はかせ、山の上の洞窟で、5500年前の子供の歯が見つかったってホント?
本当ですよ。スペインのピレネー山脈にある「Cave 338」という洞窟で、子供の指の骨と乳歯、それに大量の緑色の石のかけらが出てきたんです
調査チームは、この場所がおよそ2000年にわたって繰り返し人々に利用された痕跡があると報告している。古代人がなぜ厳しい高地の洞窟に何度も足を運んだのか、その理由が少しずつ明らかになってきた。
そもそもなぜ標高の高い洞窟が注目されたのか


ピレネー山脈にぽつんと残された「Cave 338」
舞台はスペイン北東部、フランスとの国境近くに連なるピレネー山脈のフレセル渓谷。深い谷を見下ろす山の斜面に、ぽっかりと口を開けた洞窟がある。研究チームはこの場所を「Cave 338」と名づけ、入口付近のたった6平方メートルの区画を発掘した。
この狭いエリアから、想像をはるかに超える量の遺物が出てきた。考古学では、面積あたりの遺物密度が「ただの通り道」と「目的地」を見分ける重要な手がかりになる。たとえばキャンプ用テントを立てた人が、一晩泊まって朝に立ち去る場合と、何かを掘りに通い続ける場合では、地面に残る痕跡の量が桁違いになる。Cave 338の濃さは、明らかに後者を示していた。
高山の洞窟は気候の影響を受けにくく、遺物の保存状態が良い。冷涼で湿度が安定しているため、骨や炭、加工痕のついた鉱石が数千年スケールで残りやすい。これが今回の発見を後押しした。
4つの層が物語る2000年の繰り返し利用
地面を慎重に掘り進めると、人の活動を示す層が4つはっきりと分かれて現れた。一番浅い層は薄く、後の時代のごく少ない遺物しか含まれていない。一番深い層は炭の破片だけで、ここからおよそ6000年前という年代が割り出された。
本当に重要なのは、その間に挟まれた第2層と第3層だ。放射性炭素による年代測定では、第3層の炉跡は約5500年前から4000年前のもので、第2層は約3000年前と判明している。つまりこの洞窟は、長い空白を挟みながらも、世代を超えて何度も人々を呼び戻していたことになる。
2000年という時間の幅は、現代から逆算するとローマ帝国の最盛期から現在までに相当する。それだけの長期にわたって同じ洞窟が記憶され、再訪され続けた事実は、ここが単なる偶然の避難所ではなかったことを物語る。
23個の炉跡という異常な密度
研究チームを驚かせたのは、わずか6平方メートルの中から23もの炉(ハース)が見つかったことだ。炉とは、石を組んで火を焚いた跡のこと。同じ場所で何度も焚かれた炉は、互いに少しずつ重なっていた。
ただし、それぞれの炉の輪郭は明確に区別できる。これは、一度に長く住み続けていたわけではなく、訪れては去り、また訪れる、という滞在パターンが繰り返されたことを意味する。論文の筆頭著者であるカタロニア人類古生態学・社会進化研究所のCarlos Tornero教授は、滞在は短期から中期にとどまるが、それが長い時代を通じて何度も起きた、と説明している。
緑色の石がほのめかす最古級の高地銅鉱業


