2026年6月、スイスのジュネーブで開かれたヨーロッパ神経学アカデミー(EAN)の学会で、コペンハーゲン大学病院リグショスピタレットとデンマーク工科大学のチームが、脳損傷でICUに入った意識障害の患者250人を調べた研究を報告した。
光を消した後に瞳孔が広がる反応(光オフ応答)のうち、遅い成分の潜時が、7日後の意識の改善を予測したという。
これは患者を前向きに追いかけた観察研究(コホート研究)の学会抄録で、査読を経た論文としてはまだ出ていない。
そもそも脳の意識回復はなぜ予測しにくいのか
意識が戻るかを見通す難しさ
頭のけがや、脳出血、心停止などで脳に重いダメージを受けた人は、呼びかけにほとんど反応しない状態になることがある。
こうした状態をまとめて意識障害と呼ぶ。
EANの発表は、重い脳損傷のあとに意識が戻るかどうかを予測することは、集中治療で今も最も難しい課題の一つだとしている。
これまでの瞳孔検査が見落としていたもの
ICUではすでに、自動瞳孔計で瞳孔の反応を測ることが広く行われている。よく使われるのは、光を当てたときの縮み方から計算する神経学的瞳孔指数(NPi)と、光に対する反射(対光反射)の潜時だ。
NPiは0(反応なし)から5(正常)までの数値で表され、3以上が正常の範囲とされる。
ただ、こうした指標はおもに光に対する瞳孔のその場の反応をとらえたもので、その先の回復についてわかることは限られる、と発表は説明している。
今回の報告でも、NPiと対光反射の潜時は、7日後の意識の改善を予測しなかった。これらの値は、損傷後の早い時期には正常の範囲にあったという。
研究チームが注目したのは、光を消した「後」に瞳孔が見せる動きだった。
カギは「光がなくなった後」の動き
瞳孔は光を当てると縮む。これが対光反射だ。強い光をしばらく当ててから急に消すと、今度は瞳孔が広がる。これを光オフ反射(光オフ応答)という。
暗さへの瞳孔の反応は肉眼では見えず、赤外線で動きを記録する装置が必要になる。
研究チームは、1回の測定から光オフ応答を早い成分と遅い成分に分けた。主な指標にしたのは、光を消してから3秒以上たって起きる遅い拡大で、瞳孔が50%広がるまでの時間だ。
これを遅い光オフ応答(late light-off response、LOR)の潜時と呼び、年齢と性別をそろえた健康な人30人の値で補正した。
チームの先行研究によると、対光反射はおもに副交感神経の働きを映すのに対し、光オフ反射には交感神経と副交感神経の両方が関わる。
そのため脳損傷のあと、自律神経や脳のより高次の働きについて、対光反射より多くの情報を与える可能性があるという。
同じ患者集団を使った別の抄録は、対光反射と遅い光オフ応答が、損傷後の早い時期の「脳幹と覚醒のネットワーク」の働きの別々の面を映していると結論している。
ただし、光オフ反射が通る神経の経路は、まだ完全にはわかっていない。
たった13秒で何を測るのか
ベッドサイドで使える自動瞳孔計
測定には、手で持つ自動瞳孔計を使う。今の瞳孔の測定とほぼ同じやり方で測れる、とライガード医師は説明している。
検査にかかるのは片目あたり13秒だ。ライガード医師は「検査全体が片目13秒で済むので、ベッドサイドで手早くできる実用的な方法で、ICUの日常のケアに組み込める可能性がある」と話している。
ICUの患者250人を最長20日間追った観察研究
筆頭著者は、コペンハーゲン大学病院リグショスピタレット神経内科のポール・ライガード医師で、シニア著者は同じ神経内科のダニエル・コンジエラ教授だ。
デンマーク工科大学の応用数学・計算機科学の研究者も加わった。
対象は、外傷または外傷以外の原因で脳に損傷を受け、意識が低下した状態でICUにいる患者250人だ。比べるために、年齢と性別をそろえた健康な人30人も測った。
患者をあらかじめ決めた方法で追いかけていく前向きのコホート研究で、治療を割り付けて比べる試験ではない。
患者には、ICUにいる間の最長20日間、毎日この瞳孔検査と神経学的な診察を行った。
意識の程度は、FOUR(Full Outline of UnResponsiveness)スコアという点数で評価した。
7日後の意識の改善との関連をどう読むか
7日後のFOURスコアで改善を見た
研究チームは、ある日の瞳孔の値が7日後のFOURスコアを予測するかどうかを、混合効果モデルという統計の方法で調べた。
ICUに入ってからの日数、最初のFOURスコア、損傷からの時間、鎮静、損傷の原因の影響を差し引いて解析している。
