馬の「ヒヒーン」という鳴き声——いななきは、誰もが知っている音だ。ところが、あの音がどうやって作られているのか、じつは長いあいだ謎に包まれていた。
低い声のほうは声帯の振動で説明できたが、高い声がどう作られるのかは分かっていなかった。
2026年2月、コペンハーゲン大学やウィーン大学などの国際研究チームが、その仕組みを学術誌『Current Biology』で報告した。
研究チームは、低い声は声帯の振動で、高い声は喉頭の中の笛のような仕組み(空気力学的なホイッスル)で作られているという証拠を示した。
いななきには、体の大きさから予想されるより高い音が含まれる

一般に、大きな動物ほど喉頭が大きく、低い声を出す。ところが馬のいななきには、体の大きさから予想されるよりずっと高い周波数が含まれている。
いななきには低い音と高い音が同時に含まれる
いななきには、約200ヘルツの低い音と、1000ヘルツを超える高い音という、2つの基本周波数が同時に含まれる。
このように、一つの声の中に独立した2つの音が同時にあることを「二重発声(バイフォネーション)」という。哺乳類では珍しい現象で、馬のいななきで見つかったのは2015年の研究だった。
低い音は、声帯の振動で生まれる。人が歌うときや猫が鳴くときと同じ仕組みだ。
問題は高い音のほうだ。論文の抄録は、この高い音が作られる仕組みはこれまで分かっていなかったと書いている。
高音の正体は、喉頭の中の笛のような仕組みだった

では、その高音はどうやって作られているのか。研究チームは、馬の喉のCTスキャンや内視鏡での観察、取り出した喉に空気を送る実験を組み合わせた。
その結果、高い音は声帯の組織の振動ではなく、喉頭の中の空気力学的なホイッスル(笛)で生まれているという証拠が得られた。
空気力学的なホイッスルとは、乱れた空気の流れが音を生む仕組みだ。研究チームの公式発表は、人間の口笛に似ているが、気流が乱れる場所が唇ではなく馬の喉頭の中だと説明している。
馬は、声帯で低い声を出しながら、喉頭の中で空気の流れだけで高音を鳴らしていた。
小さなネズミ類には喉頭の笛が知られているが、大型の哺乳類で確認されたのは馬が初めてで、声帯を振動させながら同時にこの笛を鳴らす動物も、馬のほかには知られていない。

キク馬のいななきの低い声は声帯で、高い声は喉の中で空気の流れが鳴らす笛みたいな仕組みで出てたんだ。2つを同時に使ってたんだね!
決め手は、取り出した喉頭にヘリウムを吹き込む実験だった
では、高音が空気の流れで作られていることは、どうやって確かめたのか。決め手は、取り出した喉頭にヘリウムを通す実験だった。
研究チームは、亡くなった馬から取り出した喉頭に空気を通し、その流れを通常の空気とヘリウムに切り替えて、出る音を比べた。
ヘリウムの中では、音が空気中より速く伝わる。そのため笛の音(ホイッスル)の高さはヘリウムで上がり、声帯の振動が作る音の高さは変わらない。
結果は予測どおりだった。ヘリウムを通すと、いななきの高い周波数の成分は高くなり、低い周波数の成分は変わらなかった。
研究チームは、これを高音が組織の振動ではなく気流で作られている根拠としている。
ウィーン大学のウィリアム・テカムセ・フィッチ氏は「初めてヘリウムを喉頭に吹き込んだとき、周波数の変化がすぐにはっきり分かり、謎を解いたと確信しました」と話している。
笛と声帯を同時に使う、馬の二重発声
では、二重発声は馬の仲間のどこまで見られるのか。研究チームによると、近縁のモウコノウマ(プルツェワルスキーウマ)のいななきにも二重発声が含まれる。
一方、ロバやシマウマなど遠い仲間には、高い周波数の成分がないようだ。
2つの声で、馬は何を伝えているのか


では、馬はなぜ2つの声を同時に出すのだろう。論文は、二重発声が複数の独立したメッセージを同時に伝えるために進化した可能性が高いと述べている。
2015年の研究では、低い音と音のエネルギーの分布が感情の強さ(興奮の度合い)を、高い音と鳴き声の長さが快・不快を表すことが示されていた。
コペンハーゲン大学のエロディ・ブリーファー氏は「以前、この2つの周波数が馬自身の感情についてそれぞれ別のメッセージを伝えていると分かりました。今回、2つが別々の仕組みで作られているという有力な証拠も得られました」と話している。



生きた馬の喉をのぞいたら、高い音を出すとき声帯はどうなってるんだろう?
生きた馬と取り出した喉の両方で調べた
論文の抄録によると、研究チームは、CTスキャン、内視鏡検査、取り出した喉頭でのヘリウム実験、反回神経障害(喉の神経の病気)をもつ馬の音の音響分析を組み合わせた。
シンシナティ大学の記事は、報道をもとに次のように紹介している。生きた馬の鼻から内視鏡カメラを入れて喉頭を調べると、低い音を出すときは声帯が振動したが、高い音のときは動かなかった。
高い音のときには、声帯の上の筋肉が強く収縮していたという。
参考文献
Lefèvre RA, Barluet de Beauchesne L, … Reby D, Fitch WT, Briefer ÉF. 『The high fundamental frequency in horse whinnies is generated by an aerodynamic whistle』 Current Biology 36(4), 902-911, 2026. DOI: 10.1016/j.cub.2026.01.004
Cell Press公式発表(ScienceDaily掲載): Scientists finally solve the mystery of the horse whinny
過去の研究: Briefer EF ほか(2015)『Segregation of information about emotional arousal and valence in horse whinnies』 Scientific Reports 5, 9989. PMC4404681









