はかせ、電車の中で真上にジャンプしたら、電車だけ前に進んで、わたしは後ろに置いていかれちゃうの?
そう思うよね。でも実際は、ほとんど跳んだ場所に下りてくるんだ。理由を順番に見てみよう。
電車の中で、その場でぴょんと跳んだらどうなるでしょうか。体が浮いているあいだも、電車は前へ走り続けています。それなら着地するとき、少し後ろにずれていそうな気がします。
でも、答えはちがいます。あなたも電車と同じ速さで前へ進んでいるので、ほぼ元の場所に着地します。
カギになるのは、ガリレオとニュートンが考えた「動き」のきまりです。ふたりの考えをたどりながら、なぜそうなるのかを見ていきます。
跳ぶ前から、あなたも電車と同じ速さで動いている


電車が走っているとき、中にいるあなたも、電車と同じ速さで前へ進んでいます。座っていても、立っていても同じです。ホームから見れば、あなたは電車といっしょに、かなりの速さで動いているわけです。
では、足が床からはなれたらどうなるでしょうか。床にふれていなくても、あなたの前へ進む動きは消えないのです。
このことを説明してくれるのが、ニュートンのまとめた運動のきまりです。
動いている物は動き続ける「慣性の法則」
イギリスの科学者ニュートンは、1686年に『プリンキピア』という本で、運動の3つのきまりを発表しました。
その最初のきまりは、こんな内容です。物は、力を加えられて変えさせられないかぎり、止まったままでいます。動いている物なら、まっすぐ同じ速さで動き続けます。
このきまりは「慣性の法則」と呼ばれることがあります。外から力がはたらかなければ、動いている物は同じ速さ、同じ向きで動き続けるのです。逆に、物の速さや向きが変わったら、何かの力がはたらいたしるしです。
ニュートンは、このきまりのすぐ後に、投げた物のことも書きそえています。投げた物は、空気の抵抗でおそくされたり重力で下に引かれたりしないかぎり、その動きを続けるというのです。
跳んだあなたも、この「投げた物」と同じです。下へは重力で引かれます。でも、前へ進む動きは、そのまま続きます。
ふだんの言葉では、「慣性」は止まった物が止まり続けることだと思われがちです。でも物理の慣性は、それとは少しちがいます。動いている物が、そのまま動き続けることも慣性なのです。
横の動きと縦の動きは、べつべつに考えられる
跳んでいるあいだの動きを、もう少しくわしく見てみましょう。ここで役に立つのが、ガリレオの考え方です。
ガリレオは、投げた物の動きを、ふたつに分けて考えました。ひとつは横向きの動きです。こすれる力を考えなくてよければ、横の動きはまっすぐ同じ速さで続きます。
もうひとつは、縦向きの動きです。下へ落ちる動きは、同じわりあいで、だんだん速くなっていきます。
ガリレオは、なめらかな机の上を転がる球が、机のはしから飛び出す場面を考えました。飛び出した球は、横の動きを同じ速さで続けます。それに加えて、ふつうに落ちる物と同じように、下へ落ちていきます。ガリレオはこれを「合成された動き」と呼びました。
飛び出した後の球の横の動きは、机の上にいたときとまったく同じです。縦の動きは、真下に落とした物とまったく同じです。
球が机から飛び出すのと同時に、同じところから別の球を真下に落としたとします。すると、ふたつの球はいつも同じ高さにあります。
電車の中で跳んだあなたも、これと同じです。上に跳んで下りてくる縦の動きに、電車と同じ速さの横の動きが重なっているだけです。横の動きは変わらないので、あなたはずっと、床の同じ場所の上にいます。
ホームの人には、山なりの道すじに見える


