ヒトを含む大型類人猿の共通祖先はどこで生まれたのか。これまでは東アフリカが有力だと考えられてきた。
2026年3月、エジプトのマンスーラ大学脊椎動物古生物学センター(MUVP)と南カリフォルニア大学の共同チームが学術誌『Science』に発表した論文は、この見方に疑問を投げかけた。
チームが見つけたのは、エジプト北部のワディ・モグラという化石産地に埋まっていた、約1700万〜1800万年前の下顎の断片だ。
これは北アフリカで初めて確実に確認された化石類人猿だという。系統解析では、同時代の東アフリカの化石類人猿よりも、現生の類人猿に近い位置に置かれた。
論文は、現生の類人猿(crown Hominoidea)が、あまり調べられてこなかったアフリカ・アラビア北東部で初期中新世に生まれた可能性があると述べている。
キク北アフリカでは、これまで類人猿の化石は見つかってなかったのかな?
5年間ずっと探していた「化石の空白」
この研究のシニア著者で、マンスーラ大学の古生物学者ヘシャム・サッラム氏は、研究チームの発表でこう述べている。
「私たちはこの種類の化石を5年間探し続けた。初期の類人猿の家系図をよく見ると、何かが欠けているのがはっきりする。その欠けたピースを北アフリカが持っているのだ」
それまで北アフリカの初期中新世の化石産地からは、サルの仲間(オナガザル上科)の化石は出ていたが、確実な類人猿は出ていなかった。
このため、当時の類人猿はアフリカのもっと南に限られていたと考える研究者が多かった。
ただ、化石の記録の偏りが、現生類人猿の起源の理解をゆがめてきた可能性があるとチームは指摘している。
ワディ・モグラは、エジプト北部の化石が豊富な地域だ。2023年と2024年の野外調査で、サッラム研究室のチームがここから今回の下顎の一部を掘り出した。
ワディ・モグラで見つけた「たった一片の下顎」
見つかったのは下顎の一部だけだが、同時代のほかの類人猿には知られていない特徴の組み合わせを備えていた。
研究チームはこの化石に、「マスリピテクス・モグラエンシス(Masripithecus moghraensis)」という名前を付けた。
属名は、アラビア語で「エジプト」を意味するマスル(Masr)に、ギリシャ語のピテコス(píthēkos、類人猿)を組み合わせたものだ。
種小名は、化石が出たワディ・モグラにちなむ。北アフリカで確実な類人猿の化石が見つかったのは、これが初めてだ。
下顎には、並外れて大きな犬歯と小臼歯、丸みがあって表面の凹凸が強い臼歯、とても頑丈な顎という特徴があった。
第一著者の1人で、マンスーラ大学古生物学センターの研究者であるショルーク・アル=アシュカル氏は、こう説明する。
「これらを合わせると、マスリピテクスは融通のきく生き方に適応していたことがうかがえる。この研究は、その咀嚼の構造を、果実を中心としながら、必要なときは木の実や種子のような硬い食べ物も処理できる柔軟な食性の証拠と解釈している。この柔軟さは、北アフリカとアラビアで気候の変化により季節差がはっきりしてきた時代に、マスリピテクスが生き延びるのに役立ったはずだ」


DNAと化石を合わせて家系図を推定した
研究チームが使ったのは、分子情報と形態情報を組み合わせたベイズ流のtip-dating(先端年代測定)という解析だ。
ざっくり言うと、この手法は3種類の証拠を一つのモデルに混ぜて計算する。1つ目は、現存する類人猿(テナガザル、オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ヒトなど)から得たDNAの違い。
2つ目は、絶滅した化石種を含めた骨や歯の形の違い。3つ目は、化石が出た地層の地質年代。
その結果、マスリピテクスは、東アフリカの同時代の化石類人猿よりも現生の類人猿に近い位置に置かれた。
crown Hominoidea(冠群類人猿)というのは、現生する類人猿すべてとその共通祖先を含めた集団のことだ。
ただしマスリピテクスは、現生類人猿の共通祖先より手前で分かれた「幹(stem)」のグループに入る。現生類人猿の祖先そのものではない。
最初期の類人猿(幹のグループ)が、2500万年以上前の漸新世にアフリカ・アラビアに現れ、中新世の約1400万〜1600万年前にユーラシアへ広がったことには、研究者の間でおおむね合意がある。
はっきりしないのは現生類人猿の起源のほうで、この時代の化石は少なく、散らばっていて、解釈も難しいからだ。
東アフリカ起源説に異論が出た


