変形性膝関節症の患者68人を1年間追いかけた一つの臨床試験で、薬にも手術にも頼らない選択肢の可能性が見えてきた。
歩き方をわずかに調整したグループで、偽の調整を受けたグループより痛みがはっきり小さくなった、という結果だ。
ただし、これは参加者68人・単一施設による一件の研究で、論文も限界をいくつか挙げている。効果の中身と、その限界をあわせて見ていく。
個別に調整した歩き方と偽の調整を、68人で比べた試験

68人を1年間追いかけた臨床試験
変形性膝関節症は、膝の軟骨が少しずつすり減っていく病気だ。論文によると、40歳以上の22%が患っていて、症状が出る関節としては膝がいちばん多い。
すり減った軟骨は、今の医療では元に戻せない。治療は痛みを抑えることが中心で、症状が重くなると人工関節の手術が選択肢になる。
この試験を行ったのは、ユタ大学、ニューヨーク大学、スタンフォード大学などの研究チームだ。成果は医学誌The Lancet Rheumatologyに2025年に掲載された。
試験は、参加者を無作為に2つの群に分け、どちらの群かを参加者に知らせないランダム化比較試験として行われた。
対象になったのは、膝の内側に軽度から中程度の変形性膝関節症を抱える68人(平均年齢は64歳ほど)。
半分は本物の歩き方トレーニングを受け、残り半分は「効いているふり」をするための偽の調整を受けた。
偽グループはもともとの歩き方とほぼ同じ角度を割り当てられ、思い込みで痛みが減った分を差し引けるようにしてある。
研究チームが目標にしていた参加者は80人だったが、研究資金が終わったため、登録できたのは68人(目標の85%)にとどまった。
論文は、13回の来院が必要で参加者を集めにくかったことも、目標に届かなかった一因として挙げている。
さらに、新型コロナによる大学の閉鎖で、最後の7人は1年後の歩行測定とMRIができなかった(痛みの点数は電話で聞き取った)。
痛みの点数がそろっていたのは68人中56人、歩行測定とMRIがそろっていたのは49人だった。

キク歩くときのつま先の角度を本当に調整した人と、ふりだけの調整をした人では、膝の痛みの減り方はどれくらい違ったんだろう?
痛みは偽の調整より1.2点多く減った
痛みの点数(0〜10の11段階の自己申告)は、1年後までに本物の調整のグループで2.5点、偽の調整のグループで1.3点下がった。
差は1.2点(95%信頼区間 −1.9〜−0.5、P=0.0013)で、本物の調整のグループのほうが大きく減った。
痛みが1点以上減った人の割合を調べた探索的な解析では、本物の調整のグループが91%(34人中31人)、偽の調整のグループが66%(34人中22人)だった。
論文は、痛みの改善の効果量(標準化平均差)0.53を、別の研究で推定されている非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の0.31、オピオイドの0.27と並べ、似た大きさだとしている。
ウルリッチ氏はプレスリリースで、次のように説明している。
「偽の調整のグループと比べた痛みの減り方は、イブプロフェンのような市販薬と、オキシコンチンのような麻薬性鎮痛薬から期待されるものの、ちょうど間くらいでした」
ただし、これは本試験のなかで薬と飲み比べたわけではなく、別々の研究で得られた推定値どうしを並べた「参考比較」だ。
数値だけを見ると0.53は0.31や0.27より大きいが、それで優劣をつけることはできない。
「市販薬に勝った」といった直接対決の話ではない点は、はっきり押さえておきたい。
偽の調整を受けたグループでも、痛みの点数は1.3点下がっていた。
論文は、決まった歩行プログラムの効果、バイオフィードバックを受けたこと自体のプラセボ効果、平均への回帰が重なったためとみていて、とくにプラセボ効果と平均への回帰が大きかったようだと述べている。
研究チームが偽の調整のグループとの差で効果を測っているのはこのためで、歩き方の調整そのものの効果は、この差のぶんにあたる。
また、歩き方の指導をした研究者はどちらの群かを知っていて、痛みの点数を集めたのも同じ研究者だったため、結果に偏りが入った可能性があると論文は書いている。
ただし、盲検で測った膝への負荷、MRIのT1ρ、WOMACの痛みの点数も、同じ方向の差を示した。
MRIが映した軟骨のすり減りの差
研究チームは、試験の前後に膝のMRIを撮り、軟骨の状態を調べた。
膝の内側にある大腿骨の軟骨で、1年間のT1ρ(軟骨の変性が進むと大きくなるMRIの値)の増え方は、本物の調整のグループのほうが偽の調整のグループより3.74ミリ秒小さかった(95%信頼区間 −6.42〜−1.05ミリ秒)。
痛みだけでなく、軟骨の微細な構造の変化にも差が出た可能性がある。ただし、軟骨を評価するもう一つの指標のT2では、両グループに統計的な差はなかった。
T1ρが変化した生化学的な理由は、さらに研究が必要だと論文も書いている。「軟骨の保護効果が完全に証明された」とまでは言えない。
プレスリリースによると、歩き方を変えるという生体力学的なやり方が、変形性膝関節症の症状を改善し、関節の傷みを遅らせる可能性があると偽治療との比較で示した試験は、これが初めてだという。
安全面では、重い有害事象はなかった。ただし、痛みが強まって試験をやめた人が、本物の調整のグループで34人中2人(6%)、偽の調整のグループで34人中1人(3%)いた。





