2026年3月、ノーサンブリア大学を中心とするチームが Journal of Geophysical Research: Space Physics に発表した研究で、土星の自転速度が変動して見える長年の謎に、大きな手がかりが得られた。
鍵を握っていたのは、土星の北極を彩るオーロラだった。
キク土星の1日の長さって、どうしてそんなに測るのが難しいんだろう?
そもそも、なぜ土星の自転がわからなかったのか
土星は厚いガスでできた惑星で、表面に目印になる岩がない。
そこで科学者が頼りにしてきたのが、土星の自転と一緒に回る磁場から発信される電波の周期だった。電波パルスで自転を測る方法は、木星、天王星、海王星でも使われてきた。
ところが、NASAの探査機カッシーニが2004年に行った観測では、土星の自転速度が少しずつ変わっているように見えた。
論文によると、北半球側の電波の周期は4年ほどで10.63時間から10.76時間へと約8分伸び、南半球側は約10.69時間でほぼ安定していた。




2021年、変動していたのは風のほうだと示された
惑星が数年でスピードを上げ下げするとは考えにくい。この矛盾に最初の答えを出したのが、ノーサンブリア大学のトム・ストーラード教授のチームだった。
2021年の研究で示されたのは、土星本体の自転は変わっていない、変動していたのは上層大気を吹く強い風のほうだという結論だった。
風が電流を作り、その電流がオーロラ由来の電波信号を乱していた。つまり科学者たちは、惑星本体ではなく風の「ノイズ」を読んで自転速度を測ってしまっていたわけだ。
この電波の周期は、惑星の内部が回る速さそのものではない。論文は、土星の磁場の振動と電波パルスは、内部の自転速度とは物理的に切り離されていると述べている。
土星内部の自転周期は、重力の測定では10時間32分45秒、環の地震学では10時間33分38秒と推定されていて、手法によって約1分の差がある。
今回の研究はこの周期を決めたものではなく、電波の周期が揺れて見える理由の説明を進めたものだ。
残された最大の謎は「その風はどこから来たのか」
これで電波信号のブレは説明できた。しかし、決定的な問いが残った。なぜ土星の上空で、それほど強い風が吹き続けているのか。
風を駆動するエネルギー源が誰にも分からなかったのだ。
この最後の1ピースを埋めるために動員されたのが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)だった。
JWSTが見つけた、オーロラと大気の熱の循環
2024年11月29日、JWSTは土星の北極のオーロラ領域を、土星の1日にあたる約10時間(世界時で4時から13時58分)、途切れずに観測した。
狙ったのは人間の目に見える光ではなく、赤外線だ。土星の上層大気には三水素カチオン(H₃⁺)という分子が漂っていて、温度に応じて固有の赤外線を放つ。
温度計の役割を果たすこの分子の光を、JWSTはオーロラ領域全体で詳しく地図にした。地図の1ピクセルは500km未満の範囲にあたる。
これまでの観測では、オーロラ領域の温度や密度の構造は大まかにしか分からなかった。


測定の精度が10倍になった温度地図
これまでの観測装置では、土星上層大気の温度にはおよそ±50℃の誤差が乗っていた。その幅は、調べたい温度の違いと同じくらいで、細かい温度差は埋もれて見えなかった。
JWSTはその精度を約10倍に引き上げた。
その結果、オーロラ領域の温度は、観測値の中央98%でおよそ403〜489ケルビン(約130〜216℃)だった。
10度未満の狭い範囲で、20〜30ケルビンほどの温度差があることも地図として描き出された。
得られた温度と密度のパターンは、過去のコンピュータモデルの予測とよく合っていた。ただしモデルが合うのは、加熱の場所が、最も強い粒子が大気に降り込む場所にあるときだけだった。
温度の高い場所と低い場所は、極を中心に反転した対になって現れた。
オーロラと大気が互いを動かす「惑星のヒートポンプ」
研究チームは、土星のオーロラと大気が次のような循環をつくっていると説明している。
まず、オーロラが大気の特定の領域を加熱する。温められた大気は風を生み、その風が電流を生む。
その電流がオーロラを光らせる力の一部になり、オーロラがまた大気を温める。
ストーラード教授は「私たちが見ているのは、いわば惑星のヒートポンプだ。システムが自分で自分を動かしている」と話す。
論文は、これを磁気圏でつくられるオーロラのエネルギーで動くフィードバックの循環と述べている。ただし論文の表現は強い示唆であり、直接の証明ではない。
この循環が作る電流が、地球から見える電波パルスの周期を揺らし、土星の自転速度が変わって見える原因になっていると考えられる。
つまり揺らいでいたのは土星本体の自転ではなく、上層大気の風と電流が関わる電波の周期のほうだ。



土星の自転の速さが揺れて見えてたのは、本体のせいじゃなくて、オーロラが温めた大気の風と電流が電波の周期を揺らしてたからって考えられてるんだね。
惑星大気の見方が変わるかもしれない
研究チームは、土星の大気と磁気圏(磁場が支配する宇宙空間の領域)が密接につながっている証拠を見つけた。大気の活動が磁気圏の状態に影響し、磁気圏がまた大気にエネルギーを返しているという。
この往復が、仕組みが長いあいだ安定している理由の説明になりうるとされる。
ストーラード教授は「この結果は、惑星の大気全般についての私たちの考え方を変える」と述べている。
他の惑星でも同じことが起きている?
研究者によると、似た相互作用は他の惑星でも起こりうる。
ストーラード教授は「もし惑星の大気の状態が周囲の宇宙環境にまで電流を送り出せるなら、まだ想像もしていなかった相互作用が、他の惑星の成層圏で見つかるかもしれない」と述べている。
ただし、他の惑星で同じ仕組みが働いているかは、まだ確かめられていない。今回の成果は、土星での一例を細かく描いたものだ。
数十年来の謎に手がかり
カッシーニの観測の最後の時期(2016年初めから2017年9月の運用終了まで)には、北の周期が10.79時間、南の周期が10.68時間で、どちらも変動は0.01時間にとどまった。
今回の研究には、ノーサンブリア大学を中心に、米ボストン大学など英米の研究機関が参加した。
ストーラード教授は「何十年も、土星の見かけの自転速度に何かおかしなことが起きていると分かっていたが、説明できなかった。風のせいだと示したあとも、なぜその風が吹くのかが分からなかった。JWSTの新しい観測が、ようやくその輪を閉じる証拠をくれた」と話す。
研究はイギリスの科学技術施設会議(STFC)などの支援を受けた。
参考文献:
Stallard, T.S., et al. (2026). 『JWST/NIRSpec Reveals the Atmospheric Driver of Saturn’s Variable Magnetospheric Rotation Rate』. Journal of Geophysical Research: Space Physics. DOI: 10.1029/2025JA034578
Astronomers finally solve Saturn’s decades-long spin mystery (ScienceDaily)
論文の受理原稿(Lancaster University eprints)









