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タコが鏡で見えないエサを発見!73%正解、無脊椎動物初の快挙

2026 7/12
生き物・自然
2026年6月6日2026年7月12日
🕑この記事は約10分で読めます
シルミー

はかせ、タコが鏡を使って隠れたカニを見つけたんだって! それって鏡に映った自分を「自分だ」って分かったってこと?

はかせ

そこは大事な区別なんです。今回のタコは、鏡を『道具』として使い、映った像から見えない物の位置を推測しました。鏡の中の自分を自分だと認識する能力とは、別の話なんですよ

鏡に映った像を手がかりに、直接は見えない場所にある獲物の位置を割り出す——この能力が、無脊椎動物として初めてタコで確認された。研究は2026年、学術誌Current Biologyに掲載された。ここで最初にはっきりさせておきたいのは、これは「鏡に映った自分を自分だと理解する」能力(いわゆる鏡像自己認識)とは別の話だということだ。今回タコが見せたのは、鏡をあくまで道具として使い、映像と現実の位置関係を経験から学ぶ力である。この違いを念頭に、何が分かったのかを見ていきたい。

目次

鏡の使い方を学んだタコたち

水槽の中で鏡に向かうタコのイメージ

主役はカリフォルニアトサウチダコ3匹

研究の舞台はアメリカ・ダートマス大学心理脳科学部にあるタコ研究所だ。被験者となったのはカリフォルニアトサウチダコ(学名 Octopus bimaculoides)3匹。小型で研究室での飼育に向いたタコで、目の横にある青いリング模様が特徴的な種だ。

研究を率いたのは、博士課程在籍時に実験を行ったMary Kieseler氏(現在はスイスのフリブール大学のポスドク研究員)と、シニア著者で認知神経科学者のPeter Tse教授。狙いは、タコが鏡に映る像と現実の物体の位置関係を理解できるのかという、まだ誰も無脊椎動物で確かめていなかった問いに答えることだった。

繰り返しになるが、この問いは「タコは鏡の中の像を自分だと分かるか」ではない。「鏡に映った像から、直接は見えない場所にある物の位置を推し量れるか」だ。前者は鏡像自己認識と呼ばれる別の研究テーマで、今回の実験はそこには踏み込んでいない。

鏡に慣れさせるところからスタート

いきなり鏡を使えと言われても、人間の赤ちゃんでさえ最初は自分の鏡像を別の子どもだと勘違いする。タコでも事情は同じはずだ。研究チームはまず、飼育水槽の中に鏡を置き、3匹に自由に観察させる時間を作った。新しいモノに対する好奇心が強いタコの性質を活かし、警戒心を解いていくところから始めた。

鏡に慣れたら、次は鏡像と現実の対応を学ばせる訓練に入る。タコから直接は見えない位置に生きたカニを入れたガラス瓶を置き、鏡を通してのみカニの姿が確認できるようにした。瓶のカニにたどり着くには、タコは90度向きを変え、角を曲がるという空間的な経路をたどる必要がある。

このフェーズで重要なのは、鏡像を直接攻撃しても獲物にはありつけないという現実を、タコが体で覚えることだ。3匹は徐々に、鏡の中のカニを見たら自分の体を別の方向に動かす必要があると理解していった。

「人も鏡の使い方は学んで覚える」

シニア著者のTse教授はこう語る。「私たちは生まれつき鏡の使い方を知っているわけではなく、学習して覚えていきます。タコもまた、鏡を使って世界の中での位置関係を推測することを学べるのです」。自動車学校でルームミラーの見方を練習するドライバーと、本質的には変わらないという見立てだ。

ここでも「鏡の使い方を学ぶ」という言葉が指すのは、あくまで道具としての鏡の扱いだ。ルームミラーで後方を確認するとき、私たちは鏡に映った車が「自分の後ろの現実の車」だと対応づけている。その対応関係を、タコも訓練を通じて身につけていった、というのが今回の実験の骨子である。鏡の中の自分に気づいたわけではない点を、もう一度確認しておきたい。