つま先の角度を調整した人は、ふりだけの人より痛みだけじゃなく膝の軟骨にも差が出た可能性があるけど、軟骨を守れると証明されたわけじゃないんだね。
なぜ足の角度で膝の負担が変わるのか
膝の内側にかかる負担がカギ
歩くときに膝にかかる圧縮の力が大きいほど、変形性膝関節症は進みやすい。論文によると、歩行中の圧縮の力の約70%は膝の内側の区画にかかり、内側だけに起こる膝関節症は、外側だけの場合の3倍多い。
膝の内側と外側への荷重の配分は、膝内転モーメントという値で見積もられる。そのピークを小さくすると、荷重が内側から外側へ移る。
研究チームは、このピークを最も減らせる角度を一人ずつ選んだ。
つま先の向きを変えると、この値を下げられる。最初の調整のとき、本物の調整のグループは膝内転モーメントのピークを平均13.5%減らした。
ただし、この減り方は1年後には一部だけが保たれていた。


つま先を5度か10度、内か外に向ける個別調整
変える角度は5度か10度で、内向きか外向きかは人によって違った。
本物の調整のグループ34人のうち、10度内向きが22人(65%)、5度内向きが6人(18%)、5度外向きが1人(3%)、10度外向きが5人(15%)だった。
最初の2回の通院で、参加者は膝のMRIを撮り、圧力を測れるトレッドミルの上を歩いた。
その動きをモーションキャプチャーのカメラで記録し、内向きか外向きか、5度か10度か、膝の負担が最も減る角度を一人ずつ決めていった。
全員に同じ角度を指示する方法との違い
「これまでの試験は全員に同じ介入を指示していたので、関節への負荷が減らない人や、むしろ増えてしまう人が出ていました。私たちは一人ひとりの新しい歩き方を個別に選ぶ方法をとり、それで膝の負荷をどれだけ減らせるかが改善し、見られた痛みと軟骨への良い効果にもおそらくつながったのだと思います」とウルリッチ氏は話している。
研究チームは、負荷を減らせない人まで含めていたことが、過去の試験で痛みへの効果がはっきりしなかった理由の一つかもしれないとみている。
実際、事前の歩行検査で、どの角度でも膝内転モーメントのピークを減らせなかった人は、試験の対象から外された。107人が最初の歩行分析を受け、そのうち27人(25%)がこの理由で除外された。
また、BMI(体格指数)が35以上の人や、X線で膝の変形が重いと判定された人も対象外だった。
つまりこの結果は「測定で効果が見込めると確認された、軽度から中程度の人」についてのもので、重い肥満や進行した変形性膝関節症の人に当てはまるかは分からないと論文は書いている。
歩き方を身につける訓練と、実用化への課題
すねの振動が正しい角度を教える
角度が決まったあとは、新しい歩き方を体にしみ込ませる番だ。両方のグループの参加者は、6週間にわたって週1回、計6回通院し、トレッドミルの上で歩くトレーニングを受けた。
このとき、すねに付けた装置が振動で知らせ、目標の角度を保つように促した。
6週間の訓練のあとは、1日20分以上その歩き方を練習するよう勧められた。追跡の来院では、参加者は平均して指示された角度から1度以内に収まっていた。



じゃあ自分でつま先を内に向けて歩いてみても、いいのかな?
なぜ「自分で試す」のは危険なのか
ここで大事な注意がある。これは「とりあえずつま先を内に向ければいい」という単純な話ではない。
人によっては間違った向きに変えると、膝の痛む場所への負担がかえって増えてしまう。だからこそ、専門の機器を使った正確な測定と個別化が欠かせない。
自己流でまねるのは勧められない。
スマホと「スマートシューズ」で広がる未来
今の方法には課題もある。角度を決めるためのモーションキャプチャー装置は高価で、測定にも時間がかかる。このままでは、どこの病院でも気軽に使えるとはいえない。
そこでチームが描くのは、スマートフォンの動画や、センサーを組み込んだ「スマートシューズ」を使う未来だ。
論文によると、チームはその後の研究で、スマートフォンの動画から、歩き方の変更が膝内転モーメントをどう変えるかを検出できることを示している。
センサーを組み込んだ靴なら、日常の生活のなかでも足の角度のフィードバックを出せるという。ただし、実生活での最適化と臨床での評価がまだ必要だと論文は書いている。
ある参加者は「薬を飲む必要も、装置をつける必要もない。もう自分の体の一部で、これから先ずっと続くものなので、とてもうれしい」と語ったという。
変形性膝関節症は人工関節の手術に至る何十年も前から始まることが多い。
今回の試験の参加者は平均64歳ほどだった。
ウルリッチ氏は「とくに30代、40代、50代の人にとって、変形性膝関節症は、人工関節を勧められるまで何十年も痛みの管理を続けることを意味しかねません。この介入は、その大きな治療の空白を埋める助けになるかもしれません」と話している。
ただし若年層での効果は今回の試験では確かめられておらず、あくまで今後への期待にとどまる。
研究チームによれば、どの歩き方が誰に最も効くのかは今も活発に調べられている最中で、広く実用化するにはさらなる試験が必要だという。
膝に痛みがあるときは、自己流で歩き方を変える前に、まず医師に相談することが大切です。
参考文献:
Uhlrich, S.D., et al. (2025). 『Personalised gait retraining for medial compartment knee osteoarthritis: a randomised controlled trial』. The Lancet Rheumatology, 7(10), e708-e718. DOI: 10.1016/S2665-9913(25)00151-1 (臨床試験登録: NCT02767570)
論文本文(PubMed Central)
Scientists discover simple way to relieve arthritis pain without pills or surgery (ScienceDaily)









