はかせ、NASAのプシケって探査機が火星に近づいたってホント?
本当ですよ。2026年5月15日に火星のすぐ近くを通り抜けて、その重力を使って加速したんです。目指す先は太陽系で一番ナゾの「金属の塊」なんですよ
火星はゴールではなく、巨大なパチンコ台のような役割を果たした。NASAのプシケ探査機は燃料を節約するため火星の重力を借りて加速し、本当の目的地である小惑星帯へ旅立ったのだ。
火星パチンコ大作戦が成功した瞬間


燃料を一滴も使わずに加速する方法
探査機が宇宙を進むのに必要な燃料は、打ち上げ時にすべて積み込まなければならない。だが、それでは遠くへ行くほど膨大な燃料が必要になってしまう。重い燃料を積めば積むほど、打ち上げる際にも余計な力が要るというジレンマが生まれる。
そこで使うのが「重力アシスト」だ。天体の重力に近づいて軌道を曲げ、その勢いで加速する技術である。例えるなら、走っている車のそばを通り過ぎる際にロープで引っ張ってもらうようなものだ。1970年代のボイジャー探査機も、木星や土星の重力を使って太陽系の外へと飛び出していった。
プシケ探査機は2026年5月15日午前5時3分(米太平洋夏時間)、火星表面からわずか4,609キロメートルの距離まで接近した。地球と月の距離が約38万キロであることを考えると、火星のすぐ「上空」を駆け抜けた格好だ。
時速1600キロの加速に成功
NASAのジェット推進研究所(JPL)で航法を担当するDon Han氏は、地球からプシケに送る電波の周波数を分析することで加速が成功したと確認した。動いている物体から届く電波の周波数が変化する「ドップラー効果」を利用したのだ。救急車のサイレンが近づくと高く、遠ざかると低く聞こえるのと同じ原理である。
「火星はプシケに時速1,000マイル(約1,600キロ)の加速を与え、太陽に対する軌道面を約1度ずらしてくれました。これで2029年夏の小惑星プシケ到着に向けて軌道に乗りました」とDon Han氏は語る。
軌道面が1度ずれるだけでも、宇宙のスケールでは大きな違いになる。プシケが向かう小惑星帯は、火星と木星の間に広がる岩石の海だ。そこに直径わずか280キロの目標が一つだけ浮かんでいるのだから、針の穴に糸を通すような精密さが求められる。1度の角度のズレを修正するだけでも、本来なら数百キロ分の燃料が必要だったはずだ。
地球からの監視チームが見たもの
火星接近の瞬間、地球側ではNASAのディープスペースネットワーク(DSN)がプシケからの電波を受信し続けていた。DSNは深宇宙の探査機と地球を結ぶ通信網で、米カリフォルニア州・スペイン・オーストラリアの3か所に巨大なアンテナが設置されている。地球が自転しても常にどこかのアンテナが宇宙のほうを向くため、24時間通信が途切れないしくみだ。
「事前の計算と飛行計画には自信がありました。それでも、DSNのドップラー信号をリアルタイムで監視しているときは、本当にドキドキしましたよ」とDon Han氏は振り返る。電波の周波数のわずかなずれから探査機の速度変化が分かるため、加速が予定通りに進んでいるかが手に取るように確認できたという。
偶然撮れた三日月の火星


