米アリゾナ州立大学のガイナン氏とオルーク氏らのチームが、地球の生命が隕石に乗って金星の雲に届く量を計算で見積もり、2026年に学術誌『JGR: Planets』に論文を発表した。
共著者には、2021年に「金星生命方程式」を提案した米ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(JHUAPL)のイゼンバーグ氏や、サンディア国立研究所の研究者も加わっている。
Universe Todayの記事によると、この研究は2026年の月惑星科学会議(LPSC)でも発表された。
いくつもの仮定を積み上げたモデル計算であって、金星で生命が見つかったという話ではない。
地球の細胞は金星の雲に届くか
計算で出た数字
論文の最良の推定では、地球から金星の雲に散らばる細胞は1年あたり平均約100個だ。
金星の表面の平均年齢(少なくとも約2億4000万年)の間に換算すると、200億個を超える細胞が地球から届いた可能性がある。
雲に届いた細胞のうち生き残る割合を1%と仮定すると、そのうち2億個以上が、少なくともしばらくは雲の中で生き延びうるという。
計算は過去35億年に地球から金星へ届いた岩の量をもとにしていて、衝突は多かったものの生命がずっと少なかったとみられる地球の最初の10億年は含めていない。
なお、Universe Todayの記事は「過去10億年で約200億個」と伝えているが、論文の200億個は金星の表面の年齢の間の数だ。
ここで押さえておきたいのは、これらの数字がすべて「モデルの中ではじき出された値」だという点だ。
隕石が生命を運ぶ確率、金星大気での破片の残りやすさ、細胞が生き延びる割合など、複数の不確かな要素をかけ合わせた末の推計であって、実際に金星でこれだけの細胞が確認されたわけではない。
論文によると、パンスペルミアは主に地球と火星のあいだの話として調べられてきた。地球の生命が今の金星に届く可能性は、まだ十分に調べられていなかったという。
キク金星で生命が見つかったわけじゃなくて、モデルの計算だと地球の細胞が1年に約100個、金星の雲に届きうるってことなんだね。
なぜ「金星の雲」が舞台なのか
NASAの金星データによると、金星の地表の平均気温は464℃、気圧は92バール(地球の約90倍)で、生命は生きられない。
一方、論文によれば、高度約50kmより上には、地球の地表に近い温度と圧力の層がある。
ただし、雲の大部分を占める粒の中で生物が使える水の量は、地球で知られている生命が生きられる下限を下回るという。
生命の話が「雲」に絞られるのはこのためだ。
金星の雲に生命がいられるかどうかは、宇宙時代の初めから議論されてきた。
これまでは、昔の金星の地表は穏やかで、気候が変わるにつれて、生命が最後に残った住める場所である雲にとどまった、あるいはそこへ移ったという筋書きが考えられてきた。
今回の研究は、生命が地球や火星から運ばれてきたという別の筋書きを調べた。
地球の対流圏には、1立方メートルあたり10〜100万個ほどの細胞が漂っている。
論文の見積もりでは、パンスペルミアで金星の大気に生じる細胞の密度は1立方メートルあたり約0.001個で、見積もりが100倍や1000倍ずれたとしても、地球の対流圏ほど高くはならないという。
2021年に登場した「金星生命方程式」
ドレイク方程式に似た指標
今回の論文が手本にした金星生命方程式(VLE)は、JHUAPLのノーム・イゼンバーグ氏らが2021年に提案したものだ。
地球外生命の見積もりで知られるドレイク方程式と同じように、いくつかの要素を掛け合わせて生命がいる確率を見積もる。
VLEは「L = O × R × C」というシンプルな式で表される。Lは現存する生命の存在確率、Oは生命の発生確率、Rは生物圏の頑強さ、Cは住める環境が続いた割合を表す。
各項目に数字を入れて、最終的に「いまも金星に生命がいる確率」をはじき出す仕組みだ。
