はかせ、手術で麻酔をかけられると、脳はどうなっちゃうの?
それが、まだ分かっていないことが多いんだ。人から小さな虫までの脳を比べた研究が出たから、いっしょに見てみよう。
全身麻酔は、手術などに欠かせません。麻酔薬にはいくつもの種類があり、脳への効き方もそれぞれ違います。それなのに、どの薬も「周りへの反応が鈍くなる」という同じ結果をもたらします。
では、効き方の違う薬が、なぜ同じ状態にたどり着くのでしょうか。理化学研究所と東京都立大学などの国際共同研究グループは、ヒトから線虫まで6種の脳の活動を同じ物差しで比べました。すると麻酔中の脳では、活動が長続きしにくくなり、場所どうしの足並みもそろいにくくなっていました。この変化は、種や薬、測り方が違っても共通していたといいます。
成果は2026年9月29日付で、学術誌『Nature Neuroscience』のオンライン版に掲載されました。
効き方の違う麻酔薬が、同じ状態を生む
麻酔薬の効き方は、薬によってかなり違います。プロポフォールやセボフルランは、神経の活動を抑える薬です。一方のケタミンは、神経の興奮を伝えるNMDA受容体の働きを妨げます。
しかも、麻酔が効くのは人だけではありません。これまでの研究で、霊長類から線虫まで、麻酔薬で動きが抑えられて周りとやりとりできなくなることが知られています。2019年に発表された総説は、麻酔薬がゾウリムシや植物から霊長類にまで効くことを紹介しています。同じ総説は、意識がなくなることを麻酔の一番の特徴とみなせるのは、一部の生き物だけだとも書いています。そこで総説は、生き物が周りの世界から切り離されることを、種を超えた麻酔の定義にしようと提案しました。
これまでの研究の多くは、ひとつの種とひとつの麻酔薬だけを調べ、測る特徴も少数に絞っていました。そのため、違う麻酔薬がなぜ種を超えて同じ脳の状態をもたらすのか、全体像は見えていなかったのです。
ヒトから線虫まで、6種のデータを集める
調べた生き物は、ヒト・マカク・マーモセット・マウス・ゼブラフィッシュ・線虫の6種です。マカクとマーモセットは、どちらもサルの仲間です。哺乳類の4種はfMRIを使い、脳の血流の変化から活動を読み取りました。ゼブラフィッシュと線虫では、神経が活動したときのカルシウムの変化を光で見るカルシウムイメージングを使っています。
- ヒト15人:吸入麻酔薬セボフルランで深く麻酔した状態と、ふだんの状態
- マカク5頭:セボフルラン・プロポフォール・ケタミン
- マーモセット4頭:イソフルランなど
- マウス43匹:ハロタン、またはメデトミジンとイソフルランの併用
- ゼブラフィッシュの幼生7匹:トリカイン
- 線虫10匹:イソフルラン
このうちゼブラフィッシュは今回新たに測ったデータで、ほかは以前に発表されたデータを解析し直しています。麻酔の条件は全部で7通りあり、働き方の違う薬がそろっています。進化の歴史でいえば、7億年もの幅にまたがる顔ぶれです。測る範囲も、神経細胞ひとつのカルシウムの動きから脳の領域まるごとの血流までと、大きさにして9桁の開きがあります。
6,827通りの物差しで総当たりにする
研究グループが使ったのは、hctsaという解析の道具です。信号の形を数字で表す方法を、生物学だけでなく物理学や工学、経済学からも集めてあります。今回は、すべての脳の場所と神経で計算できた6,827種類の特徴を使いました。あらかじめ「ここが変わるはず」と的を絞らず、総当たりで調べたわけです。
残す特徴の基準は、厳しく決められました。どれかひとつのデータのどれかひとつの比較で変わる向きが食い違えば、その特徴は外します。比べた組み合わせは15通りで、偶然だけで全部の向きがそろう確率は約0.00006です。偶然なら、16,384個の特徴を調べてやっと1個出る計算になります。
結果は、485種類の特徴がすべての比較で同じ向きに変わっていました。麻酔による変化のパターンは種や薬が違ってもよく似ていて、相関の平均は0.86でした。
麻酔中の脳では、活動の「余韻」が短くなる
少し前の活動が、すぐに消える
485種類の特徴の中で目立ったのは、信号の「自己相関」と「予測の誤差」に関わるものでした。自己相関は、少し前の値と今の値がどれくらい似ているかを表します。麻酔中は、この自己相関が下がっていました。過去の値から先の値を予測したときの外れ方も、麻酔中は大きくなりました。論文は、麻酔が神経活動の過去と未来のつながりを壊すように見える、と書いています。
6種すべてで「時間スケール」が縮む
そこで研究グループは、「内在的神経時間スケール」という指標を測りました。この指標は、神経活動が少し前の状態の影響をどれだけの時間持ち続けるかを表します。麻酔中は、この時間スケールが6種すべてで短くなっていました。もともと時間スケールが長い場所や神経ほど、縮み方も大きくなりました。
これまでの研究では、自発的な神経活動の自己相関は、情報がその場所にどれだけ長くとどまるかを表すと解釈されてきました。論文は、麻酔でこの時間スケールが縮むと情報がその場に残りにくくなり、情報をまとめる時間の窓も短くなるとみています。
脳の場所どうしの足並みもそろわない