本番テストでの正答率

鏡を使った実験装置のイメージ

仮想カニを使ったシンプルな装置

訓練を終えたタコは、いよいよ本番テストに挑む。装置は意外なほどシンプルだ。前面と上面が開いたスタートボックスにタコを入れ、その正面に鏡を置く。タコの背後の左右どちらか一方に、仮想のカニの映像を表示する。タコの位置からはこの映像が直接見えず、目の前の鏡を通してのみ確認できる構造になっている。

なぜ生きたカニではなく映像を使うのか。タコは触覚を通じて化学物質を感じ取る化学受容器を体中に持っている。本物のカニを使うと、匂いや味で位置を察してしまい、純粋に鏡像だけを手がかりにしているかどうか分からなくなる。研究チームは化学情報をすべて排除するため、あえて視覚情報だけの仮想カニにこだわった。実験の設計として、余計な手がかりを丁寧に潰していったわけだ。

タコは鏡ではなく自分を振り向かせた

テストでは、タコが正しい側に移動できれば、報酬として実物の生きたカニが与えられる。鏡に映ったカニの映像目がけて突進してしまえば不正解だ。

結果はどうだったか。3匹のタコが正しい側を選んだ確率は約73%だったと報告されている。映像が映る鏡に向かって突撃するのではなく、自分が振り向くべき向きを判断していたことになる。中にはスタートボックスの壁を乗り越え、最短距離で目標位置に向かおうとする強引な個体まで現れた。もっとも、この73%という数字がどの程度統計的に確かなものか、細かな条件は論文の詳細な分析にゆだねられる部分もあり、3匹という少数での結果である点は割り引いて見ておきたい。

試行を重ねるほど早く正解にたどり着いた

研究者たちはタコの頭部にあたる外套膜(マントル)上の、両目の間の点を真上から動画で追跡し、どんなルートを通って報酬位置に向かったかを細かく計測した。

タコの選ぶ経路は必ずしも最短ではなかった。しかし試行回数を重ねるごとに、正しい位置に到達するまでの時間が短縮されていった。偶然や単なる暗記による正解ではなく、鏡を使うという技術そのものが少しずつ洗練されていったことをうかがわせるデータだ。研究チームはこれを「鏡像を介した空間判断の学習」と位置づけている。あくまで学習の成果であって、最初から鏡を理解していたわけではない。

この「移動の軌跡そのものを追う」という手法にも意味がある。単に正解か不正解かだけを記録するのでは、タコがまぐれで当てたのか、それとも見えない位置を本当に推測したのかを見分けにくい。ところが、鏡を見た瞬間に体の向きを変え、映像とは反対側へ回り込んでいく動きが軌跡として残れば、それは鏡像から現実の位置を割り出そうとした証拠になりうる。数字の裏にある「どう動いたか」を丁寧に押さえたところが、この実験の地道な工夫だと言える。

遠く離れた系統がたどり着いた似た能力

海底の岩陰にひそむタコのイメージ

鏡像自己認識とは分けて考える

鏡をめぐる動物の能力というと、しばしば話題になるのが鏡像自己認識(MSR)だ。これは、鏡に映った姿を「自分」だと理解する能力で、チンパンジー、ゾウ、バンドウイルカといった一部の哺乳類、そしてカササギなど一部の鳥類で報告されてきた。体に印をつけ、鏡を見てその印に触れようとするかで判定する「マークテスト」が有名だ。

ここで混同を避けたいのは、今回タコが示したのはこのMSRではない、という点だ。タコが見せたのは、鏡を道具として使い、見えない場所の獲物の位置を割り出す能力である。「鏡に映る自分に気づく」ことと「鏡を使って空間を推測する」ことは、重なる部分はあっても別の能力だ。著者のKieseler氏も「無脊椎動物が鏡を使って自分の環境を理解し、獲物の位置を特定できると示したのは、私たちの研究が初めてです」と、あくまで環境の把握と位置特定の文脈で成果を語っている。

