普通に考えれば、寄生虫にやられた個体は早死にする。しかしヨーロッパの森に住む小さなアリTemnothorax nylanderiだけは、その常識が逆さまになる。
ヨハネス・グーテンベルク大学マインツのジュリア・ブラージ氏らのチームは2026年6月、寄生虫に感染したアリでは、脂肪体の遺伝子の働きが部分的に女王アリに近づき、脳では神経ペプチドの遺伝子の働きが多く下がっていることを、学術誌『BMC Genomics』で報告した。
感染した働きアリは、感染していない働きアリよりはるかに長く生き、3年間の追跡では生存が女王と変わらなかった。原因の寄生虫は、サナダムシの仲間Anomotaenia brevisだ。
キク女王と働きアリって、そもそもどれくらい寿命が違うんだろう?
なぜ働きアリは短命で、女王は20年も生きるのか


アリの社会が奇妙なのは、女王と働きアリが同じ遺伝的な背景から育つにもかかわらず、寿命が大きく違う点だ。
Temnothorax nylanderiの女王の寿命は20年に達しうる。一方、不妊の働きアリの寿命は数週間から数か月、まれに数年とされる。
社会性昆虫の比較研究では、インスリン様シグナル(IIS)、TOR、幼若ホルモン(JH)という経路の変化が、女王の寿命と繁殖力の調節に深く関わると指摘されている。
幼虫のときに幼若ホルモンが高いと、働きアリになるはずの幼虫が成虫で女王に近い性質を示すことがある。では、成虫の働きアリに寄生虫が入ると何が変わるのか。
今回の論文はこの点を調べた。
マインツの森で見つかった「感染アリだけ女王級」の謎
マインツ近郊のレンネベルクの森には、体長2〜3ミリほどのTemnothorax nylanderiが、地面に落ちたドングリや枯れ枝の空洞に巣を作って暮らしている。
このアリは、キツツキを最終宿主とするサナダムシAnomotaenia brevisの中間宿主で、一部の巣には感染した働きアリがいる。
働きアリは幼虫のときにサナダムシの卵を与えられて感染し、卵はアリの体内で寄生性の幼生(シスチセルコイド)に育つ。
幼生はアリの腹部の体腔にいる。
感染したアリは体の色が薄く、活動が減り、飛ぶ行動も減る。この森では約4分の1の巣に感染した働きアリがいて、感染アリは働きアリの平均13%を占める。
2021年、同じ研究グループのサラ・ベロス氏らのチームが、こうした感染アリの寿命を3年間追跡した結果を『Royal Society Open Science』に発表した。
追跡した3年の間は、感染した働きアリの生存は女王と区別がつかなかった。感染した働きアリの半数以上が1000日を超えても生きていた一方、感染していない同じ巣の働きアリは全員が死んでいた。
さらに、感染した働きアリの代謝速度と体内の脂質量は、この種の若い働きアリと同程度だった。
感染した働きアリは体表の炭化水素(においの成分)の組成も違い、感染していない仲間はこれに強く引きつけられた。感染アリは社会的な世話も多く受けていた。


