皇帝ペンギンにとって、羽の生え変わりは一年でもっとも過酷な試練だ。全身の羽を一気に脱ぎ捨て、新しい羽が生えそろうまで、氷の上でじっと飢えに耐える。
ところが近年、その足場となる南極の氷が急速に失われ、この命がけの衣替えが、かつてない危機に直面している。
その異変を捉えたのは衛星画像だった。
英国南極調査局(BAS)のピーター・フレットウェル博士が2026年に学術誌『Communications Earth & Environment』で発表した研究だ。
命がけの衣替え「破局換羽」
なぜ、一気に全部脱ぐのか
多くの鳥は、一年を通して羽を少しずつ生え替わらせる。だが皇帝ペンギンは違う。年に一度、全身の羽をほぼ一斉に脱ぎ捨てる。
この現象を「破局換羽」と呼ぶ。なぜ、こんな大変なやり方をとるのか。
理由は、ペンギンの羽の構造にある。氷点下の海に潜るペンギンの羽は、一枚一枚が寸分の隙間もなく重なり合うことで、初めて防水と保温が成り立つ。
もし羽を少しずつ抜けば、隙間だらけの状態が何ヶ月も続き、そこから冷たい海水がしみ込んでしまう。それを避けるため、短期間で一気に全部を新しくする。
30〜40日間、海に入れない
換羽には30〜40日かかる。そのあいだ、防水機能を失ったペンギンは海に入れず、餌もとれない。体に蓄えた脂肪だけを頼りに、氷の上で過ごす。
換羽は、12月に繁殖地を離れた後に始まり、ふつうは2月末までに終わる。ペンギンは3月下旬から4月初めに繁殖地へ戻るまでに、体力を取り戻さなければならない。
飛べるほかの海鳥なら、換羽中でも飛んで餌をとれる。だが飛べないペンギンには、その手が使えない。
だからこそ、この絶食を耐え抜くには、期間中ずっと壊れずに存在し続ける、安定した氷の足場が欠かせない。
キク羽が生え変わるあいだのペンギンは海に入れず脂肪だけが頼りだから、生えそろうまで壊れない氷が要るんだね。
足場となる「定着氷」が消えていく


動かない氷、それが命綱
換羽の足場に選ばれるのは、多くの場合「定着氷」と呼ばれる氷だ。海氷にはいくつか種類があり、風や海流で絶えず流れ動く「流氷」と、海岸や氷山に固定されて動かない「定着氷」がある。
1ヶ月以上も同じ場所にとどまる換羽には、動かず安定した定着氷が適している。
フレットウェル博士が衛星で追跡したのは、西南極のマリー・バード・ランド沿岸だ。
ここは南極の中でも一年を通して定着氷が残りやすい場所で、西南極ロス海の7つの繁殖地のペンギンが、最大1000キロ移動して換羽に来る。
この7つの繁殖地には、世界の皇帝ペンギンの約30〜40%がいる。
スペインほどの海氷が5分の1に
2022〜2024年、南極の海氷面積は観測史上最低の水準になり、定着氷も大きく減った。
この調査地域の海氷は、過去50年の平均でおよそ50万平方キロメートル、スペインの国土に匹敵する広さがあった。ところが2023年には、それがわずか10万平方キロメートルにまで縮んでしまった。
そのうち岸に張り付いた定着氷は、約2000平方キロメートルしかなかった。2020年1月下旬には、この一帯の定着氷は約1万4000平方キロメートルあった。


衛星が捉えた、静かな異変


糞のシミが、居場所を教える
広大で人を寄せつけない南極で、ペンギンの数をどうやって調べるのか。フレットウェル博士のチームが使うのは、衛星画像だ。
ここに、意外な手がかりがある。大量のペンギンが同じ場所に長くとどまると、その糞によって、雪や氷の表面に茶色いシミが広く付着する。
このシミは衛星画像からもはっきり識別でき、ペンギン本体が写らなくても、「そこに群れがいた」動かぬ証拠になるのだ。
チームは、この海岸沿いの衛星画像に並ぶ茶色いシミに偶然気づいた。時期が換羽の季節と重なっていたことから詳しく調べたという。
衛星画像で換羽の群れを観察したのは、これが初めてだ。チームは2019年から2025年までの7年分の画像をさかのぼった。
無料で使える解像度10メートルの衛星画像(Sentinel-2)で本当に群れを見分けられるのかも確かめた。
同じ日に撮った解像度50センチの画像と比べると、高解像度画像の群れの約83%をとらえ、群れと判定したものの約94%は本物だった。
氷が減ると群れは密集した
群れの数は年によって大きく変わった。2020年は224で、最も多かったのは氷の少なかった2023年の247だ。
氷が減った年は、ペンギンが狭い氷に押し込められた。群れどうしの平均距離は、2019年の1690メートルから2023年には231メートルに縮まった。
100平方メートルを超える群れも多く、最大のものは1200平方メートルを超えた。
そして2025年、海氷の状態は良くなったのに、確認できた群れは25と最も少なく、どれも数ピクセルの小さなものだった。
2022年より前は、同じ地域で100を超える群れが見つかっていた。
「いなくなった」のか、まだ分からない


