はかせ、火星って地球より小さいから中まで冷めきってると思ってた。それが、南だけ今も内部が熱いってホントなの?
本当なんだ。カリフォルニア工科大のチームが新しい手法で調べたら、南半球の内側は北より最大400℃も熱くて、まだ半分溶けているらしいと分かったんだよ
火星は「北は平ら、南はデコボコ」というちぐはぐな見た目をしている。この南北の落差は40年以上前から知られていたのに、内部までそっくり違うのかは長らく分からなかった。カリフォルニア工科大学(Caltech)のアレクサンダー・バーン氏(現・アリゾナ大学)らのチームが2026年8月27日付で学術誌『Nature』に発表した論文で、その内側にはっきりと切れ目があると突き止めたのだ。
南半球のマントルは、北半球のマントルより200〜400℃も高温で、しかも今なお部分的に溶けている可能性がある。使ったのはNASAの3機の周回機の古い軌道データ。地表を掘らず、着陸機も追加せず、「重力の揺れ」だけから内部を推定した手つきが独特だ。
そもそも火星の北と南はなぜここまで違うのか
火星の表面は、北半球と南半球を分ける境目で姿がガラリと変わる。北半球はほぼ平坦な低地で、月の海のような滑らかさ。一方の南半球は高地で、隕石クレーターが密集し、平均で25キロメートルも地殻が分厚い。
この二極性は「火星の二分性(クラスタル・ダイコトミー)」と呼ばれ、太陽系最大級の地形コントラストとして半世紀近く議論の的だった。北の低地はかつて巨大な海だった可能性まで指摘されており、いま火星探査機が水の痕跡を追う舞台の多くはこの低地側にある。
とはいえ、それは「地表がちぐはぐ」という話にとどまっていた。表面の下にあるマントル——岩石が数億年かけてゆっくり流れる層——まで違うのかは、直接掘り抜くことも着陸機を差し込むこともできないので推測の域を出ていなかった。ボーリング掘削でせいぜい数キロ、着陸機に載せた地震計でも聴ける方向は限られる。
参考までに、火星南部にあるカイザー・クレーターひとつをとっても差し渡し207キロメートルもある。この規模の凹凸が生まれる理由は、地下深くの熱の分布ぬきには語れない、と長らく指摘されていた。
今回の研究は、そのマントルまでもが南北で明らかに異なる、と初めて数字で示した点で節目になる。しかも南のマントルは、火山活動が止まって久しいはずの火星にあって、いまだに「半分液体」の可能性まで残す熱さを保っていた。
40年温まらなかった手がかり——3機の探査機の古いデータ
チームが引き出したのは、新しい観測ではない。すでにアーカイブに眠っていたマーズ・グローバル・サーベイヤー、マーズ・オデッセイ、マーズ・リコネッサンス・オービターという3機の周回機の追跡データだ。
これらは何十年にもわたって火星の周りを回り続け、地上局が電波でその軌道速度を1ミリ秒単位で計り続けてきた。速度がわずかに揺らげば、それは火星の重力場の凸凹を映している。惑星の内部に密度の偏りがあれば、真上を飛ぶ探査機は重い場所でわずかに引きずられ、軽い場所ではわずかに浮く。
ただ、この重力データから内部の温度まで読み解くのは容易ではない。単に「密度の地図」を作れば、そこには地殻の厚みも、地下水の凍結も、鉱物組成の違いも全部混ざって出てくる。温度差だけを純粋に取り出す方法が、これまで欠けていた。
とりわけ厄介なのは、火星の地表そのものが南北で違うことだ。厚い地殻の上に軽い岩、薄い地殻の上に重い岩と、南北ですでにコントラストがあるので、そのまま重力を割り算すると内部のせいなのか地殻のせいなのか判別できなくなる。今回のチームは「密度でなく硬さ」を測る回り道を選んだのが分かれ目だった。
潮汐トモグラフィ——太陽の重力で「聞く」新技術


バーン氏らが考え出したのが潮汐トモグラフィ(tidal tomography)という手法だ。名前の通り、地球で言う「潮の満ち引き」の原理を惑星まるごとに広げて使う。
火星の軌道は真円ではなく、少しつぶれた楕円を描いている。太陽との距離は最大で4200万キロも変わる。近づけば太陽の重力に強く引っ張られ、遠ざかれば緩む。この繰り返しで火星本体はごくわずかに変形し、内部の岩石も伸び縮みする。
ここで肝になるのが、柔らかい岩石ほど強く歪み、硬い岩石ほど変わらないという物理だ。熱いマントルは柔らかく、冷たいマントルは硬い。つまり潮汐変形の反応を精密に測れば、内部のどこが熱くて柔らかいのかが逆算できる。
3機の探査機の軌道速度に現れる周期的な揺らぎから、その「変形の癖」を大量に拾い集めた。医療のCTスキャンが多方向からのX線で体内を立体化するのに似た手つきで、火星の内部温度を三次元で推定したのだ。
400℃の温度差と「半分溶けたマントル」