ドレイク方程式がそうであるように、この式の弱点は各項目に入れる数字そのものが曖昧なことにある。生命の発生確率などは地球という一例しか手元にないため、値の幅が非常に大きい。
だからVLEが出す答えも「確定した予測」ではなく「議論を整理するための枠組み」として受け止めるのが妥当だ。
「外から運ばれた生命」を式に組み込む
論文が注目したのは、VLEの最初の項O(金星で生命が始まる確率)だ。昔の金星が今の地球のように穏やかだったなら、Oはほぼ1になるとこれまでの研究は考えてきた。
VLEを提案したイゼンバーグ氏らは、パンスペルミアによって生命が始まる確率もゼロではないと書いており、今回の研究はそれを詳しく数字にしようとした。
計算は5つの数の掛け算でできている。
地球から飛び出した岩1kgあたりの細胞の数(約5億〜10億個)、滅菌されずに金星に届いた岩の量、大気圏に入っても蒸発せずに残る割合(約40%)、雲に浮かべるほど小さな破片に入る割合(約100億分の1)、そして新しい環境で生き残る割合(計算では1%と仮定)だ。
どの項にも大きな不確かさがあり、最初の2つは先行研究の値を借りている。
衝突で飛び出した岩が金星に届くまで


衝突で宇宙へ飛び出す岩
パンスペルミアとは、ある天体で生まれた生命が、ほかの天体へ運ばれるという考え方だ。運び手としてよく挙げられるのは、天体の衝突で宇宙へはじき出された岩だ。
論文によると、クレーターができるほどの衝突では、「スポレーション」と呼ばれる仕組みで、地表近くの岩の一部(クレーターの体積の数%)が、強すぎる衝撃を受けずに惑星の重力を振り切る速さで飛び出すことがある。
微生物がそのときの加速に耐えられることも、実験で示されている。
ただし、生き延びるには条件がある。直径が少なくとも約1mあれば、地球の大気を抜けるときに岩の内部は滅菌されるほど熱くならない。
宇宙の旅は最長で数百万年にもなりうるため、放射線や真空から細胞を守るには、直径約3mより大きな岩が必要とみられる。
地球から金星への移動は最短で約8000年で、シミュレーションによっては中央値で約170万〜240万年かかる。
これまでパンスペルミアは、主に地球と火星のあいだの話として語られてきた。生命は火星で生まれて隕石で地球に来た、という仮説を立てた研究者もいる。
論文が使った先行研究の計算では、過去35億年に地球から飛び出した岩の約13%、火星から飛び出した岩の約1.5%が金星に届いた。
生命を運べる大きさで、滅菌されずに届いた岩は地球から約8.9兆kg、火星から約4.1兆kgで、代表的な大きさ(約34万kg)の岩に直すと、それぞれ7900万個と1200万個になる。
金星に突入する「火球」のふるまい
金星の大気に入った岩(火球、専門用語でボライド)がどうなるかを、チームは「パンケーキモデル」という半解析的な計算手法で調べた。
このモデルでは、岩は大気に入るとすぐに砕け、破片が空気の抵抗で横に広がって、平たい「パンケーキ」のような雲になる。
断面が大きくなるので急にブレーキがかかり、表面は熱で蒸発して削られていく。運動エネルギーをもっとも多く大気に放つ高さで起きるのが、エアバースト(空中爆発)だ。
半径3m、秒速25km、角度45度で入った岩の計算例では、エアバーストは高度約82kmで起き、その時点で元の質量の約40%が蒸発せずに残っていた。
次にチームは、エアバーストのあとの破片の大きさを見積もった。
2000年に落ちたタギッシュ・レイク隕石の破片の大きさの分布から得られた法則(べき乗則)を、もっと小さな粒まで延ばして当てはめたところ、雲に浮かんでいられるほど小さな破片(約25μm以下)に入るのは、岩の質量の約100億分の1にとどまった。
ただし、この外挿はとても不確かで、実際の割合はもっと高い可能性もあるという。



地球から来た岩が砕けてできた、雲に浮かべるほど小さな破片って、どれくらいの間そこにいられるのかな?
