はかせ、腸内細菌が「幸せホルモン」のセロトニンを作ってるって! じゃあ、ヨーグルトを食べれば幸せになれるの?
気持ちはわかるけど、そこには面白い誤解があってね。セロトニンの大半は、じつは脳じゃなくて腸にあるんだ。そして、腸のセロトニンと脳の幸せは、そう単純につながってはいない。
腸内細菌がセロトニンを作るという最新の発見と、その正しい意味を順に見ていこう。
お腹の調子が乱れる過敏性腸症候群(IBS)は、腹痛や便秘、下痢が続く、よくある消化管の病気だ。この病気に、腸内細菌がかかわっている可能性が見えてきた。
ヨーテボリ大学の研究チームは、「幸せホルモン」として知られるセロトニンを、腸内細菌が実際に作れることを示した。
「幸せホルモン」の9割以上は脳の外にある


まず大きな誤解を解いておこう。セロトニンと聞くと、多くの人は「気分を明るくする、脳のホルモン」というイメージを持っているだろう。
たしかに、脳の中では気分の調整に関わっている。だがじつは、体内のセロトニンの9割以上は、脳ではなく腸で作られている。
資料によって幅があり、腸で作られる割合は90〜95%、残りの5〜10%ほどはセロトニン神経で作られるとされる。
では、腸のセロトニンは何をしているのか。ヨーテボリ大学の発表によると、腸管神経系を通して腸の動きを調節している。
過敏性腸症候群を含む機能性の腸の病気では、セロトニンの量や腸内細菌の顔ぶれが変わっていることと関連づけられている。
ただし、原因ははっきりしていない。
これまで、腸のセロトニンは、腸の壁にある腸クロム親和性細胞(EC細胞)が作ると考えられてきた。
腸内細菌がセロトニンを作っていた


2025年、スウェーデンのヨーテボリ大学の研究チームが、セロトニンを作る腸内細菌を報告した。論文は学術誌セル・リポーツ(Cell Reports)に掲載された。
見つかったのは、リモシラクトバチルス・ムコサエとリギラクトバチルス・ルミニスという二種類の細菌だ。どちらもヒトの腸にすむ細菌とされる。
試験管の中でセロトニンを作ったのは、この二種類をあわせた菌のグループだった。
ニュースサイトのニューアトラスは、腸内細菌によるセロトニン合成には、2種類以上の細菌の相互作用が必要かもしれないが、それはこれから調べる課題だと伝えている。
この二種類は、5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)という中間物質から、脱炭酸の反応でセロトニンを作る。論文の抄録によると、これを確かめたのは試験管内の実験だ。
腸内細菌とセロトニンの関わりは、以前から研究されてきた。2015年、カリフォルニア工科大学のヤノ氏らは、芽胞をつくる腸内細菌が、腸のEC細胞のセロトニン合成をうながすことを報告した。
このときは、細菌がつくる代謝産物がEC細胞に働きかけてセロトニンを増やすという、間接的な関わりだった。
今回は、細菌自身が生理活性のあるセロトニンを作れるかどうかが調べられた。ヨーテボリ大学の発表によると、これまでその点は分かっていなかった。
マウスで腸の通過時間が正常に戻った


研究チームは、腸内細菌をもたず、セロトニンも不足している無菌マウスに、この二種類の細菌を与えた。
すると、糞の中のセロトニン量が増え、結腸の神経細胞の密度と、セロトニンに反応する神経細胞の数も増えた。
また、無菌の野生型マウスでは、腸の通過時間が正常になった。
人の便を調べた結果では、過敏性腸症候群の人は、健康な人より、リモシラクトバチルス・ムコサエが便の中に少なかった。
ただし、菌が少ないことが症状の原因かどうかは、この結果からは分からない。
腸は「第二の脳」— 独自の神経ネットワーク
じつは腸には、脳や脊髄とは別に、腸管神経系という独自の神経システムがある。
ヨーテボリ大学の発表によると、腸のセロトニンはこの神経系を通して腸の動きを調節していて、腸管神経系は「腸の脳」と呼ばれることもある。
論文の抄録によると、腸内細菌は腸のセロトニンの合成を調節することで、腸管神経系の発達と維持をうながしている。
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過敏性腸症候群の人では、ムコサエ菌が少なかった


