はかせ、膝が痛いときって、お薬を飲むか手術するしかないの?
実はね、歩くときのつま先の角度を一人ひとりに合わせて5度から10度調整したら、偽の調整をした人より痛みが軽くなった、という臨床試験の結果が出たんです。まだ小規模な研究ですけど、面白い方向性ですよ
変形性膝関節症の患者68人を1年間追いかけた一つの臨床試験で、薬にも手術にも頼らない選択肢の可能性が見えてきた。歩き方をわずかに調整したグループで、偽の調整を受けたグループより痛みがはっきり小さくなった、という結果だ。ただし、これは参加者68人・単一施設による一件の研究であり、「これで決まり」と言える段階ではない。効果の中身と、あわせて研究チーム自身が挙げている限界まで、正直に見ていきたい。
数字が語る「歩き方矯正」の効果


68人を1年間追いかけた臨床試験
そもそも変形性膝関節症は、膝のクッションである軟骨が少しずつすり減り、骨どうしがこすれて痛みが出る病気だ。年をとるほど増え、世界では何百万人もが悩まされている。立ち上がりや階段の上り下りがつらくなるなど、毎日の暮らしに直結する。これまでの主な対処法は、痛み止めの薬か、最終手段としての人工関節の手術しかなかった。
この常識に一石を投じたのが、ユタ大学、ニューヨーク大学、スタンフォード大学の合同チームだ。成果は医学誌The Lancet Rheumatologyに発表された。薬の効果を確かめるときに使われるランダム化比較試験という最も信頼性の高い方法で、歩き方の効き目を検証したことに大きな意味がある。
対象になったのは、膝の内側に軽度から中程度の変形性膝関節症を抱える68人(平均年齢は64歳ほど)。半分は本物の歩き方トレーニングを受け、残り半分は「効いているふり」をするための偽の調整を受けた。偽グループはもともとの歩き方とほぼ同じ角度を割り当てられ、思い込みで痛みが減った分を差し引けるようにしてある。
ここで正直に触れておきたい点がある。研究チームは当初、統計的にしっかり結論を出すには1群あたり40人、合計80人が必要だと見積もっていた。ところが通院の負担が大きかったこともあり、集まったのは68人にとどまった。つまりこの試験は、計画より少ない人数で行われたことになる。結果を読むときは、この規模の小ささを頭の片隅に置いておきたい。
痛みの軽減は市販薬と医療用麻薬の「中間」
1年後、本物のトレーニングを受けた人たちの痛みは、偽グループよりはっきり小さくなっていた。具体的には、痛みの評価(10点満点のスケール)で両グループの差は約1.2点(95%信頼区間 -1.9〜-0.5、P=0.0013)。統計的にも意味のある差だったと報告されている。数字を省かずに書くと地味に見えるが、こうした値こそが「効いた/効かない」を判断する土台になる。
研究を率いたスコット・ウルリッチ博士は、その効き目の大きさを、先行研究で報告されている鎮痛薬の効果量と比べて説明している。標準化した効果量で見ると、この試験の値(約0.53)は、イブプロフェンなど市販の痛み止めと、オピオイド系の強い鎮痛薬の、ちょうど中間くらいにあたるという。ただし大事な注意として、これは本試験のなかで実際に薬と飲み比べたわけではなく、あくまで別々の研究で得られた効果量どうしを並べた「参考比較」だ。「市販薬に勝った」といった直接対決の話ではない点は、はっきり押さえておきたい。
飲み薬は胃が荒れたり、長く使うと体に負担がかかったりする場合がある。歩き方を調整する方法なら、そうした薬特有の副作用は避けやすい。もし同じくらいの効果が続くなら、患者にとって選択肢が一つ増える意味は小さくない。
もう一つ、公平のために書いておきたいことがある。この試験では、偽の調整を受けた「効いているふり」のグループでも、実はそれなりに痛みが改善していた。いわゆるプラセボ効果だ。だからこそ研究チームは偽グループとの「差」で効果を測っているのだが、逆に言えば、歩き方矯正そのものの効果は、この差のぶんに限られるということでもある。さらに痛みの点数を聞き取ったスタッフが、どちらのグループかを知らされない完全な盲検ではなかった点も、研究チーム自身が限界として挙げている。RCTという信頼性の高い手法をとっていても、こうした注意点はゼロにはならない。