脳では多くの神経ペプチドが下がり、脂肪体は女王に近づく


今回の論文は、感染した働きアリが女王に近い遺伝子の働きを示すかどうかを、脳と脂肪体に分けて調べた。
ブラージ氏らは、同じ7つの巣から採った感染した働きアリと感染していない働きアリ、別の7つの感染巣から採った女王について、脳と脂肪体のRNAを調べ、遺伝子ごとの働きを比べた。
働きアリは2匹分を1サンプルにまとめている。
脂肪体は、内分泌・代謝・免疫の働きを調整する組織だ。さらに、すでに公開されていた寄生虫のRNAデータも使い、寄生虫が作る神経ペプチドも調べた。
浮かび上がったのは、感染アリの脳で神経ペプチドの遺伝子の多くが低くなっているという事実だった。神経ペプチドとは、神経系の働きを調節する短いペプチドだ。
論文はアリのゲノムから34個の神経ペプチドを見つけている。
このうち20個は、感染した働きアリで低く、感染していない働きアリと女王で高いグループに入った。
有意に下がったものには、タキキニン、短型神経ペプチドF(sNPF)、アラトスタチンA、オルコキニン、CAPA、利尿ホルモン(Dh1とDh2)が含まれる。
タキキニンは昆虫の攻撃性、運動、免疫、摂食を調節し、sNPFは摂食とエネルギーバランスの調節に関わる。
ここで注意したいのは、変化のようすが組織ごとに違った点だ。
脂肪体では、主成分分析で感染した働きアリが、女王と感染していない働きアリの中間に位置した。
女王と感染した働きアリで共通して高かった111個の遺伝子には、免疫、代謝、老化に関わる遺伝子が含まれていた。
一方、脳で女王と感染した働きアリに共通して高かった遺伝子は59個にとどまり、感染した働きアリの脳の発現は、感染していない働きアリとも女王とも異なっていた。
神経ペプチドの受容体も、大半のものは低かった。
つまり、脳も体も一様に女王に近づくわけではなく、組織によって変化の向きが違っていた。
論文は、脳での神経ペプチドの低下が、働きアリの活動を減らしつつ長命な状態を支える方向に働く可能性を挙げている。
寄生虫にとっても、感染アリが仲間に攻撃されたり巣から追い出されたりしにくくなり、キツツキに食べられやすくなる点で都合がよいという。
ただし論文は、感染アリが感染していない仲間より年上の可能性が高く、脂肪体の変化には年齢の影響も含まれうると注意している。
寿命の延長と活動の低下は、女王に似た性質をつくる仕組みと同じではない可能性もあるという。
ただし論文が示したのは遺伝子の働きの変化との関連で、長寿の原因まで確かめたわけではない。


寄生虫のペプチドはアリのものと似ていなかった
寄生虫が神経ペプチドの働きを弱めるとして、まず考えられるのは、アリのペプチドに似たものを寄生虫が作って宿主の体内に出す方法だ。
論文が調べた寄生虫の神経ペプチド候補は6つのファミリーで、アリの神経ペプチドと有意な類似(同一性30%超)を示さず、アリの体液中に分泌されるとも予測されなかった。
そのため、アリのペプチドをまねている証拠は見つからなかった。
研究チームは、寄生虫が宿主の神経ペプチドの経路に間接的に働きかけている可能性があるとしている。どうやって働きかけているのかは、まだ分かっていない。
感染の割合が高い巣ほど、生存率が下がる


感染した働きアリ自身は長生きするが、コロニー全体への影響は別の研究で調べられている。
同じ研究グループのシスターマンス氏らは『Evolution』(2025年)で、巣の中の感染した働きアリの割合が高いほど、感染した働きアリ、感染していない女王、感染していない働きアリの生存率がいずれも下がり、巣が大きいほど上がると報告した。
遺伝子の働きでも、感染の割合が高い巣ほど、感染の有無にかかわらず働きアリにストレスに関連する変化が見られた。
つまり寄生虫の影響は、感染していない仲間の体内にも及んでいた。
2021年のベロス氏らの追跡でも、感染巣にいる非感染の働きアリは、寄生虫のいない巣の働きアリより高い死亡率を示した。
この研究で言えること、言えないこと
この研究は、感染した働きアリの遺伝子の働きを、脳と脂肪体で女王や感染していない働きアリと比べたもので、長寿の仕組みそのものを確かめたものではない。
また、脳で見つかった神経ペプチド受容体のうち5つは、予想される膜貫通構造と合わず、機能が確認されていない候補として扱われている。
感染した働きアリは感染していない仲間より年上の可能性が高く、年齢の影響を完全には切り分けられていない。論文は、年齢をそろえて調べる別の研究が進行中だと書いている(未発表)。



サナダムシに感染した働きアリで遺伝子の働きが変わっていたことは分かったけど、それが長生きの原因かどうかはまだ確かめられていないんだね。
参考文献:
一次ソース: Blasi G, Schwolow K, Darras H, Foitzik S. Cestode infection is linked to transcriptional shifts in neuropeptide signalling and caste-specific ageing pathways in a social insect (BMC Genomics, 2026) DOI:10.1186/s12864-026-12959-6
全文(PMC): https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC13267302/
関連論文: Beros S et al. Extreme lifespan extension in tapeworm-infected ant workers (Royal Society Open Science, 2021) DOI:10.1098/rsos.202118(全文: PMC8131941)
関連論文: Sistermans T et al. Parasite prevalence in a social host has colony-wide impacts on transcriptional activity and survival (Evolution, 2025) DOI:10.1093/evolut/qpaf118
研究機関: ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ 有機体・分子進化研究所(iomE) / 二次ソース: Phys.org









