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ナマコの切れ端が3年も死なない! 海底に潜む本物ゾンビの正体

2026 5/28
生き物・自然
2026年5月28日
🕑この記事は約8分で読めます
シルミー

はかせ、ナマコをちぎったら、その切れ端が3年も生きてたって本当?

はかせ

本当なんです。カナダのニューファンドランド大学チームが、深海性のナマコ「プソルス・ファブリキイ」の切断された体の一部が、なんと3年以上も自然海水の中で生き続けたと発表したんですよ

研究結果は2026年5月に学術誌Science Advancesに掲載された。研究者たちは、この切れ端を「現実世界のゾンビ」と呼んでいる。フランケンシュタインの怪物やアダムス・ファミリーの「シング」みたいに、切り離された体の一部がひとりでに動き続ける現象が、まさか海底で本当に起きていたわけだ。

目次

そもそもなぜナマコの切れ端が3年も生き続けたのか

海底にいるナマコの様子

偶然はじまった「ゾンビ観察」

もともとこの実験は、再生現象を3年もかけて観察するつもりで始まったわけではなかった。研究チームはプソルス・ファブリキイという冷たい海に住むナマコを使い、再生能力を調べる別の目的で組織の一部を切り離した。

普通なら、切断された組織は数日から数週間で腐って消える。生き物の体から切り離されたパーツは、栄養も酸素も供給されなくなるからだ。指の先がカッターで切れて落ちたら、その先っぽが何日も動き続けることはない。

ところが切られたナマコの破片は、そのまま自然海水の中で動き続けた。1か月、半年、1年と時間がたっても腐らず、しかも目に見える変化が起き続けた。研究チームは予定を変更し、観察を続けることにした。

3年以上の長期生存という前代未聞の記録

結果として、切断された組織は3年以上にわたって自然海水の中で生存・活動を維持した。これは、無菌の特殊な培養液ではなく「普通の海水」の中で、切り離された組織が長期間生き残った世界初の記録になる。

従来の細胞培養は、滅菌した培養液に栄養素を細かく調整して入れる必要があった。雑菌が一匹でも混入すれば培養液は数日で濁って終わる。海水はその真逆の環境で、無数の微生物が漂う「世界で最も汚い液体」のひとつだ。

シニア研究員のレイチェル・シプラー博士は「自然海水は、実験的に取りうる手法の中で最も微生物多様性が高く、もっとも『きれいでない』環境です」と語る。にもかかわらず、ナマコの切れ端は腐敗せず動き続けたのだ。

「ゾンビ組織」と呼ばれた理由

切れ端には脳もなければ口もなく、消化管もない。それでも組織は明らかに「生きていた」。傷口を自分で塞ぎ、色素を持つ細胞を新しく作り、結合組織を発達させた。

まるで死体だけが目を覚まして勝手に動き出すホラー映画のような状態だ。チームが「現実のゾンビ」と表現したのも、この見た目の不気味さに由来している。

鍵を握るのは「海水から栄養を直接吸う」仕組み

口がないのにどうやってエネルギーを得るのか

普通の動物は食べ物を口から取り込み、消化管で分解して栄養を吸収する。切り離されたナマコ片には、その消化管そのものがない。それなのに3年生き続けるには、別ルートでエネルギーを補給するしかない。

研究チームが突き止めたのは、組織が海水に溶け込んだアミノ酸を体表から直接吸収しているという事実だ。海中には魚やプランクトンの排泄物、生物の死骸が分解されてできたアミノ酸が微量に漂っている。

切れ端ナマコは、ストローでジュースを吸うように、体の表面全体でその栄養素を取り込んでいた。脳も心臓もなく、ただ体の表面から食事をする生き方は、地上の動物では考えられない方法だ。

細胞が自ら役割を「組み替える」

もうひとつ重要だったのは、切れ端の中で細胞が自分の役割を再編成していた点だ。研究チームの観察で、組織内では細胞の多様化(diversifying cells)、免疫活動、組織の再構築が同時に進行していた。

もともと皮膚だった細胞が結合組織に変身したり、新しい色素細胞が現れたりと、ひとつの細胞が状況に応じて別の仕事を引き受けていく。会社で例えると、本社が消えた支店の社員たちが、自分たちだけで人事を再シャッフルして組織を立て直すような動きだ。

この現象を支えるのが、ナマコ特有の幹細胞的な柔軟性だ。海に住む無脊椎動物は体全体に分化能力の高い細胞を持っていて、必要に応じて姿を変えられる。ヒトデが腕一本から再生できるのと似た仕組みが、ナマコでは「体ごと切り取られた状態」でも働いていた。

陸上の動物では、ヒドラやプラナリアといった一部の生き物にしか見られない能力だ。それが深海性のナマコでは、切り離された組織だけで成立してしまう。生命の設計図がここまで柔軟だとは、研究者たちにとっても予想外だったという。

