2025年11月にNature Communications誌で発表された研究は、手術で切除された頭皮から取り出したヒトの毛包を体外で培養し(ex vivo)、中の細胞の動きを3次元の動画で追ったものだ。
著者らは、毛包のいちばん外側の層「外毛根鞘」の細胞が生み出す引き上げる力が、髪の伸びに寄与するというモデルを提案している。
論文のタイトルに「suggests(示唆する)」とあるとおり、人の頭皮で直接確かめた結果ではない。
研究はロンドン大学クイーン・メアリー校とロレアルの研究部門(L’Oréal Research & Innovation)の共同だ。
そもそも髪は、どこで、どうやって作られるのか

本題に入る前に、髪が生まれる現場を少しだけのぞいておこう。髪は皮膚に埋まった袋状の組織、毛包(もうほう)から生えている。
その一番奥にある膨らんだ部分が毛球(もうきゅう)で、ここが髪の工場だ。
毛球の底には毛乳頭(もうにゅうとう)があり、そのすぐ外側に毛母(もうぼ)の前駆細胞が並んでいる。この毛母で細胞がさかんに分裂し、できた細胞が髪の本体や、それを包む層になっていく。
ネズミの研究では、毛乳頭に接する前駆細胞の位置によって、どの層になるかがおおよそ決まっていることが分かっている。
髪には、伸びる成長期(anagen)、縮んでいく退行期(catagen)、休む休止期(telogen)をくり返す周期がある。
成長期には毛母の細胞分裂がとくに活発で、髪の本体(毛幹)が伸びる。今回観察されたのは成長期の毛包だ。
毛包は同心円状の層でできている。中心の毛幹(毛髄・毛皮質・毛小皮)を3層の内毛根鞘が包み、その外にコンパニオン層、いちばん外側に外毛根鞘がある。
論文の言い方では、内側の7層と外毛根鞘という構成だ。今回の研究で注目されたのは、この外毛根鞘と、すぐ内側のコンパニオン層の境目だった。
これまでの説明は『下から押し出す』
これまでの一般的な説明はこうだ。毛球で新しい細胞ができるたびに古い細胞が押し上げられ、その結果として皮膚から髪が伸び出てくる。
発表の言葉を借りれば、新しい細胞がベルトコンベアのように古い細胞を押し上げる、という考え方だ。
論文によると、毛包の研究はおもにネズミで進んできた。マウスでは生きたままの毛包で細胞の動きを追う研究もあるが、ヒトの毛包全体を細胞1個ずつの単位で描いた動きの地図はまだなかった。
倫理的・技術的な制約から、ヒトの毛包の動きはあまり調べられていないという。
チームは、フェイスリフトなどの手術で出た成人の頭皮から毛包を取り出し、培養液の中で生かしたまま多光子顕微鏡で観察した。
30分ごとに3次元で撮影し、細胞1個ずつの動きを追った。ただし培養した毛包は、撮影開始から中央値で約20時間たつと退行期に似た変化を見せ始めるため、解析はそれより前の時間に限っている。
追跡したのは14人の提供者の22本の毛包、計371本の細胞の軌跡だ。
外毛根鞘の細胞は、らせんを描いて下へ動く

