「確かに見た」——そう確信している記憶が、実は一度も起きていない出来事だったとしたら。
2020年に科学誌PNASに載った実験で、大麻の主要な精神活性成分THCを吸入した直後には、この種の偽記憶が増えることが示された。
大麻の影響下にある目撃者や被疑者は、実際の事件でも少なくない。この研究は、そうした人への聴取のしかたに関わる。
ただし、これは「大麻使用者の証言は信用できない」という話ではない。
この記事では、実験の中身と結果、そして論文自身が述べる限界を順に見ていく。
偽記憶とは何か
経験していない出来事の記憶
偽記憶とは、実際には経験していない出来事や細部を、経験したものとして覚えている記憶のことだ。論文は、法的な場面では冤罪や誤った告発につながりうると述べている。
論文は偽記憶を2種類に分けている。ひとつは本人の頭の中の働きで自然に生じるもの、もうひとつは質問や他人の話といった外からの示唆で生じるものだ。
共著者ロフタスの古典的な実験
ロフタスはカリフォルニア大学アーバイン校の心理学者で、今回の論文の共著者でもある。偽記憶の研究では、1974年にロフタスとパーマーが発表した交通事故の映像の実験がよく知られている。
最初の実験では、学生45人が交通事故の映像を見たあと、車がぶつかったときの速さを尋ねられた。
質問の動詞だけが5通りに分かれていて、「激突した」の群の平均は時速約40.8マイル、「接触した」の群は約31.8マイルだった。
2つ目の実験では、150人が映像を見たあと、「激突した」の動詞で速さを聞かれる群、「当たった」で聞かれる群、速さを聞かれない群に分かれた。
1週間後に「割れたガラスを見ましたか」と尋ねると、映像にガラスは映っていなかったのに、「見た」と答えた人は「激突した」の群で32%、「当たった」の群で14%、速さを聞かれなかった群で12%だった。
誘導的な質問が、目撃証言の信頼性を下げうることを示した実験だ。
質問の言葉が変わるだけで、見ていないガラスを「見た」と答える人が増えるんだね。
THCと記憶の実験


THCと海馬のCB1受容体
THC(Δ9-テトラヒドロカンナビノール)は大麻の主要な精神活性成分で、これまでも記憶の障害と関連づけられてきた。
1回の摂取で、意思決定や作業記憶の成績が下がることも報告されている。
こうした低下は、海馬でのCB1受容体の活性化の高まりと関連づけられている。海馬と大脳皮質には大麻の受容体が高い密度で存在し、大麻の認知への影響に関わると考えられている。
64人が参加した二重盲検の実験
参加したのは、時々大麻を使う健康な成人64人(男女32人ずつ、平均22.7歳)だ。THCか偽薬かを参加者にも実験側にも伏せる二重盲検で、無作為に割り当てる試験として行われた。
各参加者は別の日に、THC(体重1kgあたり300マイクログラム)の蒸気か偽薬の蒸気を吸入した。記憶テストは、吸入の直後と、7日(前後1日)後の2回行われた。
課題は3種類あった。1つ目は、関連する単語のリスト(15組)を見せたあと、リストにあった単語となかった単語(テーマ語、関連語、無関係語)を示し、前に見たかどうかを答えさせる単語課題だ。
残りの2つは仮想現実(VR)の課題で、駅での喧嘩を目撃する場面(5分)と、バーでハンドバッグを盗む加害者の側になる場面(2分)だった。
そのあとの聞き取りで、誘導的な質問や仮想の共同目撃者の証言という形で誤った情報を与え、細部を覚えているかを選択式で答えさせた。
結果は次のとおり。THCを吸った直後には、3つの課題すべてで偽記憶が増えた。1週間後に酔いが覚めた状態でテストすると、VRの2つの課題では差が見られなくなった。
単語課題では差が一部残った。直後のテストで無関係な単語を「あった」と答えた割合は、THC群が40%、偽薬群が16%で、1週間後もTHC群のほうが高かった(39%と31%)。
ただし1週間後には、リストにあった単語を正しく答える割合も、テーマ語を誤って「あった」と答える割合も、THC群のほうが低かった。
THCで増えた誤りの特徴
関連の薄い項目ほど「あった」と答えた
単語課題では、THCの影響は、単語どうしの関連の強さによって変わった。直後のテストで、リストにあった単語とテーマ語への答えは、THC群と偽薬群で差がなかった。
差が出たのは関連が薄い単語で、THC群は関連語と無関係語を「あった」と誤って答えることが多かった。
VRの課題にも似た傾向があった。
目撃者の場面では、THC群は、誘導的な質問で示された細部を「あった」と答える割合(19%、偽薬群は8%)だけでなく、示されていない細部を尋ねる中立的な質問にも誤って答える割合が高かった。
加害者の場面では、THC群は誘導の有無にかかわらず「はい」と答えやすく、特に示されていない細部への誤答が目立った(THC群8%、偽薬群1%)。
誘導された細部への誤答の差は、統計的に有意ではなかった。
「はい」と答えやすくなる傾向
論文は、この結果を、不確かな場面でより広く「はい」と答える傾向の表れと解釈している。THC群は、誘導のない質問にも誤答が増えたからだ。
加害者の場面について論文は、THC群で全体に「はい」と答える傾向が強く、示されていない細部への誤答が目立ったと述べる。
偽記憶そのものより、答え方の偏りを反映している可能性もあるという。
関連の薄い単語でも「あった」と答えやすくなるんだね。


