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ブラックホールから『エネルギーを吸う』波! 50年前の予言を実験室で再現

2026 7/13
宇宙・天文
2026年7月13日
🕑この記事は約11分で読めます
シルミー

はかせ、ブラックホールのエネルギーって、実験室で取り出せるの!? そんなの物語の中の話じゃないの?

はかせ

いい嗅覚だね。まさに『物語の中』だったんだけど、ニューヨーク市立大学(CUNY)のチームが、回るブラックホールから波がエネルギーを吸い出す現象を、リング型の電子装置で『疑似的に』見せたんだ。光速より速く回してるように波に錯覚させた、これが決め手

物理学者ロジャー・ペンローズが1969年に打ち出した予想がある。回転するブラックホールの周りに『エルゴ球』という時空が引きずられる領域があり、そこに突っ込んだ波はエネルギーを奪って強くなって出てくる——そういう主張だ。理屈は美しいが、確かめる方法がなかった。ブラックホールを持ち込めるはずもなく、代わりに『十分速く回る何か』を用意しようにも、必要な速度が現実離れしていたためだ。

その袋小路を、CUNY大学院センターの高等科学研究センター(CUNY ASRC)のチームが別ルートで抜け出した。2026年7月8日付で学術誌『Nature』に掲載された論文『Observation of Floquet rotational super-radiance』(DOI:10.1038/s41586-026-10725-y)によれば、装置は物理的には一切回っていない。ところが波の側から見ると、装置は光速を超える勢いで回転しているように振る舞う。そして実際にエネルギーが波へと移った。50年以上『紙の中の予言』だったペンローズの主張が、リング状の電子回路の上で観測可能な物理現象として姿を現した瞬間だ。

目次

50年前の予言:ブラックホールのエルゴ球で何が起きるはずだったか

回転するブラックホールとエルゴ球のイメージ

ペンローズが提示したのは、いわゆる『ペンローズ過程』だ。自転する巨大質量の周りには、時空そのものが引きずられるエルゴ球という領域が生じる。そこに粒子を投げ込んで、内部で2つに割れるように仕組むと、片方はブラックホールへ落ち、もう片方は入ってきた時よりも大きなエネルギーを持って外に飛び出す。差分のエネルギーは、ブラックホールの回転から引き抜かれたものだ。

1971年、ソ連の物理学者ゼルドヴィッチが、この効果を粒子ではなく波で考えると『特定の回転パターンを持った電磁波が増幅されて戻ってくる』と拡張した。これが『ペンローズ・ゼルドヴィッチ過程』と呼ばれるもので、後に『超放射(スーパーラディアンス)』として知られる。要は、鏡のように反射させたつもりが、返ってきた波の方が振幅が大きい——そういう反則的な現象だ。

この理論は美しく整っており、ブラックホールの他にも、水面波を回転する水槽で試した実験(2017年に英ノッティンガム大学のグループが渦タンクで似た挙動をNature Physics誌に報告)などが積み上げられてきた。しかし電磁波で、しかも高精度に見せる実験はずっと難しかった。

大事な点をひとつ整理しておくと、超放射は『無から生まれるエネルギー』ではない。回転する系のもつ回転エネルギーを、波が代わりに担いで持ち去るだけだ。ブラックホールを想像するなら、自転が少しずつ遅くなり、その分だけ外に出ていく波が強くなる、という描像になる。

実証を阻んだ壁:必要な回転速度が光速を超えていた

高速で回るタービンのイメージ

電磁波の超放射を成立させるには、媒質を波の速度に匹敵する角速度で回す必要がある。電磁波は光速で伝わるから、必要なのは事実上『光速級の回転』だ。円盤や球体をそこまで機械的に回すのは論外で、たとえ耐えるとしても遠心力で自壊してしまう。

だからこれまでの実験は、水面波や音波など『速度が遅い波』で辻褄を合わせる方向に寄っていた。電磁波でやりたいなら、装置を回さずに『回っているように見せる』別の道が要る。CUNYチームが賭けたのがこの発想だ。

