はかせ、AIが設計して針も使わないコロナの万能ワクチンができたんだって! これで次のパンデミックも防げるの?
面白い一歩ですよ。ただ今回わかったのは『安全に使えそうだ』というところまで。実際に病気を防げるかどうかは、これから確かめる段階なんです
AIが設計し、針を使わずに接種する新しいタイプのコロナウイルス用ワクチン候補が、初期の臨床試験(第1相)をクリアした。論文は2026年、学術誌Journal of Infectionに掲載された。ただし最初にはっきりさせておきたいのは、第1相試験の主な目的は「安全に接種できるか」を確かめることであり、「病気を実際に防げるか」という有効性はまだ証明されていない段階だという点だ。ニュースの見出しになりがちな「次のコロナを防ぐ」は、あくまで将来への期待であって、今回の結論ではない。その前提で、何が分かったのかを見ていきたい。
何が発表されたのか


複数機関の共同で行われた第1相試験
2026年、コロナウイルス用の万能ワクチン候補「pEVAC-PS」の第1相臨床試験の結果が発表された。この試験は、特定の1大学が単独で成し遂げたものではなく、複数の機関による共同研究だ。筆頭著者はアラスデア・マンロー博士、責任著者はケンブリッジ大学のジョナサン・ヒーニー教授(論文の最終著者)。試験全体の運営責任者(主任研究者)はサウサンプトン大学のサウル・ファウスト教授が務め、ケンブリッジ大学発のスタートアップDIOSynVax(DVX)社も開発に加わっている。
試験で確かめられたのは、新型コロナだけでなくSARSや、コウモリが持つ近縁ウイルスにも備えることを狙ったDNA型ワクチンの安全性だ。ケンブリッジのアデンブルックス病院と、サウサンプトンのNHS基金病院という2拠点で並行して実施された。いずれもNIHR(英国国立衛生研究所)の臨床研究基盤の上で動いている。
背景にあるのは、過去のパンデミックを経て、世界中の研究機関が「次がいつ来てもおかしくない」という危機感を共有していることだ。流行が始まってからワクチンを作る後手の構図を、少しでも前倒ししようという挑戦である。新型コロナのときは設計から接種開始までに相応の時間がかかり、その間に大きな損失が生じた。もっと早く動ける手段を、という問題意識が土台にある。
39人の被験者で重篤な有害事象は報告されず
試験に参加したのは18〜50歳の健康な39人。全員が接種を受け、体調と血液の変化が記録された。報告された結果として、重篤な有害事象(重い副作用)は報告されていない。発熱や倦怠感といった、ワクチン接種で見られることのある反応についても、大きな問題にはならなかったとされる。ただし、副作用の件数やグレード別の内訳といった細かな数値は論文本文に委ねられる部分であり、ここでは「安全性の面で大きな懸念は出なかった」という水準で受け止めておきたい。
狙ったとおりに免疫が立ち上がったかどうかも、あわせて確認された。被験者の血液からは、新型コロナ、SARS、コウモリ由来のコロナウイルスのいずれにも反応する抗体が検出されたと報告されている。ひとつのワクチンで複数のウイルスに反応する免疫を引き出せた点は、これまでのコロナワクチンとは違う特徴だ。
免疫の評価には、ウイルスをまねた粒子に対する抗体の結合反応や、感染を止められるかを試す中和試験が使われた。わずか39人という小規模な試験のため、統計的な確からしさよりも、「複数のウイルスに幅広く反応するか」という広さの確認に焦点が置かれていた。中和活性がどの程度の強さだったかといった具体的な数値は、論文本文で慎重に読む必要がある。
AIが設計した「万能」の正体


