時差ボケは、体の中の時計と現地の時刻がずれて起こる。これまでの対策は、強い光を浴びる、メラトニンを使う、といった方法が中心だった。
2026年1月、大阪大学、金沢大学、豊橋技術科学大学、東京科学大学などの共同研究グループが、体内時計を前に進める化合物「Mic-628」をマウスで調べた結果を、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表した。
明暗の時刻を6時間早めた「時差ボケモデル」のマウスにMic-628を1回口から与えると、新しい明暗に慣れるまでの日数が約7日から約4日に縮んだ(各8匹)。
人で効くか、安全に使えるかは、まだ調べられていない。
そもそも時差ボケって、体の中で何が起きているの?

時差ボケの正体は、体内時計と外の時刻の「ズレ」だ。人間の体には、光や食事のタイミングとは別に、およそ二十四時間で回る自前の時計が備わっている。
この時計が、眠気やお腹の空き具合、体温、ホルモンの分泌といった一日のリズムを裏側で仕切っている。ふだんは外の昼夜とぴったり合っているから、私たちは意識せずに朝起きて夜眠れる。
その中枢は、脳の視交叉上核(SCN)にある。ここが体内時計の主なペースメーカーとしてはたらき、目から入る光の情報を受けて時刻を合わせている。
号令を受ける側、つまり肝臓や肺、心臓、腸といった臓器にも、それぞれ小さな時計が入っている。これを末梢時計という。
視交叉上核から出る時刻の合図が、全身のほぼすべての細胞で遺伝子のリズムをそろえるのに欠かせない。
ところが飛行機で一気に時間帯をまたぐと、外の時刻だけが先に変わり、体内時計は元の土地の時刻を指したまま残される。
時計が新しい時刻に合い直すまでの間、眠気や体調のリズムが現地の昼夜とずれる。これが時差ボケだ。

東回りのフライトがとくにこたえる理由
時差ボケには、じつは向きによる「重さの差」がある。日本からアメリカへ向かうような東向きの移動では、体内時計を前倒しにする必要がある。
逆にヨーロッパへ向かう西回りでは、時計を後ろへ遅らせる調整になる。同じ時差でも、前に進めるか後ろに戻すかで、体の負担はまるで違う。
論文は冒頭で、西から東へのフライトは東から西へのフライトより体への影響が大きく、それは人の体内時計を前に進めるのが難しいためだと書いている。
マウスなどのげっ歯類でも、行動のリズムを前に進めるのは遅らせるより難しく、時間がかかるという。
光を浴びる方法などの既存の手段は、効く時刻が限られ、結果も安定しないことが多い。プレスリリースは、安定して手軽に時計を前に進める方法はまだ確立されていなかったと説明している。
体内時計は時計遺伝子のフィードバックでできている

では、体内時計は細胞の中で何をしているのか。中心にあるのは、時計遺伝子のスイッチが入り、切れ、また入るという繰り返しだ。
この仕組みを、転写・翻訳フィードバックループ(TTFL)と呼ぶ。
まず、CLOCKとBMAL1という二つのタンパク質が手を組む。この組が、DNA上のE-boxという目印にくっついて、PerやCryと呼ばれる時計遺伝子のスイッチを入れる。
ここまでがアクセルの役目で、Per1やCry1がどんどん作られていく。
ところが、作られて増えたPERとCRYのタンパク質は、今度はきびすを返し、自分を作らせた張本人であるCLOCKとBMAL1にフタをして働きを止めてしまう。
これがブレーキだ。アクセルで一気に増え、増えた本人がブレーキを踏んで減り、減るとまたアクセルがかかる。
この上がり下がりが約1日で一周し、視交叉上核ではPerとCryの量が昼に多く、夜に少なくなる。
この回路のすごいところは、脳の一か所にだけあるのではなく、体をつくるほとんどすべての細胞に一組ずつ入っている点だ。
肝臓の細胞も、肺の細胞も、それぞれの中で同じ仕組みがはたらいている。だから親時計が号令を送ると、全身の細胞が足並みをそろえて時を刻める。
逆にいえば、時差でこのそろい方が崩れると、体のあらゆる場所で小さな乱れが同時に起きることになる。
ここで覚えておきたいのが、CRY1というタンパク質は本来「抑える側」、つまりブレーキの担い手だということだ。次に登場する化合物Mic-628は、このCRY1に結合する。
Mic-628はブレーキ役のCRY1に結合する

大阪大学大学院歯学研究科の高畑佳史准教授、金沢大学の程肇名誉教授らのグループは、まず培養細胞で、Mic-628がPer1遺伝子のはたらきを強めることを確かめた。
マウスの細胞では、300ナノモルでPer1のスイッチの強さが最大約5.4倍になった。さらに質量分析で、Mic-628の結合相手の候補としてCRY1を見つけた。
さっきブレーキ役として紹介したタンパク質だ。
ブレーキ役に結合するなら、Per1のはたらきは弱まりそうに思える。ところが論文によると、Mic-628はCRY1のブレーキを単に止めるのではなかった。
CRY1とCLOCK・BMAL1の結びつきを強め、CLOCK・BMAL1・CRY1・Mic-628の複合体ができることで、Per1のスイッチが入りやすくなるという。
なぜPer1なのか。研究グループは以前の研究で、光でPer1が増えると主に時計が進み、Per2が増えると主に遅れる、と予測していた。
今回はその予測を確かめるため、Per1だけを増やす化合物を使った。
試験管の実験では、300ナノモルのMic-628があると、CRY1に結びつくCLOCKとBMAL1の量が約2倍になった。
この結びつきの強さとPer1の増え方はよく対応していた。ただし、複合体の立体構造はまだわかっておらず、論文も今後調べる必要があるとしている。
Mic-628がはたらくには、Per1の上流にある、10塩基の間隔で並んだ2つのE-box(二重E-box)が必要だった。
培養細胞でどちらか一方のE-boxを壊すと、Mic-628によるPer1の増加は起きなくなった。
この二重E-boxを取り除いたマウスでは、Mic-628で行動リズムを進める効果が、投与時刻CT0で73%、CT16で63%失われた。
一方、このマウスでも光による時計のずれ方は変わらなかった。
投与する時刻を変えても、マウスの時計は前に進んだ

