はかせ、タコって鏡を見て自分の後ろにあるエサを見つけられるの?
面白いところに注目しましたね。アメリカのダートマス大学が、タコがまさにそれをできることを確かめたんですよ。約73%の確率で正解したんです
鏡像を使って隠れた獲物を見つける能力は、これまで一部の哺乳類や鳥類だけが持つとされてきた。今回、無脊椎動物として初めてこの能力が確認されたのが、海の中の知能派として知られるタコだ。研究は学術誌Current Biologyに掲載された。
鏡の使い方を学んだダートマス大学のタコたち


主役はカリフォルニアトサウチダコ3匹
研究の舞台はアメリカ・ダートマス大学心理脳科学部内にあるタコ研究所だ。被験者となったのはカリフォルニアトサウチダコ(学名 Octopus bimaculoides)3匹。体長20センチほどの小型種で、目の横にある青いリング模様が特徴的な、研究室での飼育に向いたタコだ。
研究を率いたのは、博士課程在籍時に実験を行ったMary Kieseler氏(現在はスイスのフリブール大学のポスドク研究員)と、シニア著者で認知神経科学者のPeter Tse教授。狙いは、タコが鏡に映る像と現実の物体の位置関係を理解できるのかという、まだ誰も無脊椎動物で確かめていなかった問いに答えることだった。
鏡に慣れさせるところからスタート
いきなり鏡を使えと言われても、人間の赤ちゃんでさえ最初は自分の鏡像を別の子どもだと勘違いする。タコでも同じはずだ。研究チームはまず、飼育水槽の中に鏡を置き、3匹に自由に観察させる時間を作った。新しいモノに対する好奇心が強いタコの性質を活かし、警戒心を解いていくところから始まる。
鏡に慣れたら、次は鏡像と現実の対応を学ばせる訓練に入る。タコから直接は見えない位置に生きたカニを入れたガラス瓶を置き、鏡を通してのみカニの姿が確認できるようにした。瓶のカニにたどり着くには、タコは90度向きを変え、角を曲がるという空間的な経路をたどる必要がある。
「人も鏡の使い方は学んで覚える」
このフェーズで重要なのは、鏡像を直接攻撃しても獲物にはありつけないという現実をタコが体で覚えることだ。3匹は徐々に、鏡の中のカニを見たら自分の体を別の方向に動かす必要があると理解していった。
シニア著者のTse教授はこう語る。「私たちは生まれつき鏡の使い方を知っているわけではなく、学習して覚えていきます。タコもまた、鏡を使って世界の中での位置関係を推測することを学べるのです」。自動車学校でルームミラーの見方を練習するドライバーと、本質的には変わらないという見立てだ。
本番テストで叩き出した73%の正答率


仮想カニを使ったシンプルな装置
訓練を終えたタコは、いよいよ本番テストに挑む。装置は意外なほどシンプルだ。前面と上面が開いたスタートボックスにタコを入れ、その正面に鏡を置く。タコの背後の左右どちらか一方に、仮想のカニの映像を表示する。タコの位置からはこの映像が直接見えず、目の前の鏡を通してのみ確認できる構造になっている。
なぜ生きたカニではなく映像を使うのか。タコは触覚を通じて化学物質を感じ取る化学受容器を体中に持っている。本物のカニを使うと、匂いや味で位置を察してしまい、純粋に鏡像だけを手がかりにしているかどうか分からなくなる。研究チームは化学情報をすべて排除するため、あえて視覚情報だけの仮想カニにこだわった。
タコたちは鏡ではなく自分を振り向かせた
テストでは、タコが正しい側に移動できれば、報酬として実物の生きたカニが与えられる。鏡に映ったカニの映像目がけて突進してしまえば不正解だ。
結果はどうだったか。3匹のタコが正しい側を選んだ確率は約73%。映像が映る鏡に向かって突撃するのではなく、自分が振り向くべき向きを冷静に判断していたことになる。中にはスタートボックスの壁を乗り越え、最短距離で目標位置に向かおうとする強引な戦法を取る個体まで現れた。
試行を重ねるほど早く正解にたどり着いた
研究者たちはタコの頭部に相当する外套膜(マントル)上の、両目の間の点を真上から動画で追跡し、どんなルートを通って報酬位置に向かったかを細かく計測した。
タコの選ぶ経路は必ずしも最短ではなかった。しかし試行回数を重ねるごとに、正しい位置に到達するまでの時間が短縮されていった。偶然や暗記による正解ではなく、鏡を使うという技術そのものが少しずつ洗練されていったことを示すデータだ。研究チームはこれを「鏡像を介した空間判断の学習」と位置づけている。
5億年前に分かれた脳がたどり着いた同じ答え


