6600万年前、ユカタン半島の沖に何かが落ちて地球の大半の生き物が消えた。それが「恐竜絶滅」の教科書的な結末だ。
だが「その隕石が具体的にどの家系の石だったのか」は、長らく決着していない問いだった。
46年前にイリジウム過剰が見つかり、35年前に衝突クレーターが発見され、それでも「犯人の顔」ははっきりしないまま数十年を過ごしてきた分野なのだ。
フランスのパリ地球物理学研究所(IPGP)、ベルギーのブリュッセル自由大学、カナダのブリティッシュコロンビア大学、オーストリアのウィーン大学の研究者による国際チームは、境界層の粘土に残るニッケルの同位体比を精密に測り、候補を炭素質コンドライトの一群「COコンドライト」と、どの群にも属さない一部の隕石に絞り込んだ。
研究は2026年7月17日、学術誌『Science Advances』に掲載された。
1980年、境界層の『イリジウム異常』が扉を開けた
そもそも「恐竜は隕石で絶滅した」という説自体が、1980年より前は本流ではなかった。当時の教科書では、火山活動や気候変動といった地球内部の原因で徐々に生態系が崩れたという説明が主流だ。
転機を作ったのはノーベル賞物理学者ルイス・アルバレスと地質学者の息子ウォルター・アルバレスの共同研究だった。
イタリア・グッビオの地層で、白亜紀と古第三紀の間にはさまれた薄い粘土層に、地殻にはほとんど存在しない元素イリジウムが異常に高濃度で含まれていることを見つけた。
イリジウムは地球の地殻には極めて少ないが、隕石や小惑星には比較的多く含まれる。境界層に地球外由来の元素が世界中で分布している、というこの結果は、白亜紀末に巨大な衝突が起きた強い証拠になった。
アルバレス仮説と呼ばれるこの説は、当初は激しく批判されたが、世界の他地点でも同じ「イリジウム尖峰」が次々と確認され、その後の30年ほどで圧倒的な支持を集めるようになる。
ただし、この時点でも「どんな種類の隕石が落ちたのか」は分かっていなかった。イリジウムだけでは、鉄隕石でも石隕石でも区別が付かないからだ。
キクイリジウムで衝突は分かっても、どんな隕石かまでは分からなかったのか。
ユカタン半島の地下に眠る『傷跡』チクシュルーブ・クレーター
次の転機は1990年代前半、地球物理学者アラン・ヒルデブランドらのチームによるチクシュルーブ・クレーターの発見だった。
メキシコ・ユカタン半島の地下に、直径約180キロメートルもの円形構造が埋まっていることが、石油探査データの磁気異常や重力異常から浮かび上がった。
半分は陸、半分はメキシコ湾の海底にまたがる巨大な傷跡だ。
ユカタン半島に点在するセノーテ(石灰岩の陥没穴)の環状配列は、地下に眠るクレーターのリムをなぞるように分布しており、後から見れば地表にヒントが浮かんでいたことになる。
年代測定の結果、クレーターの形成時期は化石記録と同じK-Pg境界と一致した。
これで「隕石はどこに落ちたか」が特定された。しかし「何が落ちたか」は依然として空欄のままだ。クレーター本体の岩石は、衝突エネルギーで気化・混合してしまい、隕石本体はほとんど残っていない。
世界に散らばった境界層粘土の中に、衝突時に噴き上げられたちりつぶ大の物質が残るのが、犯人像を追う唯一の手がかりになった。


『炭素質コンドライト』までは絞れた、しかしその先は霧の中だった


2000年代以降、境界層のちりに含まれる元素の比率から、犯人隕石の絞り込みが少しずつ進んだ。クロム同位体やルテニウム同位体の測定によって、「炭素質コンドライト」という分類群までは行き着いた。
炭素質コンドライトは太陽系の初期物質をよく保存した石質隕石で、水や有機物を比較的多く含む古株のグループだ。
全隕石の1割にも満たない比較的珍しい家系だが、生命の材料になる有機分子を運びうるため、地球生命の起源議論にも深く関わってきた。
ただし、炭素質コンドライトはさらにCI・CM・CO・CV・CK・CRなど複数の下位群に分かれる。
それぞれ生まれた場所と時期、水の量、粒(コンドリュール)の大きさが違い、化学的な指紋も少しずつ異なる。
「炭素質コンドライト」という言葉は家系レベルの分類で、「兄弟のうちの誰か」を特定できたわけではなかった。論文によると、これまでの研究で最も有力とされてきたのはCMコンドライトだった。
46億年変わらない『ニッケル同位体』という指紋