大気のチリが描いた予想外の光景
プシケが火星に近づいたとき、地球からは想像できない光景がカメラに収まった。火星が細い「三日月形」に見えたのだ。これは太陽・火星・探査機の位置関係が特殊な角度になったために起きた現象である。地球から夜の半月や三日月を見上げるのと同じ理屈で、火星も照らされる側だけが光って見える。
しかも、その三日月は科学者たちが予測したよりも、火星の縁に沿って遠くまで伸びていた。原因は火星大気中に舞うチリだ。チリが太陽光を散乱させて、本来なら暗いはずの部分まで薄く照らし出していた。火星はしばしば惑星全体を覆うほどのダストストームに見舞われる星でもある。
夕焼けの空が赤くなるのも、地球の大気中の粒子が太陽光を散乱させるからだ。火星の三日月にも同じ物理が働いていたわけである。プシケが撮影した画像は、火星の大気そのものの研究にも貴重なデータをもたらすことになる。
機器テストの絶好のチャンス
プシケには複数の科学機器が搭載されている。マルチスペクトルイメージャー(多波長カメラ)、磁力計、ガンマ線・中性子分光計だ。火星接近はこれらの機器を本格運用前にすべてチェックできる絶好の機会となった。
イメージャーの責任者であるアリゾナ州立大学のJim Bell氏は、火星に近づくにつれて何千枚もの画像を撮影したと話す。「カメラの性能を測ったり、小惑星プシケで使う画像処理ツールの初期テストを行ったりするのに、またとないデータが手に入りました」
Jim Bell氏はNASAのパーサヴィアランス火星探査車で使われている主力カメラの責任者でもある。火星地表のパノラマ撮影を担ってきた専門家が、今度は金属の小惑星に挑むわけだ。火星接近の最中には、火星探査機マーズ・リコネサンス・オービターやキュリオシティ探査車、欧州宇宙機関のマーズ・エクスプレスといった既存の火星ミッションも支援観測を実施した。
火星の磁気の壁を捉えた可能性
磁力計チームには嬉しいおまけがあった。火星の周りにある「バウショック」と呼ばれる、太陽風と火星の磁気環境がぶつかる領域を検出したらしいというのだ。バウショックはちょうど、川の中に置いた石の手前にできる波の盛り上がりに似ている。
地球には強い磁場があって、太陽から飛んでくる荷電粒子を弾き返している。火星にはそれほど強い磁場はないものの、それでも太陽風と衝突する境界が存在する。今回の観測データは過去数十年の火星観測データと比較される予定だ。小惑星プシケに磁場があるかどうかを調べる本番に向けて、機器の感度を測る予行演習にもなった。
待っているのは「金属でできた世界」


直径280キロの謎の塊
プシケがこれから3年かけて目指すのは、その名も「16プシケ」という小惑星だ。火星と木星の間の小惑星帯に浮かんでおり、最大の差し渡しは約280キロメートル。東京から名古屋までの距離とほぼ同じサイズだ。
この小惑星が特別なのは、表面が金属でできていると考えられている点である。岩石でできた小惑星が大多数を占めるなか、金属の小惑星はとても珍しい存在だ。地上の望遠鏡やレーダー観測からも、16プシケの表面はニッケルや鉄を多く含む金属で覆われている可能性が指摘されてきた。
太陽系の赤ちゃん時代の「化石」かもしれない
科学者たちが特に注目しているのは、16プシケが原始惑星のむき出しになった金属コアかもしれないという仮説である。
太陽系ができたばかりの頃、惑星の卵にあたる「微惑星」が無数に飛び交っていた。それらが衝突を繰り返しながら、現在の惑星に成長していった。16プシケはその過程で外側の岩石部分を激しい衝突で剥ぎ取られ、内部の金属コアだけが残った姿ではないかと考えられている。ゆで卵の白身がはがれて、黄身だけがそのまま宇宙に残されたようなイメージだ。
もしそうなら、16プシケを調べることは、地球や火星のような岩石惑星の奥深くにある「核」を直接観察することに近い。地球の中心は液体の金属だが、地球を半分に割って中を見るわけにはいかない。地球の核までの深さは約2900キロにも及び、人類が掘った最も深い穴でも12キロ少々が限界だ。16プシケはまさにその答えを宇宙の冷凍庫で保存してくれているわけだ。
2029年8月、いよいよ到着
探査機プシケは2029年8月に小惑星16プシケへ到着する予定だ。到着後は複数の高度から小惑星を周回し、表面の地図作りや化学組成の分析、磁場の測定などを行う。短くても2年弱は16プシケのまわりに留まる計画になっている。
主任研究者でカリフォルニア大学バークレー校のLindy Elkins-Tanton氏は「何年も待ち望んでいた火星接近が無事に終わりました。赤い惑星に感謝して、次は小惑星プシケへ向かうだけです」とコメントしている。
探査機プシケはNASAのディスカバリープログラム14番目のミッションとして選ばれた。太陽電池と電気推進という燃費の良い方式で、地球から数億キロ離れた小惑星帯までゆっくりと進んでいく。金属の小惑星は将来、宇宙資源の供給源として注目される可能性もある。プシケのミッションは、太陽系の起源を解き明かすだけでなく、人類が宇宙でどう活動するかという未来の地図にもつながっていく。
金属の小惑星なんてSFみたい! 早く2029年にならないかな
3年後にはプシケが何でできているか、本当の姿がはっきり見えるかもしれませんね
火星でのパチンコ作戦は無事に終わった。あとは小惑星帯までの長い航海が続く。2029年8月、人類は初めて「金属でできた世界」のすぐそばに到達することになる。
参考文献:
NASA’s Psyche spacecraft uses Mars as a giant slingshot toward a mysterious metal world
出典: ScienceDaily










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