はかせ、子どもをつくれないオスがまじっていたら、メスはそれを見分けられるの?
それが虫にとっても難しいらしいんだ。じゃあ見分けられないときメスはどうするのか、何世代もかけて確かめた実験があるんだよ。
相手を選ぶなら、よい相手を見分けるのがいちばん確かな方法に思えます。けれど、見分ける手がかりがそもそも無いとしたらどうでしょうか。
岡山大学や東京大学などのチームは、小麦粉にわく甲虫のコクヌストモドキでこの問いに取り組みました。オスの半数が子をつくれない環境を人工的につくり、その中でメスを15世代以上飼い続けたのです。結果は2026年10月5日付で、学術誌『Journal of Ethology』にオンライン掲載されました。
メスは、不妊のオスを見破るようにはなりませんでした。その代わりに、より多くのオスと交尾する傾向が、複数の解析で一貫して見られました。とはいえ、系統ごとに比べる主な解析では、統計的に意味のある差とまでは言えません。
子をつくれないオスは、思ったより多い
動物のオスは、交尾すれば必ず子ができるわけではありません。病気やけがで生殖器が傷んだり、精子を一時的に使い切ってしまったりと、理由はいろいろあります。
では、どれくらいの割合なのでしょうか。2004年に発表された別の研究では、昆虫30種を調べると受精につながらなかった交尾の割合は0〜63%で、真ん中の値は22%でした。それまで考えられていたより、かなり高い数字です。
メスにとって、これは大きな問題です。不妊のオスとだけ交尾したメスは、子を残せないからです。しかも論文は、交尾の前でも後でも不妊のオスと子をつくれるオスを見分けるのはメスには難しい、という前提から話を始めています。
見分けられないなら、相手を増やすという考え方
見分けられないなら、どう備えればよいのか。ここで出てくるのが、進化生物学でベットヘッジと呼ばれる考え方です。先の見通しが立たないときに、ひとつの道に全部を預けずに危険を散らしておき、めったに起きない大失敗を防ぐやり方を指します。
これまでの理論の研究が示してきた例では、集団のオスの20%が不妊なら、1匹とだけ交尾するメスが子を残せない確率は20%です。n匹と交尾すれば、相手が全員不妊で完全に失敗する確率は0.2のn乗まで下がります。何匹かと交尾しておけば、少なくとも一部の卵は受精しやすくなるわけです。
同じグループは2021年に、この考えをコクヌストモドキで確かめています。オスの20%を放射線で不妊にした集団から相手のオスを無作為に選んで交尾させると、複数のオスと交尾したメスのほうが、1匹とだけ交尾したメスより卵のかえる割合が高くなりました。
ただ、そこで分かったのは「何匹とも交尾したほうが得をする」ことまでです。そういう環境に何世代も置かれたとき、メスの行動そのものが変わっていくのか。今回の実験は、そこを確かめるためのものでした。
不妊のオスを用意して、メスだけを17世代