それでも、膝の痛みがやわらげば、散歩や買い物といった当たり前の行動が取り戻しやすくなる。薬に頼る量を減らせる人が増えれば、その分のメリットもある。歩き方を調整するという手軽さは、長く続けやすいという点でも魅力の一つだ。
MRIが映した軟骨のすり減りの差
さらに驚かされたのが、関節の中の変化だった。研究チームは試験の前後で膝をMRIで撮影し、軟骨の状態を測っている。
すると本物のトレーニングを受けたグループは、軟骨の健康を示す指標の一つ(T1ρと呼ばれる値)のすり減りが、偽グループよりゆるやかだった。痛みが減るだけでなく、関節そのもののダメージ進行まで抑えられた可能性がある、という結果だ。ただし、軟骨を評価する別の指標(T2)では、両グループにはっきりした差は出ていない。一部の指標で良い兆候が見えた、という慎重な受け止め方が正確で、「軟骨の保護効果が完全に証明された」と読むのは行き過ぎになる。
軟骨はいったんすり減ると自然には元に戻りにくい。だからこそ、すり減るスピードをゆるめられること自体が、治療として大きな価値を持つ。痛みを抑えるだけの薬とは、根本のところで違う。
歩き方を変えるという生体力学的なやり方で、症状の改善と関節の保護の両方を示した研究は、偽治療と比べた試験としては世界で初めてだという。これは数字以上に大きな意味を持つ。
なぜ「足の角度」だけで膝が楽になるのか
膝の内側にかかる負担がカギ
そもそも膝は、かかる負担が大きいほど傷みが速く進む。とりわけ傷みやすいのが、膝の内側コンパートメントと呼ばれる部分だ。
ここは歩くたびに外側より大きな重みを受け止めている。荷物をいつも片方の肩だけで背負っていると、その肩が先に疲れてしまうのと同じイメージだ。特に脚がわずかにO脚気味の人は、体重が内側に偏りやすく、内側コンパートメントの負担がいっそう大きくなる。
つま先の向きをほんの少し変えると、地面を蹴る力の伝わり方が変わり、膝の内側にかかる負担を逃がせる。これが痛みをやわらげる仕組みの土台になっている。わずか数度の違いでも、一歩ごとに何千回と積み重なれば、膝が一日で受ける総負担は大きく変わってくる。
つま先を5度〜10度ひねる「オーダーメイド」
ポイントは、変える角度がごくわずかだということ。チームは一人ひとりに5度か10度、つま先を内側か外側にひねる調整を割り当てた。
どちらの向きが正解かは人によって違う。内側に向けると楽になる人もいれば、外側に向けたほうがいい人もいる。時計の針を1〜2目盛りだけ動かすような、繊細な調整だ。
最初の2回の通院で、参加者は膝のMRIを撮り、圧力を測れるトレッドミルの上を歩いた。その動きをモーションキャプチャーのカメラで記録し、内向きか外向きか、5度か10度か、膝の負担が最も減る角度を一人ずつ決めていった。
全員同じやり方ではダメだった理由
過去の似た研究では、全員に同じ角度の調整を指示していた。その結果、負担が減らない人や、かえって増えてしまう人が出ていたという。
ウルリッチ博士は、以前の試験で痛みの結果がはっきりしなかったのは、効果が出にくい人まで一緒に調べていたためだろう、と語る。今回は一人ずつ最適な角度を選ぶ方法をとったことが、明確な効果につながった。
実際、事前の検査でどの角度でも膝の負担が減らないと分かった人は、最初から試験の対象から外している。徹底した個別化が、この研究の成否を分けたといえる。裏を返せば、この方法が効く人と効きにくい人を、治療を始める前に見分けられるということでもある。
歩き方を「体に覚えさせる」方法と未来


すねの振動が正しい角度を教える
角度が決まったあとは、新しい歩き方を体にしみ込ませる番だ。両方のグループの参加者は、6週間にわたって週1回、計6回通院し、トレッドミルの上で歩くトレーニングを受けた。