断定を避ける、科学者の慎重さ
氷が減った年には、換羽が終わる前に氷が割れた。BASは、多くのペンギンが生き延びられなかった可能性が高いとしている。
羽が生えそろう前に海に入ると、エネルギーを使い果たしたり、低体温になったり、捕食者に狙われやすくなったりするからだ。
フレットウェル博士は「あのペンギンたちに何が起きたのかは確かではない。氷を失った後に新しい繁殖地を見つけられることは分かっているので、別の場所に新しい換羽地を作った可能性はある。だが、防水の羽が生えそろう前に南極海に入り、非常に多くのペンギンが死んだ可能性もある。もしそうなら、種としての状況は考えていた以上に悪い」と話す。
2025年の群れは東へ
2025年に見つかった小さな群れの多くは、調査地域のさらに東にある広い定着氷の上にいた。ペンギンが別の場所へ移ったのか、数が減ったのかを見分けるには、さらに調べる必要がある。
皇帝ペンギンの一年は、氷とともにある


三種類の氷に、生活を預けて
皇帝ペンギンの暮らしは、氷と分かちがたく結びついている。3月下旬から4月初め、厳しい寒さの中でコロニーに集まり、ペアを作る。
5月に産んだ卵を、オスが足の上で抱えて守り、メスは海へ採餌に出る。7月ごろに雛が生まれ、両親が交代で餌を運んで育てる。
そして繁殖と子育てで消耗した体を、海での採餌で立て直したのち、1月から3月にかけて、破局換羽に入る。
つまりペンギンは、「繁殖のための氷」「採餌のための開けた海」「換羽のための安定した氷」という、性質の違う三つの環境すべてに、生活を預けている。
どれか一つでも欠ければ、一年のサイクル全体が崩れる。海氷の減少は、この三拍子のうち複数を同時に脅かす。
2022年に確認された繁殖の失敗も、今回の換羽の危機も、根は同じ「氷の消失」という一つの問題の、別々の表れなのだ。



繁殖の失敗と、大人のペンギンが命を落とすのとでは、どっちが重く響くんだろう?
成鳥の死は繁殖の失敗より重い
皇帝ペンギンは、決して数が少ない鳥ではない。それでも2022年10月、アメリカは皇帝ペンギンを絶滅の恐れがある種(threatened)として保護の対象にした。
気候変動による氷の減少で、将来その生息域の多くで存続が危ぶまれると予測されたからだ。
BASによると、皇帝ペンギンは最長20年ほど生き、3〜6歳になるまで繁殖しない。そのため長い目で見ると、繁殖の失敗より成鳥の死のほうが大きな脅威になる。
換羽中の成鳥が命を落とせば、その影響は何年も続く。


生態系の変化を映す鳥


BASは、皇帝ペンギンを生態系全体の目印になる種と位置づけている。海氷はペンギンだけでなく、海鳥やアザラシ、氷の下のオキアミからクジラまでを支えている。
その多くは毎年は調べられていないが、皇帝ペンギンなら衛星で毎年観察できる。実際、今回の画像では、換羽中とみられるアザラシ(ロスアザラシかウェッデルアザラシ)の群れも見つかった。
宇宙の目が、地上の命を見守る
それでも、希望がないわけではない。かつては近づくことすら難しかった南極の危機を、衛星という新しい目が、いち早く捉えられるようになった。
糞のシミ一つから群れの消長を読み取る技術は、私たちに、遠い命の危機を知る手立てを与えてくれる。知ることは、守るための第一歩だ。
参考文献:
Discovery of Antarctic moulting sites in satellite imagery reveals new threat to emperor penguins
Fretwell, P. T., Communications Earth & Environment 7, 192 (2026). DOI: 10.1038/s43247-026-03231-6
出典: British Antarctic Survey (BAS)