ここまでのアナログ実験と今回のCUNY実験を、テーブルで並べてみる。

アプローチ使う波回転の作り方実効速度の上限
渦タンク(2017年ノッティンガム大)水面波物理的な水の渦水面波の速度以内
音響・回転リング音波スピーカーや流体の回転音速の数分の1
今回のCUNY実験(2026)電磁波(マイクロ波)時間変調による擬似回転原理上、光速を超える領域まで

装置は一切回らない:電気的な『擬似回転』で光速超えを実現

螺旋状に伝わる電磁波のイメージ

チームが組んだのは、電子共振器のリングネットワークだ。共振器を輪っか状に並べ、それぞれの電気的な性質(共振周波数や結合の強さ)を、外部から時間的にずらしながら書き換える。まるで光る玉を並べたイルミネーションが順番に点灯するように、輪の周りを『変化のパターン』が回っていく——これが擬似回転の正体だ。

ここで大事なのは、実際に動いている物体は何もないという点だ。物理的な回転体がなければ、遠心力もない、材料強度の限界にも縛られない。時間変調のスピードだけで実効的な角速度が決まり、原理的には光速の壁を軽々と越えられる。研究チームはこの仕組みを『時空変調(space-time modulation)』と呼び、生じる周期構造を時空結晶と表現した。

この時空結晶に電磁波を送り込むと、波は装置の内部で本物の回転体と衝突しているかのように振る舞う。数式の上では、ブラックホールのエルゴ球の中で起こる現象と同じ形の方程式に落ちる。

実験で見えたもの:特定の『回り方』の波だけがエネルギーを吸い出した

物理学実験室のイメージ

装置に入れる電磁波には、進行方向とは別に『どちら向きに回転しているか』という属性がある。ちょうど水の中に落とした葉っぱが時計回りに回りながら流れていくか、反時計回りかで区別できるようなイメージだ。物理では軌道角運動量と呼ぶ。

結果は明快だった。装置の擬似回転と同じ向きに回る成分の波だけが、通過中に振幅を増して出てきた。逆向きの成分は変化しない。装置は動いていないのに、特定の『回り方』を持ち込んだ波だけが確かにエネルギーを吸い上げていた。

論文はこの現象を『フロケー回転超放射(Floquet rotational super-radiance)』と名付けている。フロケーとは、時間的に周期変化する系を扱うときの物理学の枠組みだ。装置は空間的にも時間的にも周期的に振る舞い、その特殊な帯構造(バンド)に『角運動量バンドギャップ』と呼ばれる隙間が現れる。そこにハマった波だけが増幅を受ける、というのが本論文の骨格だ。

ペンローズ実験の『再現』としての位置づけ:何を確かめられたのか

光ファイバー通信のイメージ

気を付けたいのは、CUNYの装置はブラックホールそのものを作ったわけではないという点だ。事象の地平面もなく、時空も曲がっていない。あくまで方程式の形が同じ現象——アナログ模型だ。

それでも意義は薄まらない。むしろこの手のアナログ実験の価値は、『本物の宇宙では観測が難しい極限現象を、実験室で条件を制御しながら覗ける』という一点にある。CUNYチームのリーダーアンドレア・アリュ教授(Distinguished Professor兼アインシュタイン物理学教授)は、この成果を『波と物質の相互作用の新しいモード』と表現している。実際、これまでは天体の観測データや数値シミュレーションでしか語れなかった超放射の細部を、卓上サイズで測って議論できるようになった。

アナログ実験でスターだったのは、これまで水面波の渦タンクや、静止した鏡を用いた光学実験だった。CUNYのアプローチは『擬似回転が光速を超える領域に踏み込める』という点で、これらより一段深い領域に手が届く。

波及効果:量子・通信・光学デバイスへの跳ね返り

銀河の広がる夜空のイメージ

この成果は、極限宇宙物理の話にとどまらない。時空変調で生まれる特殊な帯構造は、広い周波数帯にわたって『回り方を選んで』波を増幅するという工学的にありがたい性質を持つ。狙った軌道角運動量を持つ信号だけを選択的に強めたり、方向によって透過性が変わる非相反素子として使えたりする可能性がある。