pEVAC-PSという「レシピ型」のワクチン
pEVAC-PSは、注射器に入った液体ワクチンとは設計思想が根本から違う。中身はDNAそのもので、これを体の細胞に届け、ウイルスの一部を自分の体の中で作らせる仕組みだ。出来上がった料理ではなくレシピだけを渡し、台所(細胞)に本物を作ってもらうイメージである。
この発想はファイザーやモデルナのmRNAワクチンに近いが、DNA型は分子が安定していて、比較的高い温度でも扱いやすいとされる。超低温フリーザーが行き渡らない場所でも扱いやすく、設計内容を差し替えやすいのもDNA型の強みだ。新しい敵が現れたときに修正しやすい、という利点が期待されている。
DNAワクチンの研究自体は1990年代から続いてきたが、ヒトでの実用化はなかなか進んでこなかった歴史がある。免疫反応の弱さや、細胞内への取り込み効率の悪さが障壁だった。動物ではよく効いても、体の大きなヒトになると同じようには免疫が立ち上がらない——この「動物とヒトの隔たり」が、長年DNAワクチンを足踏みさせてきた大きな要因だ。今回の試験は、針を使わない新しい送り込み方など、その課題に正面から取り組んだ一例と言える。ただし、これで「DNAワクチンの壁を越えた」と言い切るのは早計で、あくまで健康な少人数を対象にした小規模な第1相での結果であることは、繰り返し押さえておきたい。
AIが選び抜いたウイルスの「変えにくい部分」
万能型を狙う鍵が、AIによる配列設計だ。サーベコウイルス属と呼ばれるグループには、SARS-CoV-2、SARS、そしてコウモリから見つかった近縁ウイルスが多数含まれる。これらが共通して持つタンパク質の中から、ほとんど変異しない「変えにくい部分」を、AIと機械学習を使って解析し、絞り込んだとされる。
そこに免疫を集中させれば、ウイルスが姿を変えても、共通して持つ弱点を突ける——という考え方だ。変異株が出るたびにワクチンを作り直す繰り返しを、少しでも減らす狙いがある。研究の責任著者であるヒーニー教授は、もともと動物から人へ移る感染症を専門としてきた研究者で、ケンブリッジ大学のウイルス人獣共通感染症研究室を率いている。
AIに任せたのは、膨大なゲノム配列の比較という、人の手だけでは現実的に難しい規模の作業だ。進化的に変えにくく、かつ免疫が認識しやすい領域を計算で抽出し、それをDNAの塩基配列に落とし込んで、最終的に1本のプラスミドDNAに仕上げる。コンピュータと分子生物学を組み合わせた設計である。なお、AIがどの領域をどう選んだかの詳細な工程は、開発元の技術に依る部分もあり、外からすべてを追えるわけではない。
針を使わない「ジェット噴射」接種
もう一つの特徴が、接種方法だ。pEVAC-PSは針を使わず、極細の水流を皮膚に高圧で吹き付けて送り込むジェット式の装置で接種する。感覚としては蚊に刺された程度で済むという。
注射が苦手な人にとっては朗報になりうる。針の使い回しを避けられるため、衛生面での利点も期待される。針そのものを使わないということは、使用済みの針の処理という、医療現場では意外に手間のかかる作業も減らせる可能性がある。針が刺さる痛みや恐怖が接種のハードルになる人は少なくないため、その心理的な壁を下げられるのも見逃せない利点だ。今回の試験では、ワクチンそのものだけでなく、この接種方式が実際に使いものになるかどうかも、あわせて評価された。
ジェット注射のアイデア自体は古くからあり、大規模な集団接種に使われてきた歴史もある。ただ、過去の機種は装置が大きく、血液の飛沫が混じるリスクが指摘されていた。近年の方式は、1回ごとに使い捨ての小さな部品が皮膚に触れる設計のため、感染リスクを抑えながら接種しやすくなっているとされる。
次に何が起きるのか


より大規模な第2相試験へ
研究チームは、次の段階である第2相試験の準備に入っている。次の関門では、年齢層を広げ、より多様な背景を持つ被験者を対象に、ワクチンがどれだけ幅広く、そして強く免疫反応を引き出せるかを確認する。ここで注意したいのは、第2相の主な目的が「感染や発症を実際にどれだけ抑えるか(臨床的な有効性)」の直接測定とは限らない、という点だ。公表されている情報では、より広く多様な集団での免疫応答の広さと強さを確かめることに主眼が置かれている。
第1相が「安全に使えるか」を見る入口だとすれば、第2相はその先へ進むための一段だ。NIHRの科学ディレクター、マリアン・ナイト教授は、こうしたワクチンを実用化につなげるには、英国全土に張り巡らされた臨床研究網が欠かせないとコメントしている。安全性の確認から有効性の検証、そして実用化まで、越えるべき段階はまだいくつも残っている。
次のパンデミックへの「保険」になりうるか
新型コロナの混乱から時間が経った今でも、「次のコロナ級ウイルス」がいつ出てくるかは誰にも分からない。コウモリには現在も多数のサーベコウイルスが眠っているとされ、その一部がヒトへ飛び移るリスクは消えていない。
pEVAC-PSのように、あらかじめ作り置きできるワクチンが手元にあれば、新しいウイルスが現れたときに、既存の在庫で初動対応に入れる可能性がある。ゼロから設計を始めていた従来の遅さを、少しでも縮められるかもしれない——という発想だ。加えて、扱いやすいDNA型と針を使わない接種方式を組み合わせれば、設備の限られた地域でも配りやすくなるのでは、という期待もある。ただし、こうした「途上国への配送のしやすさ」や「世界の備蓄戦略が変わる」といった話は、あくまで将来への見立てであって、今回の試験が実証したことではない点は区別しておきたい。
万能型ワクチンの研究は、インフルエンザでも長年挑まれてきたが、人体試験まで進んだ例はまだ多くない。今回の発表は、AIによる配列設計、DNA型ワクチン、針を使わない接種という3つの新しい要素を、一度に初期の臨床試験へ乗せた点で目を引く。もっとも、実用化までにはさらに複数の試験段階が必要で、市販化の時期を今から語れる段階ではない。研究グループはサーベコウイルス以外のウイルスにも同じ手法を広げることを視野に入れているとされ、この技術がどこまで育つのか、慎重に見守っていきたい。
「作り置きできるワクチン」ってすごい発想だね! でも、まだ「防げる」って決まったわけじゃないんだ
そう。今回わかったのは、健康な39人で安全に接種でき、複数のウイルスに反応する抗体が出た、というところまで。実際に病気を防げるかは第2相以降の宿題です。期待と、確かめられた事実は分けて受け止めたいですね
AIの設計力、扱いやすいDNA、針のいらない接種——複数の新しい技術が一つのワクチン候補に集まった。それが本当にパンデミックへの備えになるかどうかは、これからの試験にかかっている。次の第2相がどんな結果を出すのか、静かに見守りたい。技術がどこまで階段を上れるのか、続報を待ちたいところだ。
参考文献:
Munro, A. P. S., et al. (2026). A Phase I, Needle Free, Dose Escalation Clinical Trial of pEVAC-PS, a Candidate Pan-Sarbecovirus Vaccine. Journal of Infection. DOI: 10.1016/j.jinf.2026.106759










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