ここで過敏性腸症候群(IBS)に戻ろう。IBSは、腹痛や便秘、下痢といった症状が続く消化管の病気で、女性に多い。
原因ははっきりしていない。
今回の研究では、IBSの人の便で、セロトニンを作る細菌の一つ、ムコサエ菌が少なかった。ヨーテボリ大学の発表によると、この菌はセロトニン合成に必要な酵素ももっている。
この結果について、ヨーテボリ大学サールグレンスカ・アカデミー消化器内科学教授のマグヌス・シムレン氏は、「私たちの結果は、特定の腸内細菌が生理活性のあるセロトニンを作れることを示しています。それは腸の健康に重要な役割を果たし、IBSのような機能性消化管疾患の治療に新しい道を開くものです」と述べている。
じゃあ、腸でセロトニンが増えれば、気分も明るくなるってこと?
そこがいちばん誤解されやすいところなんだ。じつは、腸で作られたセロトニンは、そのままでは脳に届かない。だから「腸のセロトニン=気分」とは、単純に言えないんだよ。
腸のセロトニンは脳に届かない
ここでもっとも大切な誤解を正しておきたい。「腸でセロトニンが増えれば、気分も明るくなる」——そう考えたくなるが、話はそう単純ではない。
理由は、血液脳関門にある。神経科学の総説(Mandloi ら, 2026)は、セロトニンそのものはこの関門を通らないと述べている。
つまり、腸でセロトニンが作られても、それがそのまま脳に運ばれて気分に影響するわけではない。
一方、セロトニンの材料であるトリプトファンや5-HTPは、血液脳関門を通れるとされる。ただし、腸内細菌が脳に影響する経路の詳細は、総説もまだ分かっていないとしている。
セロトニンを作る酵素にも違いがある。トリプトファン水酸化酵素には2種類あり、腸の細胞など神経以外の細胞ではTph1が、神経ではTph2が、セロトニンの合成を担う。
そのため、今回の発見が気分を変える薬や食品につながるかどうかは、まだ分からない。


「ヨーグルトで幸せに」はまだ言えない


ヨーグルトを食べれば幸せになれるのか、というシルミーの疑問には、今の段階では、そうは言えない。
この二種類はどちらも乳酸菌の仲間だが、食品として摂ったときの効果は、まだよく分かっていない。確認できた資料には、これらの菌が市販のヨーグルトに含まれるかどうかは書かれていない。
この研究は、マウスの実験と、人の便の菌の量を比べた段階にとどまっている。
人にこの細菌を摂取してもらって症状が変わるかを調べた結果は、確認できた資料には出てこない。
論文の著者らは、腸の動きに問題のある患者で、セロトニンを作る細菌が生理的なセロトニンの量を保てるかどうかを、今後の研究課題としている。


腸と心をつなぐ「脳腸相関」のこれから
とはいえ、腸と脳がまったく無関係というわけでもない。
ヨーテボリ大学のフレドリック・ベックヘッド教授(分子医学)は、「私たちの発見は、腸内細菌がセロトニンのようなシグナル物質をつくれることを示しています。それは、腸とそこにすむ細菌が、脳や行動にどう影響しうるのかを理解するカギかもしれません」と述べている。
腸と脳が双方向に情報をやり取りする関係は「脳腸相関」と呼ばれる。
心の健康によい影響を与える生きた微生物は「サイコバイオティクス」と呼ばれ、研究が進められている。
ただし、腸のセロトニンが直接脳に届くわけではなく、細菌が脳に影響する経路も、総説は詳しくは分かっていないとしている。
参考文献
Moretti CH, Bäckhed F, et al. 『Identification of human gut bacteria that produce bioactive serotonin and promote colonic innervation』 Cell Reports 44(10), 2025. DOI: 10.1016/j.celrep.2025.116434
Yano JM, Hsiao EY, et al. 『Indigenous Bacteria from the Gut Microbiota Regulate Host Serotonin Biosynthesis』 Cell 161(2), 2015. PMC4393509
ヨーテボリ大学プレスリリース New role of gut bacteria provides hope for a novel IBS treatment(EurekAlert)
Mandloi N, et al. 『Serotonin neuromicrobiology: Psychobiotic modulation of the gut-brain axis for mental health』 2026. PMC13528599