これまでは哺乳類と鳥類だけの特権だった
鏡を見て自分や周囲の状況を理解する能力は、長らく脊椎動物の特権と見なされてきた。チンパンジー、ゾウ、バンドウイルカといった一部の哺乳類、そしてカササギなど一部の鳥類でのみ確認された、限られた能力だ。
そこに、無脊椎動物として初めて名乗りを上げたのがタコだったわけだ。著者のKieseler氏は研究の意義をこう語る。「無脊椎動物が鏡を使って自分の環境を理解し、獲物の位置を特定できると示したのは、私たちの研究が初めてです。これまでは一部の哺乳類や鳥類など、脊椎動物でしか報告されていなかった能力でした」
共通祖先は3.5億〜5億年前の虫
ここで注目したいのが、タコと人間の進化的な距離だ。両者の最終共通祖先は3億5000万〜5億年前にさかのぼる虫のような生き物だったと考えられている。恐竜が地上を歩き始めるよりもはるか昔だ。それから現在まで、両者の脳はまったく別の道をたどって発達してきた。
人間の脳は背骨の延長線上に脊髄を持つ典型的な脊椎動物型で、一方タコは体中に分散した約5億個の神経細胞を持つ独特の構造をしている。腕1本ごとに小さな脳のような神経束があると言われるほどだ。それでも今回、空間を理解するという同じ課題に対して、両者は似た認知能力にたどり着いていた。
「収斂進化」と「脳内地図」が示す海中ハンターの知性
異なる系統の生物が独立して似た解決策を進化させる現象を「収斂進化」と呼ぶ。海のサメと哺乳類のイルカが、紡錘形のよく似た体型を別々に獲得したのが有名な例だ。今回の発見は、鏡を使う認知能力にも同じことが起きている可能性を示している。
「これほど遠縁の生き物が、鏡をツールとして空間認知に使う能力を独立に進化させたことは、その背後にある仕組みが収斂進化の対象になりうることを示唆します」とKieseler氏は語る。脳の構造がまったく違っても、同じ問題に対しては似たような神経の解決策が生まれるのかもしれない。
では、なぜタコにこの能力が必要なのか。タコが暮らすサンゴ礁や海底は、岩穴や海藻が入り組んだ複雑な3次元空間だ。獲物を狙う立場でもあり、自分も狙われる立場でもある。Tse教授はタコの狩りをこう例える。「タコは猫に似ています。獲物にこっそり近づいてサッと飛びかかる。同時に、自分も食われないようにできるだけ素早く動こうとします」
こうした生活には、自分が今どこにいて、周囲のどこに何があるかを頭の中で把握する力が欠かせない。「優れたハンターは縄張りのメンタルマップ(脳内地図)を持っているものです。私たちの研究は、タコもまた空間の内部表現を持っている可能性を示しています」とTse教授は語る。鏡像から自分の後ろを推し量れたという結果は、視界の外側まで含めた立体的な「世界の見取り図」をタコが頭の中に描いている可能性を強く示唆している。
もっとも、タコが本当に脳内地図と呼べるレベルの空間記憶を保持しているかどうかは、まだ確定したわけではない。研究チームは「断定するにはさらなる検証が必要だ」と慎重な姿勢を崩していない。それでも、海の中で繰り広げられるタコの暮らしが、これまで考えられていたよりずっと知的な営みである可能性は、確実に高まったと言える。無脊椎動物の知能研究は今、新しい扉が開かれた段階にある。
タコってめっちゃ頭いいんだね!後ろを振り向けるのもすごい!
体の作りも脳の構造も人間とまったく違うのに、似たような認知能力を独立に身につけているのが本当に不思議ですよね
タコの腕には1本ごとに神経の塊があり、ある意味では9つの脳を持つとも言われる。今回ダートマス大学が示した鏡像を介した空間認知は、その独特の神経構造から生まれるタコの知性の、ほんの一端なのかもしれない。海中の岩陰でこちらを見つめるタコの瞳の奥には、まだ私たちが知らない世界像が広がっている可能性が高い。
参考文献:
Octopuses use mirrors to find food they cannot see
出典: ScienceDaily









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