光は、当てる時刻によって時計を進めることも遅らせることもある。同じ刺激でも、時刻によって効く向きが逆になるのだ。
プレスリリースは、光照射など既存の方法は効く時刻の制約が大きいと説明している。
研究グループは、一定の暗さの中で飼ったマウスに、体内時計の時刻でCT0とCT16という2つの時刻にMic-628を口から与えた。
投与量は体重1キログラムあたり0.03ミリグラム。どちらの時刻でも行動リズムは前に進み、CT0で平均2.27時間(10匹)、CT16で2.02時間(6匹)早まった。
CT16は、光を当てると時計が最も大きく遅れる時刻だ。論文は、ここで前進したことは「予想をはるかに超えていた」と書いている。
なぜ時刻によらず前に進むのか。カギは、Mic-628で増えたPER1タンパク質が、自分を作るPer1のスイッチを止めるはたらきにある。
数理モデルでは、PER1が少ない時期、つまりPer1が増え始める時期にだけMic-628による誘導が起き、PER1が増えると止まる。
Per1が増え始める時期の誘導は時計を進めるので、いつ与えても結果は前進になる、という説明だ。
ただし、このモデルは、Mic-628が体内で約24時間はたらき続けると仮定している。論文は、この持続時間は今後の研究で確かめる必要があると書いている。
2つ以外の投与時刻での結果は、モデルの予測にとどまる。
マウスの時差ボケが七日から四日に縮んだ

時差ボケへの効果は、マウスで調べた。研究グループは、12時間ずつの明暗の周期を、ある日から6時間早めた。
東向きのフライトで6時間の時差をまたいだのに近い状況で、時計を前に進めなければならない課題だ。Mic-628は、明暗を早めた日に1回だけ口から与えた。
Mic-628を与えなかったマウスは、新しい明暗に慣れるまで平均7.00日かかった。Mic-628を1回口から与えたマウスは4.13日で慣れた(各8匹)。
約3日、割合にして約4割の短縮だ。論文によると、この差の大部分は、投与後最初の1周期での前進による。
最初の周期での前進は、Mic-628を与えたマウスで3.17時間、与えないマウスで0.89時間だった。その後の2〜3周期では、はっきりした差はなかった。
別の実験では、Mic-628を与えた翌日のマウスから視交叉上核と肺を取り出し、時計の進み具合を調べた。
CT0に与えた場合、視交叉上核で約4.3時間、肺で約3.4時間、それぞれ前に進んでいた(各3匹)。論文は、脳の中枢の時計と末梢の時計が同時に前進したとしている。

では人間もすぐ飲めるのか、という現実

今回の結果は、すべてマウスと培養細胞の実験によるものだ。人で効くかどうか、安全に使えるかどうかは、まだ調べられていない。
研究グループは、ほかの動物や人での研究で、安全性と有効性を調べる計画だとしている。
論文には、まだわかっていない点もある。マウスの細胞では、Mic-628はPer1のほかにRev-erbαという時計遺伝子なども増やしていた。
二重E-boxを除いたマウスにわずかに残った前進は、Rev-erbαを通じたものかもしれないという。なお、Mic-628は田辺三菱製薬から開示された化合物だと、論文の謝辞に書かれている。
プレスリリースは、応用先として、時差ボケ、交代勤務に伴う睡眠の問題、そのほかの概日リズムのずれによる不調を挙げている。
どれも、マウスでの結果が人でも再現されるかを確かめてからの話になる。
要点はこうだよ。時差ボケは体内時計と現地時刻のずれで、時計を前に進める必要がある東向きの移動がとくに手ごわい。
Mic-628はブレーキ役のCRY1に結合して、時計遺伝子Per1のスイッチを入れやすくするんだ。
マウスでは2つの投与時刻のどちらでも時計が前に進んで、時差ボケモデルの立ち直りが7日から4日に縮んだ。人で使えるかは、これから調べる段階だよ
時計そのものを前に動かすんだね。人でも安全に使えるのか、早く知りたいな!
参考文献:
一次ソース: Takahata Y., Tei H. et al., 「A Period1 inducer specifically advances circadian clock in mice」, Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS), 2026. DOI:10.1073/pnas.2509943123
論文本文(オープンアクセス): PMC12846785
プレスリリース: 大阪大学 ResOU「経口投与で体内時計を「進める」新化合物を発見」(2026年1月26日)
英文プレスリリース: EurekAlert!「Scientists discover oral compound that helps “reset” the body clock forward」
研究機関: 大阪大学、金沢大学、豊橋技術科学大学、東京科学大学(Institute of Science Tokyo)









