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飼い猫のがんを約500匹分調べたら、人のがんと似た遺伝子の変化が多かった

2026 10/02
生き物・自然
2026年5月25日2026年10月2日
暗い背景に写る白黒の長毛の猫
🕑この記事は約10分で読めます

編集・パクト

この研究は2026年2月19日、科学誌『サイエンス』に発表された。

飼い猫493匹の腫瘍と正常組織の組を、13種類の腫瘍にわたって調べたもので、ウェルカム・サンガー研究所によると、猫の腫瘍の遺伝子をこの規模で調べたのは初めてだ。

研究の中心は、獣医の診断のために採られていた組織の遺伝子解析で、薬の効き方は培養した腫瘍(オルガノイド)で試した。

猫や人に薬を投与した試験ではない。つまり、これは「猫が人のがんを治す」という話ではない。

猫のがんの遺伝子の変化に人のがんと似たところが多く、互いの研究の手がかりになりうる、という段階の成果だ。

目次

飼い猫のがんに隠れていた、人間との共通点

暗い背景に写る白黒の長毛の猫

世界5カ国・約500匹の腫瘍を解析

猫は身近なペットだが、そのがんがどんな遺伝子の変化で起きるのかは、ほとんどわかっていなかった。

論文によると、がんは猫の病気と死の主な原因の一つなのに、猫の腫瘍の遺伝子を次世代シーケンサーで調べた報告は数えるほどしかなく、どれも少ない例数で、1種類の腫瘍だけを扱っていた。

今回、研究チームは5カ国から集めた飼い猫493匹の腫瘍を調べた。使ったのは、獣医が診断のために採ってホルマリンで固定し、パラフィンに埋めて保存していた組織だ。

獣医病理の専門医が診断を確かめたうえで、腫瘍の部分と正常な部分を選んでDNAを取り出した。

調べたのは、人のがんに関わる遺伝子1039個のうち猫にも対応する978個で、腫瘍の組織と正常な組織を比べて、腫瘍だけに起きた変化を探した。

調べた腫瘍は、皮膚の扁平上皮がん62例、肺腺がん57例、リンパ腫51例、乳腺がん47例、口の扁平上皮がん42例、肥満細胞腫41例、基底細胞がん40例など13種類で、脳の神経膠腫は7例と少なかった。

猫の年齢の中央値は11歳で、品種は雑種の短毛猫が73.1%を占めた。

この研究は、ウェルカム・サンガー研究所、カナダのゲルフ大学オンタリオ獣医科大学、スイスのベルン大学、米コーネル大学獣医学部などの国際チームによるものだ。

責任著者はサンガー研究所のルイーズ・ヴァン・デル・ワイデン博士で、ゲルフ大学のジェフリー・ウッド教授とベルン大学のスフェン・ロッテンベルク教授が共同責任著者を務めた。

筆頭著者はサンガー研究所のベイリー・フランシス氏ら3人だ。

人のがんと共通するドライバー遺伝子

解析の結果、猫の腫瘍から、がんの発生を後押しするドライバー遺伝子が31個見つかった。

このうちTP53、CTNNB1、PTEN、TRAF3、FBXW7の5個は複数の種類の腫瘍でドライバーになっていたが、多くは特定の腫瘍だけのものだった。

最も多く変異していたのはTP53で、猫の腫瘍全体の33%に変異があった。これは人のがん全体の報告(34%)とほぼ同じ割合だ。

遺伝子の数の変化では、MYCの増加と、PTENやFASの欠失がそれぞれ約20%の腫瘍に見られた。

サンガー研究所の発表によると、人のがんのドライバー変異との共通点は、血液、骨、肺、皮膚、消化管、中枢神経系の腫瘍でも見られた。

皮膚の扁平上皮がんでは、62例中34例(52%)に紫外線によってできる変異のパターンが見つかった。人の皮膚がんで紫外線と結びつけられているのと同じパターンだ。

ただし、すべてが同じではなかった。人のがんの約25%に見られるRAS遺伝子の活性化変異は、猫ではどの腫瘍でもドライバーになっていなかった。

大腸がんのAPC、膵臓がんのCTNNB1、乳腺がんのFBXW7のように、変異の頻度が猫と人で大きく違う遺伝子もあった。

キク

猫の乳腺がんだと、どの遺伝子の変異がいちばん多いんだろう?