脳の仕組みは仮説の段階
海馬のCB1受容体と偶発的な連想
論文は、海馬のCB1受容体の活性化が、偶発的な連想(その場で結びついてしまう無関係な関連づけ)の形成を支えているという先行研究を挙げ、これなら偽記憶の増加が予測されると述べている。
大麻の影響の説明として、論文は、連想がゆるむこと、考えが断片化すること、注意が散りやすくなることも挙げている。
こうした変化が、無関係な単語や出来事への誤った「あった」を増やしたのかもしれないという。
情報源の取り違えも、説明の1つとして挙げられている。共同目撃者の証言のような外部の情報を、自分の記憶と取り違えた可能性だ。
ただしこの実験の方法に脳活動や受容体の測定はなく、どれも説明の候補にとどまる。
本物の記憶も下がったのか
直後のテストでは、THCは、リストにあった単語を正しく「あった」と答える割合に影響しなかった(どちらの群も68%)。
一方、1週間後のテストでは、THC群のほうが低かった(46%と51%)。
正しい記憶の割合を表す全体の正確さは、THC群のほうが直後も1週間後も低かった。論文は、1週間後の低下を、THCが情報の取り込みを妨げた可能性として挙げている。


どう受け止めればいいのか


目撃証言への含意
論文は、目撃者や被疑者が大麻の影響下にある例が多いことを背景に、警察や法律家にとっての意味を述べている。
論文は、目撃者や被疑者が大麻の影響下にあるときの聴取は、必要最小限にとどめるべきだとしている。聴取は、酔いが覚めたらなるべく早く行うのが望ましいという。
共著者のヤン・ラマーカーズ氏(マーストリヒト大学)は、発表時にこう話している。
「私たちの研究結果から、大麻の影響下にある目撃者や被疑者への聴取は、酔いが覚めるまで警察や捜査官が延期したほうがよいと言えます」。
さらに、「大麻の影響下にある人は、刑事捜査では、子どもや高齢者と同じように、弱い立場の集団として扱うべきです」とも述べた。
論文は、大麻が世界的に受け入れられつつあること、そして目撃者や被疑者による大麻の使用が広く見られることを、研究の背景に挙げている。
ここで注意したいことがある。この研究が比べたのは、THCを吸った直後の人と偽薬を吸った人であり、大麻を使う人の証言の信頼性を調べたものではない。
誘導的な質問による誤りは、THC群で多かったものの、偽薬の群でも起きた。たとえば目撃者の場面で、誘導された細部を「あった」と答えた割合は、直後には偽薬群で8%、THC群で19%だった。
1週間後に差が消えたのは、THC群が回復したからというより、偽薬群の成績が下がったためだと論文は説明している。
時間がたつほど、人は誤情報の影響を受けやすくなるという。
1週間後に差が消えたのは、偽薬の人の成績も下がったからなんだね。
この研究で言えないこと


確信の強さや長期の影響は測っていない
論文は、課題の限界をいくつか挙げている。参加者は時々大麻を使う健康な若い成人で、THCも1回の吸入だけだった。
誤った答えのときにどれくらい自信があったかは測っておらず、今後の課題とされている。
論文は、結果を確かめるには追試が必要だと述べている。選択肢のない自由再生の課題も使った検証が必要だという。
参考文献:
Cannabis increases susceptibility to false memory
論文本文(PubMed Central)
マーストリヒト大学の発表(2020年2月11日)
ロフタスとパーマー(1974)の実験の解説(Simply Psychology)
Kloft, Otgaar, Loftus et al., PNAS 117(9), 4585-4589 (2020). DOI: 10.1073/pnas.1920162117
出典: Maastricht University / University of California, Irvine (Elizabeth Loftus) ほか