共通祖先ははるか昔の生き物

それでも今回の発見が興味を引くのは、タコと人間の進化的な距離のためだ。両者の最終共通祖先は、3億5000万年以上前にさかのぼる、虫のような単純な生き物だったと考えられている。恐竜が地上を歩き始めるよりもはるか昔だ。それから現在まで、両者の脳はまったく別の道をたどって発達してきた。

人間の脳は背骨に沿った脊髄を持つ典型的な脊椎動物型だ。一方タコは、体中に神経細胞が分散した独特の構造をしている。腕の1本ごとに神経が集まっており、脳だけで情報を処理する私たちとはずいぶん違う。それでも今回、空間を理解するという同じ課題に対して、両者は似た振る舞いにたどり着いていた。

異なる系統の生物が独立して似た解決策を進化させる現象を「収斂進化」と呼ぶ。海のサメと哺乳類のイルカが、よく似た紡錘形の体型を別々に獲得したのが有名な例だ。「これほど遠縁の生き物が、鏡を道具として空間認知に使う能力を独立に進化させたことは、その背後の仕組みが収斂進化の対象になりうることを示唆します」とKieseler氏は語る。脳の構造がまるで違っても、同じ問題には似た神経の解決策が生まれるのかもしれない。

海中ハンターとしての知性

では、なぜタコにこの能力が必要なのか。タコが暮らす岩礁や海底は、岩穴や海藻が入り組んだ複雑な立体空間だ。獲物を狙う立場でもあり、自分も狙われる立場でもある。Tse教授はタコの狩りをこう例える。「タコは猫に似ています。獲物にこっそり近づいてサッと飛びかかる。同時に、自分も食われないようにできるだけ素早く動こうとします」。あくまで狩りの機敏さを猫にたとえた表現だ。

こうした生活には、自分が今どこにいて、周囲のどこに何があるかを把握する力が欠かせない。「優れたハンターは縄張りのメンタルマップ(脳内地図)を持っているものです。私たちの研究は、タコもまた空間の内部表現を持っている可能性を示しています」とTse教授は語る。鏡像から自分の後ろを推し量れたという結果は、視界の外まで含めた立体的な「世界の見取り図」をタコが頭の中に描いている可能性を示唆している。

もっとも、タコが本当に脳内地図と呼べるレベルの空間記憶を保持しているかどうかは、まだ確定していない。研究チームも「断定するにはさらなる検証が必要だ」と慎重な姿勢を崩していない。3匹という少数の結果でもある。それでも、海の中のタコの暮らしが、これまで考えられていたよりずっと知的な営みである可能性は高まった。無脊椎動物の知能研究は、新しい扉が開かれた段階にある。次に海の岩陰でこちらを見つめるタコに出会ったら、その瞳の奥に、私たちとは別の道で育った知性が宿っているのかもしれない、と想像してみてほしい。

シルミー

「鏡で自分に気づく」のと「鏡を道具に使う」のは、別のことなんだね! ごっちゃにしてた!

はかせ

そこを分けるのが今回の肝ですよ。タコが鏡を道具として使えたのは確かにすごい。ただ3匹の結果ですし、脳内地図の話もまだ仮説です。分かったことと今後の課題を、きちんと分けて受け止めたいですね

人間とは5億年近く前に枝分かれし、まったく違う脳を持つタコが、鏡という道具を使いこなしてみせた。それは「賢さ」への道が一本ではないことを、静かに教えてくれる。海中の小さなハンターがこの先どんな知性を見せてくれるのか、続く研究を楽しみに待ちたい。

参考文献:
Kieseler, M. L., & Tse, P. U. (2026). タコにおける鏡像を用いた空間定位能力に関する研究. Current Biology. DOI: 10.1016/j.cub.2026.05.012

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この記事を書いた人

シルミー編集者のアバター シルミー編集者

科学メディア「シルミー」の運営者。子供の頃から宇宙や生き物の図鑑を読みあさり、大人になった今も科学ニュースを追いかける日々。海外の学術メディアから面白い研究を見つけて、日本語でわかりやすく届けることをライフワークにしています。

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