マラカイトとはどんな石なのか
炉跡からは、砕けて焼けた緑色の鉱物片が大量に出てきた。詳細な分析はまだ続いているが、研究チームはこの石をマラカイトと見ている。マラカイトは銅を多く含む鉱物で、加熱と化学処理を経ると金属の銅を取り出せる。
マラカイトは深い緑と縞模様が美しく、宝飾石としても古代エジプトの時代から珍重されてきた。だが人類史にとっての本当の価値は装飾の外側にある。火で炙れば銅が分離するという性質が、石器時代と金属時代をつなぐ橋になったのだ。
銅の利用が始まった時期は地域差があるが、ヨーロッパでは紀元前4000年代から銅器時代に入る。Cave 338の年代はちょうどその入り口、銅という素材を人類がまだ手探りで扱い始めていた頃と重なる。
銅は石器に比べて加工が自由で、研ぎ直せば再利用できる。一度この性質に気づいた集団は、原料となる緑の石を求めて山の奥まで分け入った可能性がある。Cave 338の高密度な炉跡は、その「銅へのまなざし」が想像以上に早く高地まで届いていた証拠かもしれない。
意図的に火で熱した痕跡
緑の石は、ただ落ちていたのではなかった。破片の大部分に熱変質の痕があり、同じ洞窟内にある別の遺物にはそれが見られない。共著者でグラナダ大学のJulia Montes-Landa博士は、これを「火が処理に重要な役割を果たし、明確な意図があった証拠」と表現している。
つまり、誰かが石を運び込み、選んで火にかけ、何かを取り出そうとしていた。事故で焼けたわけではないという結論は、銅製錬の初期工程が高地で行われていた可能性を強く示唆する。
銅器時代の常識を書き換える可能性
これまで先史時代の研究では、高山環境は「人がたまに通り過ぎるだけの場所」と考えられてきた。鉱山の話となればなおさらで、本格的な銅の採掘は標高の低い場所、定住集落のそばで始まったとされる説が根強かった。
Cave 338はその常識に挑戦する。もし緑の石が本当にマラカイトで、本当に銅を取り出す目的で焼かれていたなら、これは記録に残るなかで最も古い高地銅鉱山キャンプの一つになる。マラカイトの確定分析はグラナダ大学とバルセロナ自治大学の共同チームが進めており、近く最終的な答えが出る見込みだ。
11歳の子供の骨と熊の歯のペンダント


第3層から出てきた人骨
Cave 338の物語は、産業の痕跡だけにとどまらない。第3層からは、人の指の骨と乳歯が出土した。歯の状態から、少なくとも1人の約11歳の子供のものと判明している。
2つの骨が同じ子供のものかどうか、また死因も今の段階では分からない。しかし、骨が見つかった事実そのものが、この洞窟が単なる作業場以上の意味を持っていた可能性を示す。研究チームは、より深い層を掘れば追加の埋葬が見つかるかもしれないと考えている。
採掘キャンプに子供が同行していたとすれば、それは家族単位での移動を示す。労働力として連れて行かれたのか、それとも特別な儀礼に関わっていたのか。手のひらに乗るほど小さな乳歯ひとつから、当時の社会構成までが見え隠れする。
貝殻と熊の犬歯で作られた装身具
子供の骨と並んで、2つのペンダントも見つかった。1つは貝殻製、もう1つはヒグマの歯製だ。年代はおよそ紀元前2000年代とされる。
貝殻のペンダントは、カタロニア地方の他の遺跡からも似たものが出土している。これは離れた集団が同じデザインを共有していたことを示し、当時の人々が広いネットワークでつながっていたサインと読める。海から遠く離れた山中で貝殻が出るという事実が、すでに長距離の交易ルートが機能していたことを裏付ける。
一方、ヒグマの歯のペンダントは類例が少ない。森と山の境界に住む人々ならではの、土地に根ざした象徴的な意味を帯びていた可能性がある。獲物として倒した熊の力を身につけるという発想は、世界各地の狩猟民族の伝承とも重なる。
採掘場か、墓地か、それとも両方か
採掘の証拠と人骨が同じ層から見つかったことで、Cave 338の正体はますます謎めいてくる。鉱物を採るための作業基地でありながら、亡くなった仲間を弔う場所でもあった、という二重の機能を持っていた可能性がある。
採掘場と墓地が同居するという発想は、現代の感覚からはかけ離れて見える。しかし先史時代の人々にとって、火を扱う場所、貴重な物を取り出す場所、祖先を眠らせる場所は、しばしば重なり合う「聖なる空間」だった。Cave 338もそうした場所のひとつだった可能性が高い。
調査チームは今年の夏も発掘を続ける予定で、洞窟の本当の深さにはまだ到達していない。緑の石の最終分析、追加の人骨、新たな炉。Cave 338の床下には、ピレネーの古代史を書き換えるピースがまだ眠っているかもしれない。論文はFrontiers in Environmental Archaeology誌に掲載された。
銅を取りに山の上まで登ってたなんてすごい! しかも子供までいたんだね
5500年前の人々が、なぜ厳しい高地まで足を運んだのか。その答えは、緑色のひと粒の石と小さな乳歯の中に静かに残されていた。一度の発掘で結論が出るわけではないが、ピースは確実に揃いつつある。Cave 338の続報を待ちたい。
参考文献:
A child’s tooth and strange green stones uncover a 5,500-year-old mystery
出典: ScienceDaily










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