カギを握る遺伝子「FBXW7」

腫瘍の種類ごとに見ると、別の遺伝子も目立つ。猫の乳腺がんでは7つのドライバー遺伝子が見つかり、最も多かったのがFBXW7だった。

論文では、乳腺がんの53〜72%でFBXW7に変異があった。ここで大事なのは、FBXW7が腫瘍全体で最多だったのではなく、乳腺がんの中で最多だったという点だ。

サンガー研究所は、猫の乳腺がんをよくある悪性度の高いがんだと説明している。

サンガー研究所の発表は、人の乳がんでもFBXW7の変化は予後の悪さと関係していて、猫で見られたことと重なると説明している。

一方で論文の比較では、乳腺がんのFBXW7は、変異の頻度が猫と人で大きく違う遺伝子の例に挙げられている。

乳腺がんで2番目に多かったドライバー遺伝子はPIK3CAで、サンガー研究所によると猫の乳腺がんの47%に変化があった。

人の乳がんでもよく見られる変化で、人ではPI3K阻害薬の治療対象になっている。

論文は、PIK3CAに変異がある人の乳がんで承認された薬の組み合わせについて、猫でも有望かもしれないが、さらに評価が必要だと書いている。

TP53に変異があった腫瘍の割合を猫と人で比べた図
キク

猫の乳腺がんで変異がいちばん多い遺伝子はFBXW7で、PIK3CAという遺伝子の変化も47%にあったんだね。

なぜ猫が人間のがん研究の助けになるのか

人の膝に抱かれたトラ柄の猫

飼い主と同じ部屋で暮らすという強み

論文は、ペットのがんを調べることには、マウスなどげっ歯類のモデルにない利点があると書いている。ペットは飼い主と同じ環境にさらされ、糖尿病や心臓病のような、がん以外の似た病気にもかかる。

そして腫瘍は、遺伝的にさまざまな集団の中で自然に発生する。

このため研究チームは、がんのリスクの一部は飼い主と共通する環境から来ている可能性があると考えている。

ウッド教授は「家で飼うペットは私たちと同じ空間で暮らしているので、私たちと同じ環境の要因にもさらされている。このことは、猫と人でなぜがんが起きるのか、身の回りの環境ががんのリスクにどう影響するのかを理解し、予防や治療の新しい方法を見つける助けになるかもしれない」と話している。

キク

FBXW7に変異があるかどうかで、抗がん剤の効き方って変わるのかな?

培養した乳腺がんで抗がん剤の効き方を比較

研究チームは、治療につながりうる手がかりも調べた。猫の乳腺がんから作った3次元の培養腫瘍(腫瘍オルガノイド)のうち、FBXW7に変異がある3系統と変異がない3系統を比べた。

その結果、変異がある系統は、ビンクリスチンとビノレルビンという2つの抗がん剤に、より敏感に反応した。

ビンクリスチンで細胞の増殖を半分に抑える濃度は、変異なしの0.04226μMに対し、変異ありでは0.002895μMだった。

人の培養細胞を使った以前の研究とも合う結果だという。

ただし、これは6系統の培養腫瘍での実験だ。サンガー研究所も、臨床試験ではないと断っている。論文は、より多くの例で確かめる必要があるとしている。

生きた猫や人で同じ効果が出るかどうかは、まだわからない。

ベルン大学のスフェン・ロッテンベルク教授は「これだけ多くの提供された組織を使えたことで、腫瘍の種類をまたいで薬への反応を、これまでにない規模で調べられた。猫と人の両方で、いつか臨床につながってほしい新しい治療の候補を見つける強力な手段だ」と述べている。