では、同じジャンプを、駅のホームにいる人が見たらどうでしょうか。
電車の中のあなたには、自分がまっすぐ上がって、まっすぐ下りたように見えます。ところがホームの人には、あなたが前へ進みながら上がり、前へ進みながら下りてくるように見えます。その道すじは、山なりの曲線になります。
ガリレオは、球が落ちたきょりが、横に進んだきょりの2乗に比例することを使いました。そこから、球の道すじが放物線になることを、ギリシャの図形の数学で証明しています。
見る場所によって、同じ動きがまっすぐにも、山なりにも見えるわけです。どちらの見え方も、まちがいではありません。
止まった部屋と見分けがつかない「ガリレオの相対性」
ここから、もっと大きな話が見えてきます。まっすぐ同じ速さで走る電車の中では、止まっているときと同じことが起きるのです。
ガリレオはこう考えました。閉じた部屋の中で、物や生き物の動きを見るとします。それだけでは、部屋が止まっているのか見分けられません。一定の速さで同じ向きに進む船の中かもしれないのです。
飛ぶ虫や泳ぐ魚、水がしたたるびんを見ても、見分けはつかないとガリレオは考えました。物を投げても、跳び回っても同じです。一定の速さで動く部屋の中では、止まった部屋の中とすべてが同じに見えます。
ニュートンの後の物理学者は、これをこう言い直しました。物理のきまりは、一定の速さで動く部屋でも止まった部屋でも同じだ、と。
物理学では、ニュートンの最初のきまりが成り立つ見方を「慣性系」と呼びます。止まった電車の中も、まっすぐ同じ速さで走る電車の中も、どちらも慣性系とみなせます。そして、どちらが本当に止まっているのかは、まったく決められないのです。
地面も、じつはぴたりと止まってはいない
わたしたちが「止まっている」と言うときは、ふつう地面に対して止まっているという意味です。でも、地面もぴたりと止まっているわけではありません。
地球は自転していて、太陽のまわりも毎秒18マイル(約29キロメートル)で回っています。地面の上も、きっちり固定された場所とは言えないのです。
加速やブレーキ、カーブのときは話がちがう
ここまでの話には、大事な条件があります。電車が「まっすぐ、同じ速さで」走っていることです。
ガリレオの部屋の話でも、部屋が速さを上げているときや向きを変えているときは分かる、とされています。
慣性の法則から考えると、わけが見えてきます。跳んでいるあいだも、あなたの横の動きはそのまま続きます。でも電車が速さや向きを変えると、床の動きのほうが変わってしまいます。あなたと床の動きは、もうそろいません。
はじめに「ほぼ元の場所」と書いたのは、このためです。本物の電車は、いつもぴったり同じ速さで、まっすぐ走っているとはかぎりません。
「押さないと止まる」と考えられていた時代から


動いている物は、動き続ける。今では当たり前に思えるこの考えも、昔からあったわけではありません。
ガリレオより前の学者アリストテレスは、こう考えていました。生き物でない物は、押されているあいだしか動き続けられない、と。彼が見ていたのは、牛が引く荷車のように、こすれる力の大きいものでした。牛が引くのをやめると、荷車はすぐに止まってしまいます。
ガリレオは、こすれる力の役わりに気づきました。こすれる力がなければ、動きはいつまでも続くと考えたのです。
ふだんの暮らしでは、動く物はたいてい止まります。こすれる力や、抵抗の力がはたらくのがふつうだからです。それでもニュートンにとって、まっすぐ同じ速さで動くことは、止まっていることと同じでした。
この考えは、のちの物理にもつながります。アインシュタインは1905年に、相対性理論の最初の論文を書きました。そのとき持ち出したのが、一定の速さで進む船の中での実験についての、ガリレオの話でした。アインシュタインは、列車などが出てくる「思考実験」で、自分の理論を説明するのを好んだそうです。
じゃあ、まっすぐ同じ速さで走っているあいだは、跳んでも置いていかれないんだね。
そういうこと。ただ、動き出しやブレーキのときは話がちがうから、ちゃんとつり革につかまっておくんだよ。
電車の中でのちょっとしたジャンプにも、ガリレオが船の中で考えたのと同じ問いがかくれています。いつもの乗り物が、ガリレオやニュートンの考えにつながっている。そう思うと、通学の時間も少しちがって見えてくるのではないでしょうか。
参考文献:
Michael Fowler(バージニア大学 物理学科), Galileo and Einstein: Lectures「Special Relativity」
Michael Fowler(バージニア大学 物理学科), Galileo and Einstein: Lectures「How Newton Built on Galileo’s Ideas」
Michael Fowler(バージニア大学 物理学科), Galileo and Einstein: Lectures「Naturally Accelerated Motion」
NASA グレン研究センター, Newton’s Laws of Motion(Beginners Guide to Aeronautics)
アイキャッチ画像: Photo: Johannes Hofmann / Unsplash










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