金や白金、ウランといった「鉄より重い元素」の半分ほどは、「r過程」と呼ばれる元素合成でつくられたと考えられている。
その有力な現場の候補の一つが、中性子星の合体だ。
ところがドイツ・ダルムシュタット工科大学のジャン・クスケ氏らは、原子核の質量に第一原理計算の値を使うと、r過程の物質の流れが基準にした従来のモデルより遅くなることを、シミュレーションで示した。
論文は2026年に『Physical Review Letters』137巻に掲載された(DOI:10.1103/k4lv-436c)。
鍵は、陽子と中性子のあいだに働く力から原子核の質量を直接計算する、第一原理(ab initio)計算だ。
重い元素の半分は「r過程」で生まれる
r過程(rapid neutron-capture process、速い中性子捕獲過程)では、できたばかりの種となる原子核に中性子が次々と捕獲される。
その速さがベータ崩壊より速いのが特徴で、鉄より重い元素の半分ほどがここから生まれる。
2017年に中性子星どうしの合体が重力波とそれに伴う電磁波で観測されて以来、この分野の理解は大きく進んだ。

中性子星の合体で見つかったr過程の元素
2017年の中性子星合体GW170817のあとに現れた光(キロノヴァ)のスペクトルを再解析した2019年の研究で、r過程でできる元素のひとつストロンチウムが同定された。
この論文の著者には、今回の研究の共著者であるアルコネス氏も含まれている。
これまでの計算は現象論的な質量模型に頼っていた
r過程は極端に中性子が多い原子核の上を進むため、関わる原子核の多くは実験で調べられていない。GSI/FAIRのような施設で作れるものもあるが、多くは実験が届かない。
実験値のない原子核の質量には、すべての原子核をカバーする全域質量模型がよく使われる。この研究では、その代表例のFRDM2012(有限レンジ液滴模型)を基準にした。
実験で測られた原子核から離れるほど、これらの模型の予測は大きく食い違う。
核力から質量を解く「ab initio」手法
今回の論文で研究チームが使ったのが、Valence-Space In-Medium Similarity Renormalization Group(VS-IMSRG)という計算手法だ。
ab initio(第一原理)計算の一種で、陽子と中性子のあいだに働く力から出発して原子核の性質を求める。
ここで使った力は、カイラル有効場理論にもとづく二核子間の力と三核子間の力だ。経験的な模型とちがい、理論の不確かさを見積もれる点を、公式発表も特徴に挙げている。
今回は、計算に使う空間を2通り(VS1とVS2)に変え、両者の結果の差から質量の不確かさを見積もっている。
原子核のab initio計算が使える範囲はこの20年ほどで急速に広がり、重い原子核でも意味のある計算ができるようになった。
それでも全ての原子核には使えないため、今回は二重魔法数の核であるスズ132の周辺に絞った。
質量の計算は、タカユキ・ミヤギ氏とアヒム・シュヴェンク氏が担当した。
70個の原子核を「魔法数82」の周辺で解き直した
チームはVS-IMSRGで、中性子数82(N=82)の近くにある70個の原子核の質量を計算した。
対象はパラジウム122〜134、銀123〜135、カドミウム124〜137、インジウム125〜139、スズ126〜140の同位体で、いずれも中性子がとても多い。
中性子数82は、原子核が安定になる魔法数のひとつだ。
この領域は、r過程の第2ピーク(存在量の山)をつくるうえで重要な領域とされてきたが、実験ではまだ届かない。物質の流れがここで止まってたまる場所を、論文は待機点と呼ぶ。
計算した質量は、核合成を計算するコードWinNetに入れた。条件は、中性子星合体、その円盤からの放出物、磁気回転超新星、中性子星とブラックホールの合体の4つだ。
基準は実験値とFRDM2012を合わせた質量で、VS-IMSRGの質量はその中に組み込んだ。
キク計算し直した70個の原子核の質量を入れたら、重い元素をつくる流れ(r過程)はどうして遅くなるんだろう?
