私たち人類は、どこから来たのか。その問いに答える手がかりは、地中に眠る化石の中にある。だが、何十万年も前の化石が「いつ」のものかを正確に知るのは、実はとても難しい。
モロッコのある採石場で見つかった人類化石が、この難題に鮮やかな答えを出した。決め手になったのは、なんと「地球の磁気」だ。
2026年1月、その成果が科学誌『ネイチャー』に発表された。
キク地球の磁気で、どうやって化石の年代が分かるんだろう?
約77万年前の顎の骨と、そのとき地球で起きていたこと
舞台は、モロッコのカサブランカ市内の南西部にある、トーマス採石場と呼ばれる採石場だ。ここの洞窟から、下あごの骨2つと多くの歯、いくつかの背骨などの化石が見つかった。
下あごの1つは、1歳半までに亡くなった子どものものだった。研究チームが突きとめたその年代は、77万3000年前(誤差は前後4000年)だ。
この「77万3000年前」という数字には、特別な意味がある。ちょうどこの時期、地球規模の大事件が起きていたのだ。
それが、地球の磁場の南北が入れ替わる「地磁気の逆転」である。最後にこの逆転が起きたのが、まさに77万年ほど前。
「松山・ブリュンヌ境界」と呼ばれ、地質学の世界では時間の目印として広く知られている。
研究チームは、化石を含む地層に、この磁気逆転の痕跡が刻まれていることを見つけた。つまり化石の持ち主は、地球のコンパスが北から南へとひっくり返る、まさにその混乱のさなかに生きていたことになる。
年代を、地球規模のはっきりした出来事に結びつけて特定できた。これが、この研究の大きな強みだった。ただ漠然と「何十万年か前」とするのではなく、確かな一点に化石を位置づけられたのである。
そもそも化石の年代を正確に知ることは、人類進化の研究にとって決定的に重要だ。いつの時代の、誰の骨なのか。
それが定まらなければ、人類がどの順番で、どのように枝分かれしてきたのかを組み立てることができない。
なぜ炭素年代測定では、77万年前を測れないのか
そもそも、なぜこれほど古い化石の年代測定は難しいのだろうか。化石の年代を測る有名な方法に、放射性炭素を使うやり方がある。
だが、この方法には、越えられない限界がある。
放射性炭素は、生き物が死んだあと、一定のリズムで少しずつ減っていく。その減り具合を測ることで、いつ死んだのかを知る。
しかしこの炭素は、およそ5730年で半分に減る。時間がたつほど残りが少なくなり、5万年ほど前になると、もう測れる量が残っていない。
それより古いものには、この方法は使えないのだ。
77万年前という時間は、この限界のはるか彼方にある。
では、どうすればいいのか。桁違いに古い時間を測るには、まったく別の「時計」が必要になる。そこで研究チームが頼ったのが、地球そのものに刻まれた記録——地磁気の逆転だったのである。
古い年代を測る方法は、放射性炭素のほかにもいくつかある。地層の上下関係から「この岩より古く、あの岩より新しい」とおおよそを絞る方法などだ。
だが、こうしたやり方では、誤差が10万年にもおよぶことが珍しくない。人類がめまぐるしく枝分かれしていくこの時代にとって、10万年もの幅は大きすぎる。
もっと鋭く時代を切り分ける、切れ味のよいものさしが必要だった。地磁気の逆転は、まさにその切れ味を持つ、またとない目印だったのである。
181のサンプルが捉えた、地磁気の逆転


