2026年6月24日、科学誌Science Advancesに掲載された論文が、火星のジェゼロクレーターの岩に有機炭素があることをはっきり確かめた。
火星に微生物が住んでいた可能性を探るうえで、新しい手がかりが一枚積み上がった。ただし後で見るように、有機物の存在は生命の存在を意味しない。
この点を最初に押さえておきたい。
火星の川底に眠っていた有機炭素
発見場所はブライトエンジェルの泥岩
今回の舞台は、火星のジェゼロクレーターにあるBright Angel(ブライトエンジェル)と呼ばれる岩石地帯だ。
古代の川「Neretva Vallis(ネレトバ谷)」の両岸に位置する。
パーサヴィアランスは、この場所の3つの岩の4か所で、18枚の分布図、合計1800本のスペクトルを測った。
鉱物だけでなく、岩の中に「マクロ分子炭素」と呼ばれる大きく複雑な有機分子が確認されたのである。
泥岩は、かつて水流が運んだ細かい粒子が積み重なってできた堆積岩。地球では生物の死骸や微生物の痕跡を閉じ込めるタイムカプセルとして知られる。
同じ環境が古代の火星にもあったということは、生命にとってのゆりかご候補にぴったり当てはまる。
ジェゼロクレーター史上もっとも確実な検出
有機炭素の検出シグナルは多くの地点で繰り返し得られた。これは「数百種類の分子」という意味ではなく、マクロ分子炭素という一つの物質のグループが、あちこちで見つかったということだ。
しかもそれは、ほこりを払っただけの岩の表面からわずか数ミクロンのところにあった。紙1枚の厚さより浅く、火星でマクロ分子炭素が見つかった中で最も浅い。
ジェゼロクレーターは2021年2月の着陸以来、火星のかつての湖の跡として注目されてきた。
直径45キロメートルの巨大な穴で、数十億年前にはネレトバ谷から大量の水が流れ込み、デルタ地形を作っていたと考えられている。
生命の痕跡を探すための候補地として、世界中の科学者が議論して着陸点に選んだ場所だ。かつて水が豊富だったという当時の見立ては、有機物が残る条件という点で裏づけられつつある。
2つの泥岩で異なる「相棒」と一緒に
面白いのは、2つの泥岩で炭素の「相棒」となる鉱物が違っていたこと。片方はケイ酸塩鉱物と、もう片方は炭酸塩と硫酸塩に混じって炭素が見つかった。
火星の表面は放射線や酸化剤で有機物が壊れやすい。それでも炭素が残っていたのは、分解されにくい構造を持つか、粘土や鉄の多い土などに守られていたためと考えられている。
炭素が見つかった鉱物が、水でできた時期の違う2種類だったことから、有機物は2回以上の出来事で入り込んだ可能性がある。
共同筆頭著者で惑星科学研究所のアシュリー・マーフィー氏は「数十億年前、有機物は局所的にあっただけでなく、火星の古い湖や川に広く存在していたのかもしれない」と話す。
キュリオシティ探査機が活動するゲールクレーターは、ジェゼロクレーターから直線で約3,775キロも離れている。
その遠く隔たった2地点で同じ種類の有機物が見つかったとなれば、火星全体の評価が大きく変わってくる。
もっとも、有機物の材料が広く行き渡っていたことと、そこに生命がいたことは別の話だ。材料が豊富でも、それを使う生き物が現れたかどうかは、材料の分布だけからは判断できない。
今回の発見が確かめたのは、あくまで「舞台装置が整っていた」ことまでである。
レーザーが暴いた「炭素の分布」
有機物の検出に活躍したのは、探査機に搭載されたSHERLOCという装置だ。
「ラマン散乱とルミネッセンスによる居住可能環境スキャナー」の頭文字を取った名前で、岩石に紫外線レーザーを当てて成分を読み取る。
名前のとおりシャーロック・ホームズのように、岩から手がかりを拾い上げる装置と言える。鉱物だけでなく有機分子も区別して分布マップに落とし込めるのが強みだ。
探査機の腕の先に取り付けられており、岩の表面に近づいて使う。
SHERLOCが得意とするのは、岩のどこに有機物が集まっているかを面で捉えることだ。
単に「有機物がある・ない」を判定するのではなく、鉱物の粒と有機炭素がどう入り混じっているかを地図のように描き出す。
今回、炭素が特定の鉱物と規則的に寄り添っていたことも、この面での観測があったからこそ見えてきた特徴だった。
キク岩の中の炭素の分布って、地球のどんな岩と似てたんだろう?
地球の堆積岩と「似た」パターン
研究チームが注目したのは、検出された炭素の分布パターンだった。一部の地点では、炭素の信号の特徴が、地球で微生物がつくった岩石(微生物岩)の測定値に最も近かった。
ただし「似ている」ことと「同じ原因である」ことは別で、この段階では手がかりの一つにとどまる。
マーフィー氏は「ブライトエンジェルの泥岩のマクロ分子炭素がどうやってできたかはまだ分からないが、これまでで最もわくわくする発見の一つだ」と話している。
論文には、炭素の中に潜在的な生化学的相互作用を思わせる特徴が見つかったとも書かれており、地球の堆積物で微生物が作る特徴と重なる部分があるという。