ab initioの質量を使うと、r過程の流れは遅くなった
ab initioの質量を使うと、r過程の物質の流れは基準のFRDM2012より遅くなった。中性子数86のあたりで物質が再び止まり、そこにたまるためだ。
物質は中性子数86のあたりで再び止まり、第2の待機域になる。そこからさらに重い原子核へ進めるのは、インジウムの同位体まで達してからだ。
中性子星合体の代表的な1本の軌跡では、質量数132の第2ピークの存在量が2〜3倍になり、第2ピークより重い側の存在量は減った。
合体で放出された物質全体(11,218本の軌跡の質量加重平均)でも、第2待機点の強化と第3ピークのずれは同じように現れた。
ただし第3ピークより先の存在量は変わらなかった。
論文の要旨は、待機点の強化、全体的な合成の遅れ、第2ピークより重い核の存在量の減少、第3ピークのずれを、一続きの結果として挙げている。
両者の違いを整理すると、次のようになる。
| 比較軸 | 基準(FRDM2012) | ab initioの質量を使った計算 |
|---|---|---|
| 質量の出し方 | 現象論的な全域質量模型 | 核力から計算した質量を組み込む |
| 第2ピークの待機点 | 基準 | 強まる(N=86付近で再び止まる) |
| 合成の流れ | 基準 | より遅い |
| 第2ピーク(質量数132、代表的な1本の軌跡) | 基準 | 存在量が2〜3倍 |
| 第3ピーク | 基準 | 質量数の大きい側へずれる |
第3ピークの位置は、質量数の大きい側へずれた。物質がたまったぶん反応の停止(凍結)が遅れ、その後の中性子捕獲が増えるためだ。
クスケ氏は、「原子核の質量の比較的小さな変化でも、宇宙の重元素の予測される存在量に大きく影響しうる」と述べている。
この結果が言えること、言えないこと
この論文の目的は、r過程の経路や天体の場所を特定することではなく、ab initioの質量を入れると予測がどう変わるかを示すことだ。
影響は天体の条件で変わる。磁気回転超新星と中性子星とブラックホールの合体では、新しい質量の影響は小さかった。
新しい質量は、最近の実験で測られたインジウムとスズの質量とも、不確かさの範囲で一致している。
ベータ崩壊率や基準の質量模型(HFB24、HFBD1M)を変えて計算を繰り返しても、VS-IMSRGの質量が及ぼす影響は変わらなかった。
ただし最終的な存在量そのものは、基準によって質量数190付近を中心に大きく変わる。
この研究の共著者で、同大学の理論天体物理学教授アルムデナ・アルコネス氏は、最大の科学的前進は「中性子過剰核の重要領域で、新しい実験データと最先端の理論モデルを組み合わせること」で得られると述べている。
公式発表は、こうした計算が、今後の実験で優先して狙うべき同位体を見つけるために欠かせないとしている。
研究者らは、r過程に関わる原子核の多くは次世代の加速器施設でも調べるのが難しいままだとして、不確かさまで見積もれる精度の高い理論の重要性を挙げている。
論文は今後の課題として、より多くの原子核への拡張と、ベータ崩壊の半減期などを同じ方法で計算することを挙げている。



金ができる場所を決めたんじゃなくて、原子核の質量を新しい計算の値に入れ替えると予測がどう変わるかを確かめた研究だったんだ。
参考文献:
一次ソース: J. Kuske et al., r-Process Nucleosynthesis with Ab Initio Nuclear Masses around the N=82 Shell Closure (Physical Review Letters 137, 052701, 2026) DOI:10.1103/k4lv-436c
研究機関: ダルムシュタット工科大学 (ドイツ) / 二次ソース: Phys.org
論文全文(arXiv): arXiv:2509.19131
プレスリリース: Where Do Gold and Platinum Come From? (TU Darmstadt)
観測の根拠: Watson et al., Identification of strontium in the merger of two neutron stars