人と動物をつなぐ「ワンメディシン」

この研究を支えるのが「ワンメディシン」という考え方だ。獣医学と医学の研究者が知識やデータを互いにやりとりし、人と動物の両方の健康を高めようという発想である。

論文は、ペットの腫瘍で見つかった変化を、人の薬のデータベースと照らし合わせた。

がんを起こす(またはその可能性が高い)変異が、治療の候補につながる遺伝子にあった腫瘍は、493例中67例(14%)だった。

肥満細胞腫の約40%に変異があるKITについては、犬用に承認された薬トセラニブが猫でも使われ、効果の報告があるという。

筆頭著者のベイリー・フランシス氏は「種をまたいでがんのゲノムを比べることで、がんの原因をより深く理解できる。大きな発見の一つは、猫のがんの遺伝子の変化が、人や犬に見られる変化の一部と似ていることだった。分野のあいだで知識とデータが行き交えば、みんなが恩恵を受けられる」と話している。

猫のがん医療にとっての次の一歩

実験台に並ぶ顕微鏡

犬に追いつく「精密腫瘍学」へ

犬のがんでは、腫瘍の遺伝子の特徴を調べて診断や治療に役立てる研究が、この10年で大きく進んだ。論文によると、遺伝子パネル検査が犬の予後の判断や治療の選択に役立つという予備的な証拠もある。

一方で猫は、その流れに大きく後れを取っていた。

ヴァン・デル・ワイデン博士は「これは猫の腫瘍学で最も大きな進展の一つで、猫の腫瘍の遺伝学はもう『ブラックボックス』ではない。これで、猫の精密腫瘍学に向けて次の一歩を踏み出せる。犬のがん、そしていつかは人のがんで使える診断や治療の選択肢に追いつくための一歩だ」と話している。

世界中で使える公開データに

サンガー研究所は、この研究で、今後の猫のがんのゲノム研究に誰でも使える資源ができたとしている。

腫瘍の種類ごとの生の配列データは欧州ヌクレオチドアーカイブ(ENA)で公開され、補足の表はFigshareで見られる。

研究は、EveryCat Health Foundation、英CVSグループ、ウェルカム・トラスト、カナダ自然科学・工学研究会議(NSERC)、スイス国立科学財団などの支援を受けた。

正常組織の解析からは、がんになりやすくする可能性のある生まれつきの変異も見つかった。493匹中20匹が、14の遺伝子のどれかにこうした変異を持っていた。

このうちCHEK2の1つの変異は4匹に見られ、人で病気の原因とされている変異と同じ位置にあった。

ただし論文は、猫の遺伝子変異の目録がまだ少ないことなどから、さらに確かめる必要があるとしている。

人から猫へ、猫から人へ

研究チームは、人でうまくいった治療をいずれ猫で試し、逆に猫の臨床試験で得た情報を人の臨床試験に役立てることもできるかもしれないとみている。

ただし、これはいずれも今後の検証を前提とした可能性の話で、すぐに実現する治療法ではない。

論文自身も限界を書いている。調べたのは、人のがんで知られた遺伝子の猫版約1000個だけなので、猫に特有のドライバー遺伝子があっても見つけられない。

また、乳腺がんは全例がメスで、神経膠腫は7例しかないなど、腫瘍の種類によって例数や偏りがある。

まとめると、猫493匹の腫瘍の解析で、TP53などのドライバー遺伝子に人のがんと共通する変化が多く見つかった。

一方で、RASのように猫と人で違う点もあった。FBXW7に変異がある乳腺がんが抗がん剤により敏感に反応したのは、6系統の培養腫瘍での結果だ。

猫や人の治療に役立つかどうかは、これからの研究で確かめる必要がある。

参考文献:
Francis, B.A., Ludwig, L., … van der Weyden, L. (2026). 『The oncogenome of the domestic cat』. Science, 391(6787), 793-799. DOI: 10.1126/science.ady6651
論文本文(著者最終稿): Europe PMC PMC7618901
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この記事の編集者

パクトのアバター パクト

科学メディア「シルミー」の運営者。子供の頃から宇宙や生き物の図鑑を読みあさり、大人になった今も科学ニュースを追いかける日々。海外の学術メディアから面白い研究を見つけて、日本語でわかりやすく届けることをライフワークにしています。

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