論文は2026年5月に学術誌Science Advancesに掲載された。筆頭著者はメモリアル大学ニューファンドランド校で海洋科学を学ぶ博士課程の学生、サラ・ジョブソン氏だ。
共著者は同大学のアニー・メルシエ氏、ビゲロー海洋科学研究所のシニア研究員レイチェル・シプラー氏ら計5人。ジョブソン氏は、この切れ端を親しみを込めて「私たちのゾンビ」と呼んでいる。
実験はナマコを海から研究所に運び、水槽で行ったもので、海底で観察したわけではない。この記事では、論文で確かめられたことと、まだ分かっていないことを分けて見ていく。
偶然の発見と3年以上の生存

きっかけは水槽のガラスに残った管足
きっかけは偶然だった。ジョブソン氏によると、研究所では生きたナマコを水槽で飼っている。ある研究者がナマコを水槽から取り出したとき、ガラスに強く張り付いていた管足の一部がちぎれて残った。
管足は、ナマコの腹側の縁に並ぶ小さな足だ。野生のナマコも、襲われたときなどに管足を手放し、また生やすことができる。
このガラスに残った管足が、数日たっても、数週間、数か月たっても張り付いたままで、傷が治り、少し大きくなっていたという。
そこで研究チームは、はさみやメスで管足などを切り取り、本格的な実験を始めた。
論文によると、トカゲの尾のように体の一部を失って再生できる動物はいるが、失われた部分のほうは、自然の環境ではふつう数日から数週間で腐ってしまう。
実験では、ろ過していない自然海水を流し続ける水槽に、切り取った管足を網でふたをした容器に入れて沈めた。水温は0〜8度で、栄養を足すことはしていない。
管足の切れ端は3匹のナマコから51個取った。
1年の実験と3年以上の観察
管足の切れ端は、切った最初の週に傷口がすべて閉じ、1年の本実験のあいだ、すべて生き続けた。実験で使わずに残った切れ端をその後も折にふれて観察すると、3年を超えても生きていて、形も保っていた。
論文は、自然の環境で、捨てられた複雑な組織が長く生き、育ったことを示した「知られている限り初めての例」としている。
ただし、どの部分でも生き延びたわけではない。
長く生きたのは管足、管足の並ぶ帯(歩帯)、触手の切れ端で、同じナマコでも体壁の深い部分の切れ端は傷が治らず37日以内に、浅い部分の切れ端も54日後までにすべて腐った。
これまでの組織の培養は、雑菌のいない無菌の条件で、栄養や成長を促す物質を加えた培養液を使ってきた。
棘皮動物(ナマコやヒトデの仲間)の切れ端を、こうした厳密な培養液の外で保てた記録は、最長で9週間だったという。
比較のため、研究チームはほかの棘皮動物6種の管足や触手なども切り取って、同じ条件で飼った。最初の1週間は同じように傷が治ったが、3.5か月以上生きたものはなかった。
最も長かったのはヒトデ(Hippasteria phrygiana)の管足で104日、ウニは74日、別種のナマコ(Cucumaria frondosa)の管足は約55日で腐った。
シプラー氏は「自然海水は、実験で取りうるやり方のなかで、最も微生物が多様で、最もきれいでない環境です」と話す。
「それなのに、細菌や有機物がたっぷりの環境が、実はこの組織に栄養を与え、傷を治して育つのを助けていたのです」。
キクこのナマコで長く生きたのは管足(腹側の小さな足)や触手の切れ端で、ほかの種の切れ端は3.5か月ももたなかったんだ。
「ゾンビ組織」と呼ばれた理由
切れ端には口も消化管もない。それでも傷口を自分で閉じ、赤い色素を持つ細胞は集まって塊になり、切れ端の中心へ移っていった。
1年後には、赤い塊のまわりを透き通った結合組織が囲む形になった。
ジョブソン氏は「生と死の境目にいるように見えるから、私たちはこの切れ端を親しみを込めて『私たちのゾンビ』と呼んでいます」と話している。
切れ端は新しいナマコに育つわけではなく、子孫も残さない。それでも細胞の働きを保ち続けていることが、研究者にとっての謎だという。