マスリピテクスを組み込んだ生物地理解析では、現生類人猿の共通祖先が最も暮らしていそうな場所は、北アフリカと中東だと示された。
論文の抄録は、東アフリカやユーラシアではなく、アフリカ・アラビア北東部で初期中新世に生まれた可能性があると書いている。
共著者で南カリフォルニア大学の古生物学者エリック・シーファート氏は、自分の見方が変わったと語っている。
「私はキャリアを通じて、現生類人猿すべての共通祖先は東アフリカかその周辺にいた可能性が高いと考えてきた。しかしこの新しい発見と、類人猿の系統と生物地理について私たちが新たに行った解析は、その考えに強く異議を唱えている。そして重要なことに、このシナリオの可能性はマスリピテクスに左右されない。ただし、マスリピテクスとはとてもよく合っている」
解析の結論は、マスリピテクス1点だけに頼るものではないという意味だ。
論文の抄録は、マスリピテクスが「幹となる類人猿(stem hominoids)の進化における、系統上・生物地理上の隙間」を埋めるものだと述べている。


大陸が動き、道が開いた


当時の北アフリカ・中東はどんな場所だったのか。発表文によると、アフリカプレートとアラビアプレートは、アジアとの衝突の最終段階にあり、北へ動いていた。
海面の変化で海の障壁が狭まったり消えたりして、動物が地域の間を移動できる一時的な道ができた。
じつは、この論文のタイトル自体が「アフリカとユーラシアの類人猿がまじわる生物地理の交差点(biogeographic crossroads)から見つかった初期中新世の類人猿」というものだ。
この題名のとおり、マスリピテクスは、それまで別々だったアフリカとユーラシアの化石記録をつなぐ位置にある。
研究チームは、類人猿がヨーロッパとアジアに広がる前に、この地域ですでに多様化していたと説明している。
AAAS発表文は、現生類人猿はアフリカ・アラビア北部、レバント、東地中海のどこかで生まれた可能性があるとしている。
論文に付いた解説論文(Perspective)で、デイビッド・アルバ氏とジュリア・アリアス=マルトレル氏は、「この発見は、古生物学者が現生類人猿の祖先を探す場所を誤っていたかもしれないことを裏づける」と書いている。
残る課題と今後の調査
今回見つかったのは下顎の一部だけだ。マスリピテクスの体格や移動の仕方など、顎以外の特徴は、この化石からは分からない。
研究チームは、北アフリカと中東でさらに野外調査を進めれば、現生類人猿の起源と多様化を知る手がかりになる化石が見つかると期待している。
論文の抄録も、現生類人猿が「起源した可能性がある(might have originated)」と書いており、断定はしていない。
復元画は古生物画家のマウリシオ・アントン氏によるものだ。



ヒトだけじゃなくて現生類人猿みんなの共通祖先の話で、手がかりは下顎の一部だけだから、まだ可能性の段階なんだね。
参考文献:
一次ソース: Al-Ashqar SF et al., An Early Miocene ape from the biogeographic crossroads of African and Eurasian Hominoidea (Science 391(6792):1383-1386, 2026) DOI:10.1126/science.adz4102
研究機関: マンスーラ大学脊椎動物古生物学センター(MUVP)/南カリフォルニア大学 / 二次ソース: ScienceDaily(MUVP発表) / ScienceDaily(AAAS発表、2026年3月)