「ヒョウ柄」岩チェヤヴァフォールズも分析対象だった
今回の研究で分析された岩の中には、以前から話題になっていたCheyava Falls(チェヤヴァフォールズ)が含まれている。
この論文が解析したブライトエンジェルのターゲットの一つが、このチェヤヴァフォールズだ。
この岩には豹のような斑点模様があり、地球では微生物が作るパターンと似ていた。高温や強酸性でも同じ模様はできるが、ジェゼロクレーターのこの場所はどちらの環境でもなかったとされる。
残るシナリオの一つが生物起源だった。
NASAは2025年9月、チェヤヴァフォールズから採取したサンプルに「生命の兆候かもしれないもの(潜在的なバイオシグネチャー)」が見つかったと発表していた。
結論を出すには、さらにデータが必要という位置づけだ。
「生命の証拠」と言い切れない理由
では、これで火星に生命がいた証拠と言えるのか。答えは「まだ言い切れない」。これがこの研究のもっとも大事な留保だ。
有機物とは炭素を骨組みに持つ分子の総称で、生き物が作ることもあれば、生き物とは無関係な化学反応で生まれることもある。
だから「有機物が見つかった」というニュースは、それだけでは生命の在・不在のどちらにも直結しない。
論文の著者らは、複雑な有機物が無生物的にも作られる経路は複数あると明記している。たとえば隕石が運んできた可能性。
あるいは火星の地下で起きた熱水活動による化学反応で生じた可能性も残る。
ジェゼロクレーターには、その昔は地下に熱水が湧き出る場所があったと考えられている。温泉と岩石の化学反応で炭素を含む化合物が組み上がる現象は、地球の海底熱水噴出孔でも観察されている。
研究チームも論文の中で「複数の経路がある」と慎重に書いた。生命が作ったのか、化学反応だけで作られたのか。両方を見分けるには、もっと細かい情報が要る。
パーサヴィアランスでは決着できない
論文も、探査機の上でのラマン分析では、有機物が生物由来か非生物由来かは判定できないと明記している。
SHERLOCは「あやしい岩」を見つけて回収候補に絞り込むためのフィルターであって、最終判定の道具ではない。決着には別の手段が必要になる。


サンプル回収が「最後の審判」
決着をつける鍵は、火星の岩石サンプルを地球に持ち帰るMars Sample Return計画にある。
パーサヴィアランスはすでに今回の有機炭素を含む岩石も含めて、回収用のサンプルチューブに密封している。
地球の実験室には、探査機には積めない高度な質量分析計や同位体測定装置が揃っている。たとえば炭素の同位体比を細かく測れば、生物が選別して使う特有のパターンが残っているかどうかを見抜ける。
回収された岩石は何年もかけて精密検証され、有機炭素が無生物起源か微生物起源かが判定される。
地球の研究室で行う実験は、火星で繰り返しチェックできないため、サンプルの「鮮度」を保ったまま運ぶ技術や、地球の生命で汚染しない厳重な隔離設備も鍵を握る。
計画通り進めば2030年代後半に火星から地球へサンプルが届く。それまでは、今回の有機炭素検出も「有望な候補」という位置づけを超えないだろう。



有機物が見つかっただけじゃ生命がいた証拠にはならないから、岩を地球に持ち帰ってじっくり確かめるんだね。
参考文献:
Macromolecular carbon in Bright Angel mudstones, Jezero crater, Mars (Science Advances, 2026)
DOI: 10.1126/sciadv.adx0047
出典: Science Advances / Phys.org
アイキャッチ画像: NASA/JPL-Caltech/MSSS(PIA25681)