口も消化管もないのに、ナマコの切れ端はどうやって栄養をとってるんだろう?
口がないのにどうやってエネルギーを得るのか
普通の動物は食べ物を口から取り込み、消化管で分解して栄養を吸収する。切り離されたナマコ片には、その消化管そのものがない。
それなのに3年生き続けるには、別ルートでエネルギーを補給するしかない。
研究チームは、窒素15という目印を付けたアミノ酸を混ぜた海水に、切り取った管足を浸して調べた。
6日後、アミノ酸を与えた切れ端に含まれる窒素15の割合は1.34%で、与えなかった切れ端の0.37%より高く、海水に溶けたアミノ酸を取り込んでいたことが分かった。
ただ、この実験は切った直後の1週間に行ったもので、何年も生きる間の栄養の取り方を直接確かめたわけではない。
もう一つの栄養源として著者らが挙げるのが、切れ端の中の筋肉だ。筋肉は免疫の働きをする体腔細胞に食べられ、半年ほどでなくなった。
動くために使わなくなった筋肉を、栄養にした可能性があるという。別種のナマコでも筋肉が栄養の蓄えになると考えられているが、今回の切れ端で確かめられたわけではない。
切れ端の中で進む組織の組み替え
切れ端の中では、細胞の分裂と、細胞が自ら死ぬ仕組み(アポトーシス)が、最初の1週間、ほぼ24時間ごとに強まったり弱まったりしていた。
著者らは、二つが連動して傷の修復を進めていたとみている。
組織の中身も変わった。切った直後は、表皮が切れ端の断面の36%、結合組織が46%を占めていたが、1年後には表皮が20%、結合組織が74%になった。
筋肉は半年ほどで消え、結合組織の中のコラーゲン繊維は束になっていった。
触手の切れ端は、触られると枝分かれした先を伸ばしたり縮めたりして、切ってから何か月たっても動いた。著者らは、神経のネットワークが保たれているのではないかと考えている。
こうしたことがなぜできるのかは、まだ分かっていない。
免疫システムが切れ端の中で動き続ける
切れ端の中では、免疫の働きをする体腔細胞が、最初の週は傷口の近くに集まり、傷んだ組織の片付けや守りを担っていたとみられる。
その後は数が減ったものの、1年後も表皮や結合組織に残っていた。
ただし、体腔細胞はほかの棘皮動物にもあり、最初の傷の修復は他種でも同じように進んだ。著者らは、長く保たれる違いの候補として、このナマコが持つプソルソシドという物質を挙げる。
細胞を壊す働きがあり、感染や付着生物を防いでいるのではないかという提案だ。
一方で、腐りかけた他種の切れ端の近くで飼うと生存率がはっきり下がったという予備的な観察もあり、守りには限界があるらしい。
研究に関わっていないフロリダ大学ホイットニー海洋生物科学研究所のヴェロニカ・ヒンマン所長は、CNNの取材に「切れ端は丸ごとの生き物になっているのではないが、ただ死んでいく組織でもない。単純化しながらも自分を保つ状態に移っているように見える」と答えている。
研究モデルとしての期待


倫理ハードルが低い研究モデルとして
著者らは、この切れ端が新しい実験モデルになりうると考えている。ヒトや脊椎動物の細胞を使う研究には、倫理面の審査やバイオセーフティの決まりがついてまわる。
ビゲロー海洋科学研究所の発表によると、ナマコは無脊椎動物なので研究上の制約が少なく、研究室で育てやすい。
法律上の障害があったり、バイオセーフティの設備が限られたりする場所でも使える可能性があるという。論文も、倫理的な懸念のない新しい実験モデルになるとしている。
発表は、生物学の研究だけでなく教育にも新しい機会を開くとしている。
ジョブソン氏は、HeLa細胞のようなヒトの細胞株は厳密な無菌の条件が必要なうえ、患者の同意なく採られた倫理的な問題もあると指摘し、この切れ端がそうした細胞の代わりになりうると話している。
傷の修復や抗菌の研究への期待
管足の切れ端は6日ほどで傷口が閉じ、細菌の多い海水の中でも腐らなかった。発表は、組織の再生から抗菌の働きを生かした治癒まで、幅広い応用の可能性があるとしている。
ジョブソン氏も、切れ端が外からの助けなしに健康できれいな状態を保てるのは何かが働いているからで、どの仕組みや物質を使っているのかを突き止めることに関心が集まるだろうと話している。
もっとも、こうした応用はいずれも、仕組みが分かればという前提つきの期待で、すぐに治療や製品につながる話ではない。
本当に「不死」かはこれから
論文のタイトルには「不死」という言葉が入っているが、著者らも、今回は幅広い方法で確かめた最初の研究で、どれもさらに詳しく調べる必要があるとしている。
たとえば、染色体の端にあるテロメアの長さを追い、細胞の老化が進んでいないかを調べることだ。ジョブソン氏は、それで本当に不死かどうかが確かめられると話している。
なぜこのナマコの切れ端にこうした力があるのかも分かっていない。著者らは、捕食者へのおとりかもしれないし、進化の名残にすぎないかもしれないと書いている。
なお、日本でよく食べられるマナマコなどと、今回のプソルス・ファブリキイは別の種だ。
プソルス・ファブリキイは大西洋と北極海の冷たい海にすむナマコで、実験に使った個体は、カナダ・ニューファンドランド島のロジー湾などで、水深8〜13mからスキューバで採集した。



実験のナマコは食卓のナマコとは別の種で、その切れ端が本当に年をとらないのかはこれから調べるところなんだね。
参考文献:
Jobson, S., et al. (2026). 『Natural tissue immortality: Indefinite survival of sea cucumber explants』. Science Advances. DOI: 10.1126/sciadv.aeb1394
論文本文(PMC): PMC13215204
ビゲロー海洋科学研究所の発表(転載): Scientists Find Groundbreaking Potential for Tissue Regrowth and Immortality in the Ocean
CNN(2026年5月28日): Scientists accidentally discover sea cucumber with ‘tissue immortality’
A severed piece of sea cucumber refused to die (Phys.org)








