性恒温性と呼ばれ、大型ワニなどでも観測される現象だ。
相関と因果を混同しないための、大事な留保である。
ただし今回の若い成体T.レックスの体温は、同じ大きさの冷血動物について体格から予測される値を上回っていた。
ただ論文は、この予測モデル自体に異論があり、体温だけから代謝を推し量るのは慎重であるべきだとしている。
そのうえで、北極圏に近いアラスカで大型ティラノサウルス類が一年中暮らしていたことは、寒さに耐えられる恒温性の内温動物だったことと両立する、と結論づけている。
もう一つの限界は季節バイアスだ。歯を痛めないよう、抽出したのは各歯のごく一部にすぎない。
もし削った箇所がすべて同じ季節に形成されたエナメル質だったら、その季節の体温だけを拾ってしまう可能性がある。
今回は同じ若齢個体の2本の歯の2箇所が統計的に同じ値を出したので極端な偏りはなさそうだが、3本の歯だけでは季節差を完全に消し込めない。
今後、より多くの歯・より広い部位でのサンプリングが待たれる。





T.レックスって、体温のほかにも鳥に似ているところがあったのかな?
体の中の水も鳥に似ていた
論文は体温のほかに、歯から復元した体内の水と、当時の環境の水との酸素同位体の差も調べた。差は平均4.5‰で、ダチョウ(4.0‰)やニワトリ(4.2‰)など現生の鳥とよく似ていた。
水の取り込み方や体内での水の扱いも、鳥に近かった可能性がある。
参考文献:
一次ソース: Flores et al., The body temperature of Tyrannosaurus rex(Science Advances, 2026年9月16日)DOI: 10.1126/sciadv.aeb7653
研究機関: カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA) / 二次ソース: ScienceDaily, Ars Technica