このとき、すねに付けた装置が振動で合図を送る。決めた角度からずれると振動で教えてくれるので、ゲームのコントローラーが揺れて操作ミスを知らせるように、自然と正しい歩き方に戻せる。
6週間の訓練のあとは、1日20分以上その歩き方を練習するよう勧められた。追跡調査では、多くの参加者が指示された角度を保てていたと報告されている。新しい歩き方が、考えなくてもできる「体の一部」に近づいていったわけだ。
歩き方のクセは一度しみつくとなかなか直らないが、逆にいえば、正しい歩き方さえ体に覚え込ませれば、あとは意識しなくても効果が続く。毎日薬を飲み忘れないよう気をつけるよりも、ずっと楽な仕組みといえる。
なぜ「自分で試す」のは危険なのか
ここで大事な注意がある。これは「とりあえずつま先を内に向ければいい」という単純な話ではない。
人によっては間違った向きに変えると、膝の痛む場所への負担がかえって増えてしまう。だからこそ、専門の機器を使った正確な測定と個別化が欠かせない。自己流でまねるのは勧められない。
つま先を内に向けるか外に向けるかで、膝にかかる力のかかり方は変わってくる。どちらが正解かは膝の状態によって逆になることもあり、素人判断で動かすと痛む場所への負担がかえって増えかねない。膝・歩き方・人によって最適解が変わる、奥の深いテーマなのだ。だからこそ、機器を使った測定と専門家の指導が前提になる。
スマホと「スマートシューズ」で広がる未来
今の方法には課題もある。角度を決めるためのモーションキャプチャー装置は高価で、測定にも時間がかかる。このままでは、どこの病院でも気軽に使えるとはいえない。
そこでチームが描くのは、スマートフォンの動画や、センサーを組み込んだ「スマートシューズ」を使う未来だ。研究室の外でも足の角度を測れるようになれば、ふだんの散歩のなかでトレーニングできるようになる。
ある参加者は「薬を飲む必要も、装置を1日中つける必要もない。これから先ずっと、自分の体の一部として残るものだ」と喜びを語ったという。変形性膝関節症は人工関節の手術に至る何十年も前から始まることが多い。今回の試験の参加者は平均64歳ほどだったが、もっと若い世代でも早い段階からこうした方法が使えるようになれば、長い「痛みと付き合う期間」を楽にできる可能性がある。ただし若年層での効果は今回の試験では確かめられておらず、あくまで今後への期待にとどまる点は補っておきたい。
研究チームによれば、どの歩き方が誰に最も効くのかは今も活発に調べられている最中で、広く実用化するにはさらなる試験が必要だという。それでも、一人ずつ角度を選ぶ今回のやり方は、現時点で最も説得力のある実証の一つに数えられる。
お薬も手術もいらないなんて、早くみんなが使えるようになってほしいな!
期待は大きいですね。ただ、今回はまだ68人の一つの研究段階。しかも自己流で角度を変えると逆効果になりかねません。膝が痛いときは、まずお医者さんに相談するのが一番ですよ
膝の痛みは、年齢を重ねるほど誰にとっても身近になる。歩くという毎日の動作そのものが薬になるなら、その恩恵を受けられる人は計り知れない。スマホで手軽に測れる日が来れば、長く痛みに悩む人の毎日が変わるかもしれない。
参考文献:
Uhlrich, S.D., et al. (2025). 『Personalised gait retraining for medial compartment knee osteoarthritis: a randomised controlled trial』. The Lancet Rheumatology, 7(10), e708-e718. DOI: 10.1016/S2665-9913(25)00151-1 (臨床試験登録: NCT02767570)
Scientists discover simple way to relieve arthritis pain without pills or surgery (ScienceDaily)










コメント