免疫システムが切れ端の中で動き続ける

3年もの長期間、海水の中で腐らずにいられた最大の理由は、組織内に残った免疫機能が独立して働き続けたことにある。研究では、切断片の中で免疫活動が継続的に確認された。

無数の細菌や微生物が漂う海水の中で、切れ端は自前の免疫で雑菌を寄せ付けず、自分の体を守っていた。脳からの司令も心臓からの血液供給もないのに、ローカルな免疫システムだけで生命維持が成立していたわけだ。

イメージとしては、本部と通信が切れた孤島の駐在所が、独自の警備隊と食糧調達ルートだけで何年も自活し続けるような状態だ。指令系統がないのに秩序が崩れない、その仕組みこそが「ゾンビ組織」の正体である。

研究チームは、組織内で観察された細胞同士のシグナル交換が、中央指令の代わりを果たしていると推測している。隣り合った細胞が互いに化学的なメッセージを送り合うことで、全体としてひとつの「ミニ生命体」のような振る舞いを実現していたわけだ。

切れ端ナマコが医学研究を変える可能性

再生医療の研究室

倫理ハードルが低い研究モデルとして

この発見が注目される最大の理由は、医学研究の「使いやすさ」を一気に広げる可能性があるからだ。ヒトや脊椎動物の細胞を使う研究には、倫理委員会の審査や厳しいバイオセーフティ規制がついてまわる。

無脊椎動物であるナマコは、そうした倫理的・バイオセーフティ上の制約がはるかに少ない。しかも自然海水という安価な環境で長期間扱えるので、高価な培養設備を持たない大学や教育機関でも研究に取り組みやすくなる。

研究の共同実施者であるビゲロー海洋科学研究所のチームは、この特性が次世代の生物学教育の現場でも活躍すると見ている。学生が長期間にわたって組織の変化を観察できる教材は、これまでほとんど存在しなかった。

傷の修復と抗菌素材への応用

切断面の自己修復が極めて速かったことから、応用先として最初に挙がっているのが創傷治癒の研究だ。切れ端は自分で傷口を塞ぎ、雑菌だらけの海水の中でも感染を起こさなかった。

この性質を分子レベルで解明できれば、人間の傷の治りを早めたり、抗生物質に頼らない抗菌素材を開発したりするヒントになる。火傷や糖尿病の足の潰瘍など、感染しやすい傷の治療に役立つかもしれない。

海中に存在する細菌の種類は陸上とは桁違いに多い。それでも自己防衛できる仕組みは、薬剤耐性菌に苦しむ現代医療にとって貴重な手がかりになる。

再生医療と次世代モデル生物への展開

切れ端ナマコのもうひとつのインパクトが再生医療への応用だ。失った指や臓器を再生させるには、細胞が自分の役割を切り替える「リプログラミング」の仕組みを理解する必要がある。

プソルス・ファブリキイの切片は、まさにこのリプログラミングが3年単位で起きている生きた実例だ。研究チームは今後、どの遺伝子がスイッチを切り替えているのか、ヒトの細胞にも同じ仕組みが眠っているのかを掘り下げる計画だ。

ナマコは古くから日本でも食卓に並ぶ身近な海の生き物だが、その細胞の柔軟さは医学を一歩前に進める可能性を秘めている。海底でひっそり生きていた「ゾンビ」が、次世代の再生医療の主役になる日が来るかもしれない。

シプラー博士のチームは、次の段階として組織片を別の海洋環境に移し、温度や塩分濃度を変えた条件下でも同じように長期生存できるかを検証する予定だ。条件次第ではさらに長く、5年や10年単位での観察も視野に入ってくる。

また、切れ端の中で起きている遺伝子発現のパターンをRNAシーケンスで詳しく解析する計画も進んでいる。どの遺伝子が「ゾンビ化」のスイッチを担っているのかが明らかになれば、ヒトの組織に同じ機能を呼び覚ますための糸口にもなる。

海底でひっそり3年間生き続けた小さな破片は、再生医療と細胞生物学の双方に新しい問いを投げかけている。ナマコという地味な生き物が、生命の限界を更新しつつあるのは確かだ。

シルミー

ナマコすごい! お味噌汁のナマコが医学を変えるかもしれないなんて思わなかった

はかせ

地味な生き物にこそ、生命の謎を解くカギが隠れているんですよね。海底のゾンビが人間の傷を治す未来、結構ワクワクしませんか?

参考文献:
A severed piece of sea cucumber refused to die, and what happened next could transform medicine
出典: Phys.org

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生き物・自然
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この記事を書いた人

シルミー編集者のアバター シルミー編集者

科学メディア「シルミー」の運営者。子供の頃から宇宙や生き物の図鑑を読みあさり、大人になった今も科学ニュースを追いかける日々。海外の学術メディアから面白い研究を見つけて、日本語でわかりやすく届けることをライフワークにしています。

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