アルツハイマー病で脳にたまる毒性タンパク質「アミロイドβ」を、脳の外へ押し出す仕組みそのものを修理する——そんな新しい発想の研究が報告された。
銅の化合物Cu(ATSM)を使い、アルツハイマーモデルのマウスで、大脳皮質のアミロイドβ42を減らし、迷路テストの成績を改善させたという。
論文は2026年、学術誌ACS Chemical Neuroscienceに掲載された。
最初にはっきりさせておきたいのは、これはマウスを使った動物実験(前臨床研究)であり、ヒトで効果や安全性が確かめられた段階ではない、という点だ。
「記憶が44%回復」という数字は、バーンズ迷路という行動テストで、マウスの学習と長期の空間記憶が43.8%改善したことを指す。
人の記憶が回復したわけではない。
アルツハイマーで詰まる脳の「ゴミ捨て道」

アミロイドβが脳から運び出される仕組み
アルツハイマー病では、脳にアミロイドβという毒性タンパク質がたまる。
通常、このタンパク質は血液脳関門を通って脳から血液中へ運び出される。
ところがアルツハイマー病では、この運び出しを担うポンプの働きが大きく落ち、アミロイドβが脳にたまっていくという。
今回の研究は、この運び出しを担うポンプを増やして、アミロイドβを減らせるかを調べたものだ。
キクアミロイドβを脳から運び出すポンプって、いったいどんなものなんだろう?
血液脳関門のP-gpポンプとは
血液脳関門は、脳と血管の境にある仕組みだ。P-gpは、そこでアミロイドβを脳から血液側へ運び出すのを助けるポンプ(輸送体)で、アルツハイマー病ではその量や働きが落ちうるとされる。
研究チームは、銅の化合物Cu(ATSM)でP-gpの量を正常に近い水準に戻し、より多くのアミロイドβを脳の外へ汲み出させることをねらった。
銅化合物Cu(ATSM)が排水ポンプを増やす


研究チームと主な結果
論文の筆頭著者はモナッシュ薬学研究所(MIPS)のジェイ・ピャン博士、責任著者は同研究所のジョセフ・ニコラッツォ教授だ。
メルボルン大学の研究者とも共同で、銅と「ATSM」と呼ばれる有機分子を組み合わせた化合物Cu(ATSM)を試した。
Cu(ATSM)は、脳に入ることが知られている銅の化合物だ。投与したマウスでは、脳の微小血管を多く含む画分で銅の濃度が上がっていた。
10か月齢のAPP/PS1マウスでは、溶媒だけを与えた群に比べ、Cu(ATSM)を与えた群で脳の微小血管のP-gpの量が24.1%戻った。
ピャン博士は「Cu(ATSM)がアルツハイマー病のモデルでP-gpの排出ポンプの量を24.1%増やせることを示した、初めての研究だ。血液脳関門の修復を、有害なタンパク質の減少と認知機能の改善に結びつけている」と述べている。
56日で大脳皮質のAβ42が42%減 迷路成績は44%改善(マウス)
10か月齢のAPP/PS1マウス(家族性アルツハイマー病のモデル)に、Cu(ATSM)を体重1キロあたり1日30ミリグラムの量で56日間投与した。
その結果、溶媒だけを与えた群に比べ、大脳皮質のヒトAβ42の濃度は42.1%下がり、バーンズ迷路で調べた学習と長期の空間記憶は43.8%改善した(p = 0.0087)。
「ポンプを改善することで、脳はようやく、閉じ込められていた老廃物を排出できる。56日間で、この治療は有害なアミロイドβを42%減らし、空間学習を44%近く改善した」とピャン博士は述べている。
一方で、印をつけたアミロイドβを脳に入れて、外へ出ていく速さを直接測った実験では、改善は11.9%にとどまり、統計的にはっきりした差とは言えなかった。
ただし、これはマウスでの結果であり、ヒトで同じことが起こるかは別問題だ。
用量もマウスの体重換算値であって、人にそのまま当てはめられる数字ではない。




人への応用に向けた期待と、まだ埋まらない距離
別の病気での臨床試験が進んでいる強み
Cu(ATSM)は、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)を対象にヒトでの臨床試験が行われてきた化合物だ。
ニコラッツォ教授は、ほかの神経疾患で安全性の試験をすでに受けているため、ヒトでの研究に比較的早く進める可能性があるとしている。
試験の中身は病気によって違う。パーキンソン病では、31人を対象にした第1相の用量漸増試験が完了している。
ALSでは、プラセボと比べる第2/3相の試験が登録されている(80人を目標、登録情報上の状況は「不明」)。
ALS患者の死後の脳を調べた小規模な解析では、CuATSMを使った6例と使わなかった6例で、運動神経細胞の密度やTDP-43の蓄積に有意な差はなかった。
マウスで有望でも、人で同じ結果になるとは限らない。
「アミロイドの負荷を減らすことが機能的な転帰を改善するのは臨床的に証明されているため、今回の前臨床の結果は、症状が出始めた早期のアルツハイマー病でこの薬を試す根拠を強く支えている」とニコラッツォ教授は述べている。
論文は、銅の利用可能量が上がっても毒性は起きにくいと見ている。そのうえで、今後の研究では臓器毒性の指標や、銅に依存する酵素・酸化ストレスの検査も入れて、利益とリスクを評価すべきだとしている。
マイクログリアも動かす可能性
Cu(ATSM)の効果は、P-gpポンプを増やすだけにとどまらないかもしれない。研究チームは、この銅化合物が脳の免疫細胞であるマイクログリアの働きも活性化している可能性がある、と見ている。
マイクログリアは、アミロイドのかたまりを取り込んで分解する免疫細胞だ。
ただしこれは「可能性がある」という推測の段階だ。
今後の課題は、アミロイドβが脳から血液へ出ていく経路を正確に突き止めることだという。



銅の化合物が、脳の免疫細胞のマイクログリアも活性化しているかもしれないけど、それはまだ推測の段階なんだね。
参考文献:
Pyun, J., Noor, A., Runwal, P., et al. (2026). Cu(ATSM) Restores Blood–Brain Barrier Abundance of P-Glycoprotein and Improves Cognitive Function in the APP/PS1 Mouse Model of Alzheimer’s Disease. ACS Chemical Neuroscience. DOI: 10.1021/acschemneuro.6c00252
モナッシュ大学の発表(ScienceDaily転載): Copper drug clears toxic Alzheimer’s proteins and restores memory
臨床試験登録: NCT03204929(パーキンソン病)、NCT04082832(ALS)
ALS患者の死後脳の解析: Yang et al. (2023) Neuropathol Appl Neurobiol