チームが注目したのは、毛包のいちばん外側の層、外毛根鞘(がいもうこんしょう)だった。英語ではouter root sheath、略してORSという。
内側の皮質や内毛根鞘の細胞が上へ動くのに対し、外毛根鞘の細胞は下へ動いていた。
動画では、外毛根鞘の細胞が時計回りや反時計回りに、らせんを描くように下りていく様子が見えた。平均の速さは、皮質の細胞が毎時4.2μm、内毛根鞘が毎時5.6μmで上向き。
外毛根鞘は、毛の軸に沿って下向きに毎時6.9μm、軸に垂直な向きに毎時12.0μmで動いていた。下りてきた外毛根鞘の細胞の一部は、毛球の下の部分にまで入り込んでいた。
共同責任著者のイネス・セケイラ氏(クイーン・メアリー校)は発表で「何十年もの間、髪は毛球で分裂する細胞によって押し出されると考えられてきました。私たちは、そうではなく、ほとんど小さなモーターのように働くまわりの組織によって、髪が能動的に上へ引っ張られていることを見つけました」と話している。
ただし論文自体は、この引き上げる力を「主要な要素として提案する」という書き方にとどめている。
決め手は『止めてみる』実験だった
らせんが見えただけでは、それが髪を伸ばす力なのかは分からない。そこでチームは、毛の伸びに関わりうる要素を一つずつ取り除く実験をした。
まず、いったん培養して伸ばした毛包から、細胞分裂がさかんな毛球をメスで切り落とした。分裂による押し上げがなくなっても、その後24時間、内毛根鞘や皮質は上へ動き続けた。
あとで層を染め分けると、外毛根鞘の一部は周りの結合組織にくっついたまま残り、コンパニオン層は内側の層と一緒に上へ動いていた。
ずれは外毛根鞘の中で起きていたことになる。
次に、毛包を切らずに、薬(コルセミド)で細胞分裂を止めた。数時間にわたって分裂は起きなかったが、内側の層は上へ流れ続けた。
毛全体の伸びる速さは24%落ちた。論文はこれを「わずかな低下」と表現している。
さらに、細胞が動いたり力を出したりするのに使うタンパク質アクチンの働きを、ラトランクリンBという薬で弱めた。
毛球を切り落とした毛包では伸びる速さが80%落ち、切らない毛包では単独でも分裂阻害との併用でも82%落ちた。
論文はこれらの結果から、毛母の細胞分裂は内側の層を上へ動かす主な力ではないと結論し、外毛根鞘にあるアクチンが関わる引き上げる力を、髪の伸びの主要な要素として提案している。
ただし論文自身が書くように、ラトランクリンBは外毛根鞘だけでなく毛包のすべての細胞に効く。どの細胞のどんな働きが力を生んでいるのかは、さらに調べる必要があるという。
チームは流体力学の計算模型も作った。外毛根鞘と内側の層の境目を動かない壁とすると、計算した速さは測った値と合わなかった。
境目が毎時6.75μmで上へ動くと仮定すると、測った速度分布に近い結果になった。論文はこれを、境目に能動的な力が加わっていることを示すものと解釈している。
筆頭著者のニコラ・ティソ氏(ロレアル)は発表で「静止画は切り離されたスナップショットにすぎません。3Dタイムラプス顕微鏡は、毛包の中の複雑で動的な生物学的過程を本当に解き明かすのに欠かせません」と述べている。

薄毛研究への意味は、まだ可能性の段階

クイーン・メアリー校の発表によると、チームは、毛包にかかる力学的な力を理解することが、生化学的な環境だけでなく物理的な環境にも働きかける治療の設計に役立つかもしれないと考えている。
共同責任著者のトーマス・ボルンシュレーグル氏(ロレアル)は「これは、髪の成長が細胞分裂だけで動いているのではないことを示しています。外毛根鞘が能動的に髪を上へ引っ張っているのです」と話す。
また、今回の撮影方法を使えば、さまざまな薬や処置を生きた毛包で試せるという。ただし、薬の候補が見つかったわけではない。
発表はこの研究を、顕微鏡レベルの力学的な力が体の臓器の形づくりに関わることを示す例として位置づけている。
期待しすぎは禁物——ここは冷静に
今回の研究は、髪が伸びる仕組みについて新しいモデルを提案した基礎研究で、育毛剤ができたという話ではない。著者らも抄録で「一つのモデルを提案する」という言い方をしている。
研究の段階も押さえておきたい。観察したのは、手術で切除された頭皮から顕微鏡の下でメスと細いピンセットを使って取り出し、体外で培養した毛包だ(ex vivo)。
論文によると、取り出した毛包は数日の培養で退行期に似た状態に移り、毛の周期を再現できない。撮影の光による傷害もあって、成長期のまま追えたのは約20時間だった。
人の頭皮で同じことが起きているかは、この研究では直接確かめていない。
一方で論文は、過去にヒトの体内で調べた研究でも内毛根鞘が皮質より速く上へ動くと記録されていることを挙げ、成長期の毛包では引き上げる力が実際に働いていると見ている。
今後は撮影時間を延ばす工夫や3次元の解析によって、毛球に入り込んだ外毛根鞘の細胞がどうなるのかを詳しく調べる必要があるという。
じゃあ、髪は押されるだけじゃなくて、引っぱられてもいるってこと?
論文はそう考えているよ。ただ、取り出して培養した毛包で見た結果だから、頭皮の上でも同じか確かめるのはこれからなんだ
参考文献:
Tissot N, Genty G, Santoprete R, et al. Mapping cell dynamics in human ex vivo hair follicles suggests pulling mechanism of hair growth. Nature Communications, 2025; 16(1):10267. DOI: 10.1038/s41467-025-65143-x
Nature Communications 原論文
論文全文(PMC)
Human hair grows through ‘pulling’ not push – study(クイーン・メアリー校の発表)
Textbooks were wrong: Scientists reveal how human hair really grows(ScienceDaily)