抄録は7日後を「臨床的に意味のある追跡の間隔」の一つとしているが、なぜ7日にしたのかは書いていない。
どんな患者で関連が強かったのか
鎮静を受けていない患者で関連が強かった
解析の結果、遅いLOR潜時は、最初のFOURスコアや損傷からの時間を考えに入れても、7日後のFOURスコアの改善を予測した。
発表によると、鎮静や損傷の種類を考えに入れても、この関係は残った。
この関係がはっきりしていたのは、鎮静薬を使っていない患者と、心停止などで脳への酸素や血流が途絶えた低酸素性虚血性脳損傷の患者だった。
ただし、こうしたグループごとの結果は探索的な解析で、研究チームはより大きな研究で確かめる必要があるとしている。
鎮静薬の影響は、この分野の難しい問題だ。チームの先行研究は、意識障害の患者には鎮静薬や交感神経に作用する薬がよく使われ、どれも瞳孔の働きに影響しうると指摘している。
光オフ反射が見られないのは薬のせいか、脳の損傷のせいか、という問いも、先行研究で残された課題として挙げられていた。
注目されるのは、遅いLOR潜時が、同じ日の患者の反応の程度とは関係しなかった点だ。
同じ患者集団の別の抄録でも、対光反射の潜時は同じ日のFOURスコアと強く関係したのに、遅いLOR潜時は関係しなかった。
ライガード医師は「今の瞳孔の検査は、脳がその時点でどう反応しているかを教えてくれる。一方、遅い光オフ応答は、脳が回復する力の手がかりを与えてくれるかもしれない。この先の数日でどの患者がよくなりそうかを理解する助けになりうる」と述べている。
この報告が意味すること、しないこと
導入のしやすさ
必要な機器はすでに多くのICUにあるため、将来の研究で確かめられれば比較的導入しやすい、とライガード医師は説明している。
まだ言えないことのほうが多い
今回の発表は学会の抄録で、論文として査読を経たものではない。抄録には、感度や特異度といった、予測がどれくらい当たるかを示す数値は出ていない。
示されたのは、統計モデルの中で遅いLOR潜時が7日後のFOURスコアの改善と関係していたということだ。一人ひとりの患者が目を覚ますかどうかを13秒で言い当てられる段階ではない。
シニア著者のコンジエラ教授は「これは重要な観察で、さらに調べる価値がある」としたうえで、ベッドサイドの日常的なモニタリングや予後の判断に使えるかを決めるには、より大きな多施設の研究が必要だと述べている。
また今回の解析は7日後の変化までで、その先の長い経過はこの抄録からはわからない。
チームは2024年に発表した先行研究で、意識障害の患者50人と健康な人50人を比べ、光オフ反射の大きさが意識のレベルと強く関係していた(相関係数0.62)と報告している。
このとき、反応のない患者25人のうち21人は対光反射が保たれていたが、光オフ反射まで十分に保たれていたのは7人だけだった。
今回の報告は、対象を250人に広げ、毎日の測定と数日後の変化との関係を調べたものだ。
まだ確定じゃないけど、こういう手がかりが増えていくのは希望が持てるね
そうなんだよ。過度に期待しすぎず、でも検証の行方を見守りたい研究だね
参考文献:
European Academy of Neurology Congress 2026 (Abstract A-26-17842, 学会報告・査読前)
EAN 2026 Abstract Book (European Journal of Neurology, Vol.33 Suppl.1)(OPR-061: Laigaard P, … Kondziella D. Pupillary light-off latency predicts 7-day improvement in consciousness in patients with acute disorders of consciousness)
プレスリリース: 13-second eye test may help predict recovery of consciousness after severe brain injury(EAN、2026年6月28日)
先行研究: Zarifkar P et al. The Pupillary Light-Off Reflex in Acute Disorders of Consciousness(Neurocritical Care, 2025, DOI)
出典: European Academy of Neurology (ean.org) 公式 / 学会抄録の段階で、論文としては未発表