地磁気の逆転を「時計」として使う。その具体的な方法が、古地磁気層序と呼ばれる手法だ。少し不思議な話だが、土や岩には、当時の地磁気の向きが記録されている。
洞窟の中には、長い年月をかけて土砂が積もっていく。その土砂に含まれる鉄を含んだ小さな粒子は、堆積して固まる瞬間、その時代の地磁気の方向を向いて並ぶ性質がある。
いわば、堆積した瞬間の「方位磁針」が、そのまま岩の中に閉じ込められるのだ。この向きを層ごとに調べていけば、どこで地磁気が逆転したかが分かる。
研究チームは、以前の研究の62の試料に、新たに119の試料を加えて磁気の向きを調べた。
その結果、ある層を境に磁気の向きがはっきりと変わる地点、つまり77万年前の逆転の瞬間を捉えることができた。
化石は、この逆転の境目のすぐ近くから見つかった。だからこそ、誤差わずか4000年という、これまでにない高い精度で年代を絞り込めたのである。
エレクトスの流れをくむ、サピエンス系統の根元に近い集団
さて、ここからがこの発見の核心だ。では、この化石の持ち主は、いったい誰だったのか。じつは、ここに大きな驚きがあった。
77万年前のアフリカに生きていた人類と聞けば、多くの人は「ホモ・エレクトス(直立原人)」を思い浮かべるかもしれない。
論文も、この化石の持ち主は、北アフリカにいた広い意味でのホモ・エレクトスが進化した一形態だった可能性が高いとしている。
ヨーロッパでいえば、同じころスペインにいたホモ・アンテセッソールに当たる位置づけだ。
ただし、ただのエレクトスではない。古い特徴と、のちのホモ・サピエンスやヨーロッパ・アジアの古い人類を思わせる新しい特徴とを併せ持っていた。
論文は、この化石が私たちの種につながるアフリカの系統を示す強い証拠で、ネアンデルタール人やデニソワ人との最後の共通祖先を考える手がかりになるとしている。
では、なぜ下あごの骨や歯から、そこまでのことが分かるのだろうか。あごや歯の形には、どの系統に属するかを見分ける特徴が数多くあらわれる。
研究チームは、アルジェリアのティゲニフ(100万年以上前)やモロッコの別の遺跡の化石、スペインのホモ・アンテセッソール、ジョージアのドマニシの化石、ネアンデルタール人、ホモ・サピエンスなどと比べた。
同じ年代のホモ・アンテセッソールとも、形ははっきり違っていた。


ジェベル・イルードとは、何が違うのか
モロッコと人類化石といえば、もう一つ有名な発見がある。ジェベル・イルードという遺跡だ。混同しやすいので、両者の違いを整理しておきたい。
ジェベル・イルードから見つかったのは、およそ30万年前の化石で、現生人類ホモ・サピエンスの最古級のものとされている。
私たちの直接の祖先が、すでにこの頃のアフリカにいたことを示す、重要な証拠だ。この発見も、今回と同じ研究者が関わっている。
一方、今回のトーマス採石場の化石は、77万3000年前のもの。ジェベル・イルードより、さらに47万年も古い。しかも種の位置づけがまったく違う。
ジェベル・イルードが「初期のホモ・サピエンスそのもの」だとすれば、トーマス採石場の化石は「サピエンスも含むいくつもの系統が分かれる前の、共通祖先に近い集団」なのだ。
注目すべきは、この二つが同じモロッコという土地から見つかっていることだ。77万年前の共通祖先に近い集団から、30万年前の初期ホモ・サピエンスへ。
人類進化の異なる段階の証拠が、同じ地域に連続して残されている。
遺伝学が予言した「共通祖先」に、化石が追いついた


今回の発見が特別なのには、もう一つ理由がある。それは、遺伝学の予測と、みごとに一致した点だ。
近年の遺伝学では、現代人やネアンデルタール人などのDNAを比べ、その違いの大きさから、共通の祖先がいつ頃いたのかを逆算できるようになっている。
その計算によれば、私たちとネアンデルタール人、デニソワ人の共通祖先は、およそ76万5000年前から55万年前あたりに存在したと推定されていた。
今回の化石の77万3000年前は、この推定の範囲のすぐ手前にあたる。
もちろん、この化石が共通祖先そのものだと断定できるわけではない。


洞窟に残されていたもの
洞窟からは、アシュール型と呼ばれる石器や、さまざまな動物の骨も見つかっている。
論文によると、この洞窟には大型の肉食獣の糞の化石や、肉食獣にかじられた骨が多く、人の大腿骨にもハイエナとみられる動物にかじられた跡があった。
洞窟は肉食獣の巣穴として使われていた時期があったとみられる。
こうした点は、科学の情報とつきあううえで大切なことを教えてくれる。この化石について確かに言えるのは、その年代と、系統上の立ち位置まで。
そこから先の暮らしぶりは、まだ多くが謎に包まれている。
私たちホモ・サピエンスは、かつて地球上に共に暮らしたネアンデルタール人やデニソワ人と、どこかで枝分かれした。
その分かれ道の、ちょうど根元に近い場所に、この77万年前の集団が立っていたのかもしれない。
だとすれば、この化石の持ち主は、私たちだけでなく、ネアンデルタール人やデニソワ人にとっても、共通のご先祖にあたる可能性がある。



ホモ・エレクトスの流れをくむ77万年前の集団が、私たちにつながる系統の根元近くにいたかもしれないんだ。その暮らしぶりは、まだ謎なんだね。
参考文献:
Early hominins from Morocco basal to the Homo sapiens lineage(Nature 649, 902–908, 2026, DOI:10.1038/s41586-025-09914-y、オープンアクセス)
New fossils from Jebel Irhoud, Morocco and the pan-African origin of Homo sapiens(Nature, 2017, DOI:10.1038/nature22336)
出典: Nature / Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology









