シルミーはかせ、馬の「ヒヒーン」って、じつは2つの声が同時に出てるんだって! どうやってそんなことするの?
そこが最新研究のすごいところでね。低い声と高い声を、まったく別の仕組みで同時に出しているんだ。しかも驚くのは、その高い音の正体が「声帯の振動」じゃなくて、なんと「口笛」と同じ原理だったこと。決め手は、あの声が甲高くなるガスの実験だったんだよ。
馬の「ヒヒーン」という鳴き声——いななきは、誰もが知っている音だ。ところが、あの音がどうやって作られているのか、じつは長いあいだ謎に包まれていた。長らく、いななきは声帯だけで作られていると漠然と考えられてきた。しかし2026年、コペンハーゲン大学やウィーン大学などの国際研究チームが、その常識をくつがえす仕組みをついに解き明かした。馬はいななくとき、低い声と高い声を、それぞれまったく別の方法で同時に作り出していたのだ。そして高音の正体は、意外にも私たちの身近にあるあの音と同じ原理だった。その謎解きを、順にたどっていこう。
500キロの巨体が、なぜ小動物のような高音を出せるのか


まず、この研究が「謎」とした点をはっきりさせよう。動物が声を出す基本の仕組みは、人間もふくめて共通している。喉にある声帯という左右一対のヒダに息を通すと、ヒダが細かく開いたり閉じたりして振動し、音のもとになる。この「もとの音」を、喉や口といった空間が反響させて整えることで、さまざまな鳴き声や言葉になる。これを音源フィルター理論という。声帯が「音のもと」を作る発音源だとすれば、その上の空間は音色を仕上げるフィルターの役割を果たす。人間が同じ声帯で「あ」と「い」を言い分けられるのも、口の形を変えてフィルターを操作しているからだ。動物の鳴き声も、基本はこの同じ原理で説明できる。
ここで大事なのが、声の高さと体の大きさの関係だ。声帯は、長くて重いほどゆっくり振動して低い音になる。ギターの弦を思い浮かべるとわかりやすい。太い弦は低い音、細い弦は高い音を出す。だから一般に、体が大きい動物ほど声帯も大きく、低い声を出す。体重500キロにもなる馬なら、当然、低くて太い声が出るはずだ。
ところが馬のいななきには、その常識では説明できない高い音がまざっている。巨体の馬が、まるで小さな動物や鳥のような、けたたましく高い音を同時に響かせているのだ。この「大きな体に似合わない高音」こそ、研究者たちが長年ふしぎに思ってきた謎の核心だった。
いななきは「2つの音」でできている


研究チームが、いななきの音を詳しく分析したところ、あの「ヒヒーン」が2種類の音の重なりであることが確かめられた。私たちが一つの声として聞いているものは、実は高さの違う2つの音が同時に鳴っている、いわば二重の声だったのだ。
一つは、低い音だ。これは人間が声を出すときと同じで、声帯が振動して生まれる。その高さはおよそ200ヘルツ前後で、これは人間の話し声とそう変わらない範囲にある。ヘルツとは1秒間に何回振動するかを表す単位で、数字が大きいほど高い音になる。200ヘルツなら、声帯が1秒間に約200回開閉している計算だ。ここまでは、体の大きな馬にふさわしい、納得のいく声である。
問題はもう一つの音、高い音のほうである。その高さは1000ヘルツを超え、低音とはまったくかけ離れた、鋭く突き抜けるような音だ。もしこれも声帯の振動で作っているなら、馬はよほど小さく張りつめた、特殊な声帯を余分に持っていなければならない。そんな器官は見当たらない。だが実際、高音は声帯とは無関係のところで生まれていた。この高音は、声帯とはまったく別の仕組みから生まれていた——その仕組みこそが、今回の発見の目玉だった。
高音の正体は、じつは「口笛」だった


では、その高音はどうやって作られているのか。研究チームは、馬の喉をCTスキャンで詳しく調べ、声帯のすぐ上に小さな空洞があることを突き止めた。そして、この空洞を空気が通り抜けるときに、あの高い音が生まれていたのだ。
ここが、これまでの誤解を正すいちばん大事な点だ。かつては、この高音も何かの膜が振動して出ていると考えられていた。ところが実際は違った。空洞を勢いよく空気が通ると、その気流が乱れ、渦を巻く。そしてその空気の乱れそのものが音になる。やかんの口から蒸気が勢いよく噴き出すとピーッと鳴るのも、風が強い日に電線がヒューヒュー鳴るのも、同じように空気の流れが生む音だ。これは、膜や声帯の振動ではなく、空気の流れが直接生む音——専門的には「空気力学的なホイッスル(笛)」と呼ばれる仕組みだ。
身近な例でいえば、まさに口笛やリコーダーと同じ原理である。口笛は、唇や声帯を震わせて出しているのではない。細く整えた息を吹くと、その空気の流れ自体が高い音になる。リコーダーも、吹き込んだ息が管の中で乱れて音になる。馬は、声帯で低い声を出しながら、喉の奥ではまるで口笛を吹くように、空気の流れだけで高音を作り出していたのだ。太鼓を叩きながら同時に笛を吹くような、二刀流の発声である。ふつう、私たちは「声は喉のヒダが震えて出るもの」と思い込んでいる。だが実際には、震えるものが何もなくても、空気の流れ方さえ工夫すれば音は生まれる。馬の高音は、その事実をあざやかに示す例だったのだ。
決め手は「ヘリウムを吸わせる」実験だった


とはいえ、「高音は空気の流れが作る」という説を、どうやって証明したのだろう。ここで研究チームが使った実験が、実に鮮やかだった。
まず彼らは、亡くなった馬から取り出した喉(喉頭)に、生きているときと同じように空気を送り込んだ。すると、なんと本物そっくりの「ヒヒーン」という音が再現できた。喉のつくりと空気の流れさえあれば、いななきは作り出せるのだ。声は脳の指令がなければ出せないように思えるが、じつは喉という「楽器」に息を通しさえすれば、そのものが持つ物理的な性質だけで音は鳴る。この、摘出した喉に空気を送るという手法は、声の科学ではよく使われる確かな方法である。そのうえで、彼らは送り込む気体をヘリウムに切り替えた。パーティーグッズなどでおなじみの、吸うと声が甲高くなる、あのガスである。
ここに、みごとな仕掛けがある。ヘリウムは空気よりずっと軽い気体で、その中では音が空気中よりも速く伝わる。口笛のような空気の流れが生む音は、まわりの気体の中を音がどれだけ速く伝わるかに左右される。だからヘリウムに変えると、空気の流れが生む音(ホイッスル)は高さが上がる。ところが、声帯のような組織そのものの振動は、まわりの気体が何であっても高さは変わらない。実験の結果、いななきの高音だけがヘリウムで変化し、低音は変わらなかった。これはつまり、高音が組織の振動ではなく空気の流れによるものだ、という何よりの証拠だ。「ヘリウムを吸うと声が高くなる」という誰もが知る現象を、逆手にとって真相を暴く道具にしたのである。
ちなみに、人がヘリウムを吸うと声が甲高くなるのも、じつは同じ理屈だ。声帯の振動そのものは変わらないが、その音を整える喉や口の共鳴のしかたが、ヘリウムの中では変わってしまう。だから声全体の響きが甲高く聞こえる。パーティーの余興でおなじみのあの現象が、馬の発声の謎を解く精密な実験装置になったというのは、なんとも痛快な話だ。身近な遊びの中にも、科学の種は転がっているのである。
2つの声を同時に出す「二重発声」


このように、一つの喉から独立した2つの音を同時に出す現象を、「二重発声(バイフォネーション)」と呼ぶ。じつは、これ自体は自然界にまったくないものではない。
たとえば、イヌやオオカミの遠吠えでも、とりわけ興奮したときなどに、2つの音が同時に重なって聞こえることが報告されている。もっと徹底しているのが鳥だ。鳥は、気管が二股に分かれるところに「鳴管(めいかん)」という特殊な発声器官を持ち、左右で別々の音を同時に出せる。二つの音源を最初から備えた、いわば二連奏の楽器なのだ。だからこそ小鳥のさえずりは、あれほど複雑で表情豊かに聞こえる。一羽の鳥が、まるで二羽で掛け合っているかのような音を奏でられるのは、この生まれつきの「二つののど」のおかげである。
ただし、馬の仕組みはこれらとは根本的に違う。鳥が「二つの音源」を持つのに対し、馬は一つの喉の中で、声帯の振動と空気のホイッスルという、まったく異なる物理の原理を二つ同時に働かせている。しかも馬は、こうした二重発声が確認された数少ない大型哺乳類でもある。ちなみに、ネズミのような小さな動物も、空気のホイッスルで超音波のような高音を出すことが知られている。しかし、体重500キロもの大きな体でこの芸当をやってのける例は、これまで確かめられていなかった。今回、馬がその珍しい一例として加わったのである。
モンゴルの「喉歌」と、似ているようで違う


一つの喉から2つの音——そう聞くと、思い浮かぶものがある人もいるだろう。モンゴルやトゥバに伝わる喉歌(ホーミー)だ。一人の歌い手が、低い持続音の上に、口笛のような高い旋律を同時に響かせる、あの神秘的な歌唱法である。馬のいななきと、よく似ているように思える。
ところが、その仕組みはまったく別物だ。喉歌の歌い手は、じつは音源そのものは一つしか使っていない。声帯を普通に震わせて出した一つの音には、目には聞こえにくい多くの「倍音」がふくまれている。歌い手は口や喉の形を巧みに変え、その倍音のうち特定のものだけを共鳴させてくっきり浮かび上がらせているのだ。つまり喉歌は「一つの音源を、共鳴の技で二つに聞かせる」妙技である。もともと一つの音の中には、いくつもの高さの成分がひそんでいる。歌い手はその中から狙った成分だけを選び、際立たせる。いわば、一枚の絵の中の特定の色だけを、光の当て方で浮かび上がらせるようなものだ。
いっぽう馬は、前に見たとおり、声帯と空気のホイッスルという正真正銘の二つの音源を同時に鳴らしている。喉歌が「一つの音源とフィルターの魔法」なら、馬は「二つの音源のハーモニー」。似ているようで、その中身はまったく異なる。同じ「一人二役の声」という結果でも、自然の進化と人間の文化とが、まったく別々の道すじをたどってたどり着いた芸当なのだと思うと、なかなかに奥深い話である。
2つの声で、馬は何を伝えているのか


では、馬はなぜわざわざ2つの声を同時に出すのだろう。研究チームは、この二重の声が感情を伝えるうえで役立っていると考えている。
研究によれば、いななきの高い音は「快・不快」といった感情の質を、低い音は感情の強さを伝えているとみられる。つまり馬は、一度のいななきで「どんな気持ちか」と「どれくらい強い気持ちか」という二つの情報を、同時に相手へ届けているのだ。二つのチャンネルを使い分ける、なかなか効率のよい伝え方といえる。
そもそも音は、高さによって伝わり方が違う。低い音は障害物や距離に強く、遠くまで届きやすい。ゾウが人間の耳では聞き取れないほど低い音(インフラサウンド)を使って、数キロも離れた仲間と連絡を取り合うのは、その代表例だ。低い音は波長が長く、木々や地形にさえぎられにくいため、遠くまで減衰せずに届く。いっぽう高い音は、細かな特徴を伝えやすい。馬の祖先は広い草原で群れをなして暮らしていた。仲間と離れても、二つの声を組み合わせることで、より豊かに気持ちや状況を伝え合えたのだろう。いななきの二重構造は、群れで生きる馬にとっての、進化が磨いた伝達の工夫なのかもしれない。
考えてみれば、群れで暮らす動物にとって、声で気持ちを正確に伝えることは生き残りに直結する。危険が迫っているのか、仲間を探しているのか、それがどれほど切迫しているのか。一度の鳴き声にできるだけ多くの情報を込められれば、群れ全体がすばやく反応できる。馬の二重の声は、そうした必要から生まれた、洗練されたコミュニケーションの道具だと考えると、その巧みさがいっそう際立つ。



口笛と声を同時に、しかも気持ちまで伝えてるなんて! 馬って、すごい表現力なんだね。
そうなんだ。そしてこの仕組みが分かると、じつは馬の健康にも役立つかもしれない、という話につながっていくんだよ。
声から病気が分かる? 獣医学への手がかり


この発見は、馬の健康を守るうえでも手がかりになりうる。じつは馬には、喉の神経がうまく働かなくなり、いななきや呼吸のときに異常な音(喘鳴)が出てしまう病気がある。競走馬や乗馬の馬に比較的よく見られる、喉の障害だ。喉の片側の筋肉がうまく動かなくなり、息を吸うたびに笛のような音が鳴ってしまう。運動する馬にとっては呼吸のさまたげにもなる、やっかいな病気である。
今回の研究でも、こうした喉に問題を抱えた馬の音のデータが、正常な馬と比べる材料として使われた。喉の仕組みと、正常な声がどう作られるのかが精密に分かれば、逆に「声のどこが、どう変わると異常なのか」も見分けやすくなる。将来的には、鳴き声のわずかな変化から、喉の異常を早めに察知できるようになるかもしれない。もっとも、これはまだ研究の入り口の段階で、すぐに診断に使えると決まったわけではない。あくまで、基礎の仕組みが分かったことで開けた可能性のひとつだ。
身近な「ヒヒーン」という鳴き声の裏に、声帯と口笛という二つの物理が同時に働き、感情までのせて伝える、精巧な仕組みが隠れていた。しかもその真相を暴いたのが、パーティーでおなじみのヘリウムだったというのも面白い。当たり前だと思っていた動物の声にも、まだ解き明かされていない不思議がたくさん眠っている。馬のいななき一つをとってみても、そこに秘められた自然の設計の巧みさには、あらためて深く驚かされるばかりである。
参考文献
Lefèvre RA, Briefer EF, Fitch WT, et al. 『The high fundamental frequency in horse whinnies is generated by an aerodynamic whistle』 Current Biology 36(4), 902-911, 2026. DOI: 10.1016/j.cub.2026.01.004










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