結果、北半球の下のマントルと南半球の下のマントルでは、最大で400℃の温度差があると割り出された。地球で例えれば、太平洋の海底の下と、大西洋の海底の下で、マントルの温度がバケツの水と沸騰したやかんくらい違う——そんなイメージだ。
しかもこの温度は「まだ冷めていない残り火」レベルではなく、部分的に溶融していると考えて矛盾しない値だ。地下深くの岩石が固体と液体の中間、糖蜜のような状態でゆっくり動いているらしい。
火星といえば「乾いて冷え切った過去の惑星」という印象が強い。地球のようなプレートテクトニクスもなく、火山も今は静かだ。それなのに南の内側だけがまだ「半熟」だとすれば、これまでの火星像は書き換えられる。
ここで注意しておきたいのは、この温度差モデルは直接測ったのではなく、潮汐変形の観測から逆算した推定値だという点だ。今後、より精密な重力データや地震観測が加われば数値そのものは上下する可能性がある。それでも「南北で明らかに違う」という定性的な結論はほぼ動かないと考えられる、というのが著者らの見立てだ。事実の骨格と、精度の余地は分けて受け取っておきたい。
磁気の残骸と地震波の減衰が同時に説明できた
この温度差モデルは、火星に残っていた「未解決の宿題」を副産物のように片付けた。
南だけに残る強い磁気の跡
火星は現在、地球のような全球規模の磁場を持っていない。だが40億年以上前には磁場があり、地表の鉄を含む岩石にその「化石磁場」が刻まれている。奇妙なのは、その磁気の痕跡が特に南半球の岩石に濃く残っていることだ。
今回のモデルは、この偏りを自然に説明する。南の温かいマントルから熱が上昇し、地殻が一度キュリー温度(材料が本来の磁性を失う温度)を超えたと考えれば、その後の冷却で外部磁場を強く記録する現象が起きる。鉄が磁石になって残ったのは、南で「熱の一撃」があった証だ、という筋書きだ。
InSightが聞いた「南で消えやすい」振動
2022年12月に運用を終えたNASAの着陸機InSight(インサイト)は、火星に置かれた地震計で「火星地震(マーズクエイク)」を数多く記録した。データの解析から分かっていたのは、南から来た地震波ほどエネルギーを速く失うという偏りだ。
これも、南のマントルが熱くて柔らかいなら素直に説明がつく。柔らかい岩は波のエネルギーを内部摩擦で食う。硬い北のマントルを通る波は遠くまで届き、柔らかい南のマントルを抜ける波はすぐ弱まる、というわけだ。
巨大衝突説と「南のフタ」説——決着はまだ先


では、そもそもなぜ南だけが熱く、地殻が分厚くなったのか。ここには2つの有力仮説がある。
1つ目は巨大衝突説だ。40億年以上前、火星に巨大な天体がぶつかった。北半球はごっそりえぐれて広大な衝突盆地になり、そのショックで北のマントルは熱を一気に外へ吐き出し、南よりも早く冷えた——という筋書き。北の低地全体を一つの巨大クレーターとする考え方だ。
2つ目は「南のフタ」説。南に厚い地殻ができたのが先で、その分厚い蓋がフタの役割を果たし、内部の熱を外に逃がさなかった。北は薄い地殻から熱を放ちやすく冷え、南は熱がこもって温いまま、というシナリオだ。
この2つは今後、より高解像度の重力データがあれば決着できる可能性がある、とバーン氏らは指摘する。南のフタ説が正しければ、上昇してきたマグマが分厚い地殻の下で立ち往生し、地下に固まった溶岩の塊(メルトインジャンクション)を残すはずだからだ。それが重力の偏りとして観測できれば、フタ説に軍配が上がる。
ここで大事なのは、今回の論文自体はどちらの起源説を「決めた」わけではない、という点だ。あくまで内部の温度差が北南で本当にあると示したにとどまる。二次記事の見出しだけを見ると「巨大衝突が原因と判明」といった短絡した書き方を見かけるが、原因の特定はもう一段階先の宿題として残っている。ここは事実と解釈を切り分けて読みたい部分だ。
この手法が水星や木星の衛星でも効いてくる


潮汐トモグラフィは、火星専用の技ではない。太陽や親惑星の重力で周期的に歪む天体なら、原理上どこにでも当てはめられる。バーン氏は、水星や木星の大型衛星にも同じ手法で内部の温度分布を描けると見ている。
木星の衛星エウロパやガニメデは、地下に液体の海を持つと考えられている。潮汐で温度分布を測れれば、その海がどこで暖められ、どれくらい厚いかも間接的に絞り込める可能性がある。太陽系の内側から外側まで、着陸せずに「中身を聴く」方法が広がったことになる。
将来、火星に人類が拠点を築く時代が来たとき、この温度差は無視できない情報になる。南の分厚い地殻の下に熱源があるなら、地熱を電力や暖房に使える可能性が出てくる。逆に南は火山活動の再燃リスクを北より慎重に見積もる必要がある、とも言える。「どちらに降りるか」という判断は、今後の探査計画そのものを左右する。
筆者としては、今回の話で最も面白いのは新しい観測を打ち上げずに、40年分の既存データを再解釈しただけで火星像が更新された点だと考えている。宇宙探査は打ち上げ回数ではなく、手法の切れ味と再解釈の粘り強さで伸びる。地球の内部に対しても、同じ発想(人工衛星の軌道揺らぎから地球内部を「聴く」)で新しい層構造が見えてくるかもしれない、と個人的には見ている。足りないのはデータではなく、それを別の角度から問い直す物差しだったと言えそうだ。
ちょうど医者が聴診器で体の中を聴くみたいに、探査機を「聴診器」代わりにしたんだよ。着陸させなくても内部が分かる時代になったんだ
じゃあ、火星に人が住むとしたら、地面の熱い南の方が電気が作れそうでいいのかな?
参考文献:
一次ソース: Berne, A. et al., Tidal tomography reveals a thermal anomaly beneath Mars’s crustal dichotomy(Nature 656, 2026年8月27日)DOI:10.1038/s41586-026-10893-x
研究機関: カリフォルニア工科大学ほか / 二次ソース: Space.com









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