ニッケル同位体はなぜ『動かない指紋』なのか
今回のパリチームが選んだのは、これまで境界層研究では注目度が低かったニッケル(Ni)の安定同位体だ。
ニッケルには質量数58・60・61・62・64の5つの同位体があり、各同位体の存在比は、太陽系のどこで固まった物質かによって微妙に異なる。
しかもこの同位体比は、隕石が形成された約46億年前から現在までほとんど変わらない。放射性崩壊の影響を受けにくく、火成活動や風化でも比が動きにくい、「消えない指紋」なのだ。
境界層の粘土からわずかなNiを取り出す
パリ地球物理学研究所のゲオルギー・マハタジェ、フレデリック・モワニエらのチームは、デンマークのステヴンス・クリント、スペインのカラバカ、イタリアのフルロ、フロンターレ、フォルナチの5か所の境界層から粘土を取り、含まれる微量のニッケルを分離して同位体比を精密に測った。
これらの粘土に含まれる衝突の飛び散り物は、重さで0.5〜5%ほどと見積もられている。
比較のために、CI・CM・CO・CVなどの炭素質コンドライトや、新しく提案された群の隕石も含め、11個の隕石を測った。





恐竜時代の終わりの地層に残ったニッケルの成分の比、どの隕石と一番合ったんだろう?
犯人は『オーンズの仲間』COコンドライト — 少数派の家系だった
照合の結果、境界層粘土のニッケル同位体比に最もよく合致したのは、炭素質コンドライトのなかのCOコンドライトと、既存の家系に分類しにくいungrouped(未分類群)の一部だった。
CIと、新しく提案されたCY群ははっきり除外でき、これまで有力とされてきたCMも合わなかった。
COコンドライトの「O」は、1868年にフランスに落下したオーンズ(Ornans)隕石にちなむ命名だ。
粒(コンドリュール)の平均直径が約0.15ミリメートルと、炭素質グループのなかでも小ぶりで、水の含有量も少ない。
論文によると、衝突した天体は直径10〜15キロほどで、内部が溶けて層に分かれるには小さすぎる。コンドライトのような、生まれたときのままの天体だったことと合う。
『乾いた隕石』が意味すること — 絶滅の脚本が書き換わる


この特定が科学的に効いてくるのは、絶滅メカニズムの再考につながる点だ。
従来、白亜紀末の大量絶滅は「衝突で放出された水蒸気・硫黄酸化物・二酸化炭素などの揮発性物質が、大気を覆い、太陽光を遮り、酸性雨を降らせた」というシナリオで語られてきた。
犯人隕石そのものが、水や揮発性物質を大量に運んできたと想定されていたためだ。
COコンドライトは、CIやCMに比べて水や揮発性の成分が少ない。
衝突で放出された硫黄のうち約4割は隕石から来たと見積もられてきたが、論文によると、COコンドライトならCMコンドライトを想定した場合の約半分の硫黄しか運ばない。
当時の生き物は、科の17%、属の50%、種の85%が絶滅したと推定されている。
ここで比重が上がるのが、衝突による直接的な衝撃波・大規模火災の煤・粉塵による遮光・チクシュルーブ現地の石膏に由来する硫黄など、地球側の要因寄りのシナリオだ。
実際、チクシュルーブが落ちたユカタン半島は硫黄を多く含む石膏質の岩盤で、衝突で気化した硫黄が空を覆ったという説は以前からある。
隕石が乾いていた分、地球本体から気化して舞い上がった物質の役割が相対的に重くなる、という理屈だ。



恐竜を滅ぼした隕石が運んだ硫黄が少ないなら、落ちた場所の岩から出た硫黄が絶滅で果たした役割を見直すことになるのか。
『隕石の指紋鑑定』が拓く、太陽系の来歴地図


もう1点、この論文が科学に持ち込む価値は、ニッケル同位体という新しい物差しそのものだ。
境界層のような太古の衝突現場から回収された微量の物質でも、家系レベルで隕石を同定できる手法が確立した意味は大きい。
過去のほかの絶滅イベントや、月や火星のクレーター、地球古代の衝突堆積層にも応用できる可能性がある。
もちろん、現時点の結論には慎重に読むべき点もある。論文自身、COコンドライトと、新しく提案されたCT群に近い隕石のどちらなのかは、今のデータでは区別できず、さらに研究が必要だとしている。
また、境界層からは地球の物質にはまれなアミノ酸も見つかり、CMコンドライト説の根拠の一つになっていた。
しかし論文は、それらが炭素や窒素の同位体から見て地球の生物由来で、石炭が熱で変化してできた可能性が高いとする研究を挙げている。
参考文献:
一次ソース: Makhatadze, G. V. et al., The origin of Cretaceous-Palaeogene impactor revealed by nickel isotopes(Science Advances, 2026年7月17日)DOI:10.1126/sciadv.aef4858
研究機関: パリ地球物理学研究所(IPGP)/ブリュッセル自由大学ほか / 二次ソース: Phys.org
論文本文(オープンアクセス): PubMed Central PMC13378546