共同研究者の1人、Hady Moussa氏(CUNY ASRCで博士課程を修了)は、装置が『メタマテリアル(人工的な光/波の材料)で波の伝わり方を精密に設計している』と説明している。5G以降の無線通信、光子1個を扱う量子通信、光を使った演算(フォトニックコンピューティング)といった分野で、方向性のあるアンプや、干渉に強い信号処理素子として応用が探られるだろう。

もっとも、実用化までにはギャップがある。今回の装置は電子共振器で組まれており、光の領域(可視光や近赤外)で同じ現象を出すには、光集積回路上でナノ秒~フェムト秒スケールの高速変調を安定させる必要がある。研究チーム自身、『光子系や量子系への展開は今後の課題』としている。

研究の資金元は米国防総省、米国立科学財団(NSF)、そしてサイモンズ財団だ。基礎物理と国防・通信インフラの双方から関心が寄せられている点は、この領域が『机上の思考実験』から『使える技術の入り口』へと少しずつ移りつつあることを示している。

筆者はこう見る:『宇宙の極限を卓上で測る』時代の入口

この論文で特に注目したいのは、装置が『本物の回転体を用意しない』という発想の潔さだ。長年、電磁波の超放射が実験室から遠かった最大の理由は、ひとえに『回転体をどこまで速く回すか』という物理的な壁だった。CUNYチームは「回さずに回っているように見せる」という抜け道を、時空変調という道具で埋めた。

個人的には、この方向は今後『アナログ重力』研究全般を書き換える気がしている。ブラックホール蒸発を光ファイバー中の光パルスで模擬する、宇宙初期のインフレーションを冷却原子で再現する——こうした研究群が数年間、それぞれ違う『アナログ』で個別に伸びてきた。時空変調は、これらを共通の言語で扱える基盤になり得る。方程式の形が同じであれば、天体を待たずに測れる時代の入り口とも言える。

もう1点、日本の読者にとって親近感のある材料を挙げておくと、本論文は5名の共著者によるもので、その一人にYoshiaki Kasahara氏という日本語名の研究者が名を連ねている。筆頭著者はCUNY ASRCフォトニクス部門のポスドク研究員ハディセ・ナサリ氏で、本人は今回の成果を『極限的な回転のダイナミクスを理論から実践へと移し、天体物理・波動物理・量子科学の交差点にある幅広い現象を探る汎用的な実験プラットフォームを作った』と位置づけている。米国の研究拠点にこうした多様な出自の研究者が集う様子は、この分野の国際性をよく表している。

もちろん、これで『ブラックホールから発電できる』という話にはならない。装置内部の擬似回転はエネルギーを外部の電源から補給する形で維持されるので、無から取り出しているわけではない。宇宙のブラックホールを削って動力源にする、といったSF的な話は、なお別の技術体系が要る。それでも、50年以上前に紙と鉛筆で書かれた予言が、卓上サイズで再現される瞬間は、それ自体が科学のマイルストーンだと考えている。

はかせ

装置は動いてないのに、波は『回ってる』と勘違いする——ここが今回の一番のからくりだね。物理は『相手からどう見えるか』で決まるんだ

シルミー

ブラックホールに行かなくても実験できるのがすごい! 私も光の『回り方』を切り替える装置、いつか触ってみたいなあ

参考文献:
一次ソース: Nasari H., Moussa H., Kasahara Y., Thielens A., Alù A. Observation of Floquet rotational super-radiance (Nature, 2026) DOI:10.1038/s41586-026-10725-y
研究機関: Advanced Science Research Center, CUNY Graduate Center (CUNY ASRC) / 二次ソース: ScienceDaily
関連研究: Torres T. et al. Rotational superradiant scattering in a vortex flow (Nature Physics, 2017) DOI:10.1038/nphys4151

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この記事を書いた人

シルミー編集者のアバター シルミー編集者

科学メディア「シルミー」の運営者。子供の頃から宇宙や生き物の図鑑を読みあさり、大人になった今も科学ニュースを追いかける日々。海外の学術メディアから面白い研究を見つけて、日本語でわかりやすく届けることをライフワークにしています。

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