コクヌストモドキは、もともと多くの相手と交尾する種で、メスの多回交尾を調べる研究にも広く使われてきました。実験に使ったのは、岡山大学の実験室で20年以上飼われてきた集団です。25℃で明るい16時間と暗い8時間をくり返す部屋で、全粒粉にビール酵母を混ぜた餌で育てています。
子をつくれないオスは、コバルト60のガンマ線をあてて用意しました。照射は沖縄県病害虫防除技術センターで行われています。完全に不妊にする量では死んでしまう虫が多かったため、80グレイに下げて使いました。
この量では、すべてのオスが完全に不妊になるわけではありません。チームは、ほとんどのオスが実質的に不妊になる処理だとみなして実験を進めました。
同じグループが2021年に発表した研究の数字では、80グレイをあてたオスと交尾したメスのうち13.3%は、卵が1つもかえりませんでした。残りの86.7%は少なくとも1匹の子を残しましたが、その場合もほとんどの卵はかえっていません。
飼い方はこうです。メス10匹の皿に、「不妊オス区」ではふつうのオス5匹と放射線をあてたオス5匹を入れました。比べるための「対照区」には、ふつうのオスを10匹入れています。
次の世代に引き継いだのはメスだけです。オスは毎世代、もとの集団から新しく連れてきて、進化していく系統には入れません。系統は不妊オス区と対照区に5つずつ、合わせて10系統つくりました。
メスとオスを24時間いっしょにしたあと、メスを産卵用の容器に移します。この手順を全部で17世代くり返しました。生き物を決まった条件で何世代も飼い、そのあいだに起きる進化を直接調べるこの方法を、実験進化と言います。
不妊のオスを見破る力は、はっきりとは育たなかった
15世代目には、メスにオスを1匹だけ会わせて、30分間のようすを記録しました。対照区と不妊オス区のメスを49匹ずつ調べています。
放射線をあてたオスに出会うと、メスが交尾を受け入れる割合は下がりました。下がり方は区によって違いましたが、不妊オス区のメスが不妊のオスをはっきり避けるようになったとは言えない結果です。また、放射線をあてたオスとの交尾は長く続きました。
目を引くのは交尾の回数です。1匹のオスと組ませたとき、不妊オス区のメスは、オスの種類にかかわらず対照区のメスより多く交尾しました。こちらは統計的にもはっきりした差でした。
交尾のあとで見分けているのかどうかも調べています。コクヌストモドキでは、最後に交尾したオスの精子が優先して使われることが、これまでの研究で知られています。そこでメスを、ふつうのオスと24時間、続けて放射線をあてたオスと24時間いっしょにしました。そして7日後に卵の数を数え、その後かえった幼虫を数えました。
不妊オス区のメスが不妊のオスの精子を避けられるなら、卵のかえる割合は高くなるはずです。実際には、区に関係なく、放射線をあてたオスと交尾したメスはふつうのオス2匹と交尾したメスより卵のかえる割合が低くなりました。卵のかえる割合にも、産んだ卵の数にも、区による差はありませんでした。
つまりメスは、交尾の前にも後にも、不妊のオスを見破る力をはっきりとは身につけなかったのです。
交尾する相手の数は、増える方向に
最後に、メスが何匹のオスと交尾するかを数えました。メスの容器へ交尾経験のないオスを5匹入れて、30分間観察します。交尾したオスはすぐ取り出して新しいオスに替え、容器にはいつも5匹がいるようにしました。各系統30匹ずつ、区ごとに150匹のメスを調べています。
結果、不妊オス区のメスは対照区のメスより、多くのオスと交尾する傾向がありました。この傾向は系統ごとの主な解析でも、個体ごとのデータを使った別の解析でも、一貫して見られています。
ただし、主な解析では、統計的に意味のある差とまでは言えませんでした。チームは個体ではなく系統をひとまとまりとして数える慎重な方法をとっていて、比べられるのは5系統ずつです。そのぶん実質のサンプル数が少ないことは、論文も認めています。
なお区に関係なく、メスはふつうのオスと組んだときのほうが、放射線をあてたオスと組んだときより多くのオスと交尾しました。
不妊のオスを放つ害虫対策とのつながり
この結果は、農業の害虫を減らす不妊虫放飼法とも関係します。人の手で不妊にしたオスを野外にたくさん放ち、野生のメスと交尾させて、次の世代の数を減らしていく方法です。
少なくとも今回の実験の範囲では、不妊のオスがいる環境が15世代以上続いても、メスが不妊のオスを見分けて避ける力ははっきりとは進化しませんでした。発表文によると、野外でも同じ変化が起きるなら、不妊のオスが多く放たれる場所で多くのオスと交尾するメスが増えるかもしれません。
研究チームは、防除によって生まれる「進化の力」が害虫の行動や繁殖のしかたをどう変えるのかを理解していく必要がある、と述べています。
まだ「進化した」とは言い切れない理由
論文は、不妊オス区のメスで交尾相手が増えたように見えることを、進化の確かな証拠としてではなく慎重に受け止めています。発表文も、「多回交尾が進化した」と断定するには十分ではない、としています。
チームは、オスの50%が不妊なら多回交尾は比較的早く進化すると予想していました。けれども、はっきりした変化はまだ現れていません。特定の性質だけを選んで残す実験と違い、自然に近い条件の実験進化では、変化が測れるまでに長い時間がかかることが多いそうです。
対照区のメスにも、もともと多くのオスと交尾する性質があった可能性があります。もしそうなら、見えた差は実験中の進化ではなく、はじめからあったばらつきの影響かもしれません。
もう一つは、子を残せるオスの数の違いです。対照区では10匹のオス全員が子を残しうるのに対し、不妊オス区で子を残せるのはふつうのオス5匹だけです。チームは、こうした集団の大きさの違いが結果の一部に影響したことを完全には否定できない、としています。一方で、不妊オス区で卵のかえる割合ははっきり下がっておらず、近親交配による強い悪影響はたまっていないとみています。
今後は系統の数を増やす・実験をもっと長く続ける・ゲノムを調べるといった研究が要る、と論文は結んでいます。
全部の卵を同じかごに入れない、みたいな話なんだね。
そう見ることもできるね。ただ、虫たちが本当にその方向へ進化しているのかは、もっと世代を重ねないと分からないんだ。
今回いちばん確かに言えるのは、15世代以上たっても見破る力がはっきりとは育たなかったことのほうです。相手を選べないときに数で備えるという話が、ほかの生き物でも同じように進むのか、もっと長い実験の結果を待ちたいところです。


参考文献:
一次ソース: Fujii Y, Asano Y, Kori K, Matsumura K, Yasui Y, Himuro C, Nakamoto Y, Sokei Y, Miyatake T, Experimental evolution of female mating responses to infertile males in Tribolium castaneum(Journal of Ethology, 2026)DOI:10.1007/s10164-026-00902-x
研究機関の発表: 岡山大学・東京大学・岐阜大学・香川大学 「子どもをつくれないオス」がいるとき、メスはどうするのか?(2026年10月5日)
関連する研究: Matsumura K, Miyatake T, Yasui Y, An empirical test of the bet-hedging polyandry hypothesis: Female red flour beetles avoid extinction via multiple mating(Ecology and Evolution, 2021)DOI:10.1002/ece3.7418










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