変化は、ひとつひとつの場所の中だけにとどまりませんでした。種や麻酔薬を超えて、麻酔は脳の場所どうしの活動のタイミングをばらばらにしていました。
論文は、この関係を職場にたとえています。似た仕事をしている同僚は、同じ時間帯に働くことが多い、という見方です。脳でいえば、似た動きをする場所どうしは、同じタイミングで活動しやすいということになります。ところが麻酔中の脳では、似た動きの場所どうしでもタイミングがそろわなくなり、連携が失われていました。
研究グループは、活動が長続きせず、場所どうしの連携も弱まるこの状態を「神経活動の時空間的孤立」と名づけました。時間の上でも空間の上でも、それぞれの場所の活動がひとりぼっちになる、という意味合いです。
視床を刺激して目覚めると、変化は逆向きに
2022年に発表された研究では、麻酔をかけたサルの視床の中央付近を電気で刺激すると、刺激のオンとオフに合わせて目を覚ましました。同じ研究で、対照として視床の別の場所を刺激しても、こうした効果は出ませんでした。この以前の研究の記録では、中心正中核を5ボルトで刺激すると、麻酔中のマカクの行動の点数が11点中9点まで戻っていました。
今回の研究は、このときのマカク2頭のデータを解析し直しました。刺激で目覚めたとき、麻酔で縮んでいた時間スケールは再び長くなりました。場所どうしのやりとりも、麻酔のときとは逆の向きに変わりました。反応が戻らない対照の場所を刺激したときには、こうした変化は見られませんでした。時間スケールの変わる向きは、行動として反応できるかどうかと一緒に動いていたのです。
仕組みの手がかりは、遺伝子と脳のモデルから
研究グループは、仕組みの手がかりも探しました。哺乳類4種に共通する、脳に関わる23の遺伝子について、大脳皮質のどこでよく働いているかの分布を調べています。すると、麻酔による変化の分布は、興奮や抑制を伝える仕組みに関わる遺伝子の働き方と一緒に変わっていました。少なくともげっ歯類と霊長類では、この遺伝子の働きの傾きも共通していました。これは場所ごとの分布が似ているという関係で、遺伝子が変化を起こしたと直接示したものではありません。
次に使ったのが、コンピューターの中で脳全体の活動をまねるモデルです。このモデルは以前に発表されたもので、今回は値の合わせ込みをせず、そのまま使っています。まず、GABAの働きを強める麻酔薬をまねたモデルでは、麻酔を「抑制のシナプスの電流が長引く」変化として表します。その結果、実際のデータで共通して変わった485種類のうち461種類、割合にして95%が同じ向きに再現されました。ケタミンのような薬をまねた別のモデルでも、90%を超える変化が再現されています。
まだ分からないこと
2018年に発表された別の研究では、深い全身麻酔の人や意識障害の患者で、fMRIの時間スケールが短くなることが報告されていました。同じ研究では、プロポフォールで軽く鎮静しただけの段階だと、自己相関などはむしろ上がっていました。今回の結果は、深い麻酔についてのこの報告と同じ向きです。
弱いところもあります。違う種や違う測り方のデータを合わせるのは、測定や下ごしらえの方法が違うため難しい、と論文自身が認めています。種や麻酔薬による違いもはっきりありました。マウス・ゼブラフィッシュ・線虫では変化が全体に大きく出ましたが、論文は、これらのデータが時間や空間をより細かく測っていることも関わっているかもしれないとしています。データの多くは以前に発表されたものの再解析で、ヒトのデータは健康な成人男性に限られます。
活動が「孤立」するという見方も、論文は推測として書いていて、狙いを定めた実験でさらに確かめる必要があるとしています。研究グループは、この「孤立」が、周りに反応できなくなった脳の状態を表す目印のひとつになる可能性があるとみています。
麻酔の脳って、ただ活動が弱まっているだけじゃないんだね。
人でも線虫でも、同じ向きに変わっていたんだ。ただ、仕組みはまだ確かめている途中だよ。
線虫とヒトの脳は、形も大きさもまるで違います。それでも同じ物差しを当てると、麻酔で同じ向きの変化が並んだところに、この研究の強みがあると思います。この物差しを眠りや病気の脳に当てたら何が見えてくるのか、次の研究が待ち遠しくなります。


参考文献:
一次ソース: Luppi AI, Uhrig L, Tasserie J, et al., Comprehensive profiling of brain dynamics during anesthesia across phylogeny(Nature Neuroscience, 2026)DOI:10.1038/s41593-026-02460-4
研究機関: 理化学研究所 脳神経科学研究センター、東京都立大学、オックスフォード大学ほか / 発表: 麻酔がもたらす脳の「時空間的孤立」(理化学研究所・東京都立大学、2026年10月8日)
紹介した別の研究: Tasserie J, et al., Deep brain stimulation of the thalamus restores signatures of consciousness in a nonhuman primate model(Science Advances, 2022)DOI:10.1126/sciadv.abl5547
Kelz MB, Mashour GA, The Biology of General Anesthesia from Paramecium to Primate(Current Biology, 2019)DOI:10.1016/j.cub.2019.09.071
Huang Z, et al., Timescales of Intrinsic BOLD Signal Dynamics and Functional Connectivity in Pharmacologic and Neuropathologic States of Unconsciousness(Journal of Neuroscience, 2018)DOI:10.1523/jneurosci.2545-17.2018










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