細胞が雲に残れるかどうかが分かれ道
金星の雲の層は、地表から高さ約48〜70kmにある。大きさ約25μm以下の破片なら少なくとも数日は雲の中に浮かんでいられるが、それより大きな粒は地表へ沈み、滅菌されるほどの高温にさらされる。
岩の重さによって砕ける高さも変わり、1億kg未満の岩は雲の上で、1億〜1000億kgの岩は雲の中でエアバーストを起こし、それより重い岩は雲の下まで突き抜けてから爆発する。
その数日のうちに、細胞が雲の液滴に出会う可能性もあると著者らは推測している。液滴は、生命が住み続けられる場所の候補とされている。
地球での例では、細胞が大気中にとどまる時間は1時間から数日ほどで、数時間から数日あれば何世代も増えられる場合がある一方、休眠していたり栄養が足りなかったりすれば足りないかもしれないという。
論文は結論で、金星の雲に生命がいると証明されたことはないとしたうえで、地球から運ばれることで、少なくとも1世紀に数日は金星の雲に生命が存在しうるとモデルは予測する、と書いている。
ほかの惑星から来た微生物が、金星の雲で長く続く集団をつくれるかどうかは、まだ答えの出ていない問いだという。


もし金星の雲で生命が見つかったら
将来の探査は、金星の雲で生命の兆候を探すことを目指している。論文は、雲で生命が見つかったら、それは金星で独自に進化したと考えてよいのだろうか、と問いかける。
これまでは、金星に生命がいるなら、昔の穏やかだった地表で生まれたと考えるのがふつうだった。論文は、将来の探査で生命が見つかった場合、それが地球から来た可能性もあるとしている。
論文は、人間が送り込んだ探査機にも触れている。
金星に入った探査機は完全には滅菌されていなかったが、岩よりずっと遅い速さで入り、雲より下まで降りるように作られていたため、雲に浮かぶ小さな粒としてはほとんど散らばらなかった。
金星は、雲粒の水が少ないことから、地球の生物で汚染される可能性は「わずか」と分類されていて、今のところ金星へ向かう探査機に微生物を減らす処理は求められていない。
モデルの限界と「不確定な係数」
チーム自身も、モデルは岩が大気を通る過程を細部まで表してはいないと認めている。たとえば、熱が岩の内部へ伝わると、滅菌を免れる質量の割合は半分ほどに減るかもしれない。
1個の岩が1つの破片の雲になるという仮定も単純化で、破片の大きさの分布は地球の隕石の測定値を外挿したものだ。一方で、浮かべる小さな破片の割合は、実際にはもっと高い可能性もある。
今回の数字は「これだけ運ばれた」という結論ではなく、不確かさの大きい見積もりだ。
火星から、金星から
論文は、火星から来る岩も計算に入れている。ただし、火星の地下に細胞がいるかどうかは、惑星科学で最も優先度の高い問いの一つで、まだわかっていない。
また、金星の地表は過酷なため、金星へのパンスペルミアは、地球と火星のあいだよりも起こりにくいとみられる。
昔の金星の地表が住める環境だったなら、金星で生まれた生命が地球に来て、それがまた金星に戻るという逆向きの経路も否定できない、と論文は述べている。
参考文献:
Guinan, E. et al. A Panspermia Origin for Venus Cloud Life (Journal of Geophysical Research: Planets, 131, e2025JE009296, 2026)
DOI: 10.1029/2025JE009296
論文本文(OSTI): https://www.osti.gov/servlets/purl/3029750
解説記事(Universe Today、ScienceDaily転載): Earth may have been seeding Venus with life for billions of years
金星生命方程式: Izenberg et al. The Venus Life Equation (Astrobiology, 2021)
金星のデータ: NASA Venus Fact Sheet









