はかせ、179万年前の原始人ってもう火を使ってたの?
南アフリカのワンダーワーク洞窟で、107万〜179万年前の焼けた骨が見つかったんです。洞窟の奥という自然の火が届かない場所で焼けていたので、人類が火を持ち込んでいた可能性が高いと考えられているんですよ
火を自分で起こす能力すら持っていなかったと考えられる頃の人類が、外の炎を洞窟の奥まで持ち込んでいたかもしれない。そんな行動の痕跡が、これまでの想定より数十万年も古い時代の地層から見つかった。ここで一つだけ先に断っておきたい。論文が直接確かめたのは「焼けた骨がそこにあった」ことであり、火を運ぶ・維持するといった行動そのものは、その物証から導かれた推論だという点だ。この線引きを意識しながら読むと、発見の意味がよりくっきり見えてくる。
2012年から2026年へ 火の歴史が一気に書き換わった
2012年: ワンダーワーク洞窟が世界最古の証拠だった
南アフリカ・カラハリ砂漠にあるワンダーワーク洞窟は、人類学者にとって特別な場所だ。2012年、研究チームのメンバーが米国科学アカデミー紀要PNASに発表した論文で、ここから約100万年前の火の使用跡を見つけたと報告した。
これは当時、世界中で確認されていた中で最も古い「意図的な火の使用」の証拠の一つとされた。それまで研究者の主流派は、人類が日常的に火を扱うようになったのはもっと後の時代だと考えていた。100万年という数字はそれだけで衝撃だった。
ワンダーワーク洞窟は奥行きが約140メートルもある長い洞窟で、入口から奥に進むほど自然の影響を受けにくくなる。だからこそ、内部に残された痕跡は「人類が持ち込んだもの」だと判定しやすい貴重なフィールドになっていた。風雨にさらされる屋外の遺跡と違い、洞窟という閉じた空間は、太古の痕跡を比較的そのままの形で閉じ込めてくれる。研究者にとっては、時間のカプセルのような場所なのだ。
2026年: 107万〜179万年前まで一気に遡った
そして今回、ワンダーワーク洞窟の発掘に関わってきた国際研究グループが、火の使用の時代をさらに古い方へ押し戻した。新しい論文はPLOS One誌に2026年6月1日付けで掲載され、洞窟内の地層から107万〜179万年前の火の痕跡を検出したと報告している。
つまり、わずか14年でこの洞窟の火の使用記録が数十万年分も古くなった計算になる。考古学では数万年単位の更新でもニュースになる世界なので、これは大きな更新といえる。
論文の筆頭著者はアルゼンチンの研究機関に所属するM.ドロレス・マリン=モンフォート氏、責任著者はスペイン国立自然科学博物館のヨランダ・フェルナンデス=ハルボ氏だ。ワンダーワーク洞窟の発掘を長く率いてきたヘブライ大学のLiora Kolska Horwitz博士や、トロント大学のMichael Chazan教授は発掘プロジェクトの共同ディレクターとして名を連ねている。スペイン、アルゼンチン、カナダ、米国、南アフリカ、ポルトガル、イスラエルの研究者が参加する、国境をまたいだチームだ。
洞窟の奥30メートル 自然の野火では届きにくい場所
今回の発見でとくに重要なのが、焼けた骨が見つかった場所だ。研究チームは入口から約30メートル奥に進んだ地層から、繰り返し火に晒された痕跡を確認した。
サバンナでは雷や乾燥した草地で野火が起きるが、その炎は洞窟の奥深くまで広がりにくい。風が抜けにくい構造の奥では、自然の火災は届きづらいのだ。それなのに骨は焼けていた。だれかが火を運び込んだ可能性を示す状況といえる。
さらに、その地層には洞窟の天井から落ちるコウモリの糞(グアノ)が積もっていなかった。グアノは条件次第で自然発火することがあり、しばしば「人為的な火ではない」という反論の材料になる。今回はその可能性を除外しやすい地層だったわけだ。
焼けた骨が光る 新技術が決定打になった


特殊な光を当てると燃えた骨だけが発光する
古代の火を見抜く作業は、想像以上にむずかしい。木炭は何百万年も残らないし、灰は雨や水で簡単に流される。残るとしたら石器に付いた焼け跡や、動物の骨に残ったわずかな変化くらいだ。しかもその変化は肉眼ではほとんど区別がつかない。だからこそ古い時代の火の使用は、しばしば「本当に人が起こした火か、自然現象か」で論争になってきた。
研究チームはここで、燃やされた骨だけに現れる発光特性を利用する手法を持ち込んだ。青色の光を当てて赤いフィルタで観察すると、高温にさらされた骨が独特の光を放つ。健康診断のレントゲンが体内を透視するように、骨の「焼かれた歴史」を外側から読み取るイメージだ。
この方法は非破壊・非侵襲で、現場に持ち運べる装置で実行できる。貴重な化石を傷つけずに、博物館の収蔵品ですら大量に検査できるのが強みだ。化学分析と組み合わせることで、判定の確からしさも上がる。実はこの「発光による熱履歴の検出」こそが、今回の論文が直接的に示した中核の成果である。
フクロウの骨が語った「外からの火」
フクロウが運んだ小さな骨が手がかりになった
研究チームはこの手法を、洞窟内に積もっていた何百もの小さな化石骨に試した。これらは大昔にフクロウが洞窟内にねぐらを作っていたときに残されたペリット(吐き戻し)由来の骨で、ネズミなどの小動物のものだ。
フクロウは丸呑みした獲物の消化できない骨や毛を、塊にしてはき戻す。それが洞窟の床に積もる。人間の活動とは関係なく、自然に積もっていく記録のため、もし焼けていれば「外的な熱源」があったことの手がかりになるという仕掛けだ。
結果として、特定の地層にあるこれらの小骨が広い範囲で熱を受けていたとわかった。人類が起こした焚き火に巻き込まれた可能性がある。しかもその焼けた骨が、アシュール文化の石器や大型動物の骨と同じ地層から出ている。この重なりが、火と人類の活動を結びつける状況証拠になっている。
重要なのは、この焼けた痕跡が一つの層だけでなく、複数の時期・複数の地層にわたって繰り返し現れた点だ。たった一度の偶然なら自然の出来事で説明がつくが、同じ場所で何度も焼けた骨が積み重なっていれば、そこで繰り返し火が使われていたと考えるほうが自然になる。この「反復」こそが、研究チームが意図的な火の使用を主張する根拠の柱になっている。
燃料はフクロウのペリット? 意外な仮説も
面白いのは、その焚き火に何を燃やしていたかという話だ。チームの一つの仮説では、洞窟の床に積もったフクロウのペリットそのものが燃料代わりになっていた可能性があるという。ペリットには毛や脂分が多く含まれ、薪が乏しい洞窟内では火種になり得るという発想だ。
もしこの仮説が当たっていれば、人類は「手近にあるものを燃やす」という実用的な工夫をしていたことになる。ただしこれはあくまで一つの可能性であり、確定した事実ではない点に注意したい。
発掘を率いてきたHorwitz博士は、こうした証拠について「初期の人類は自然の火をただ眺めていただけでなく、積極的に関わり、自分たちの生活に取り込んでいた」と語っている。ここでの「関わり」も、焼けた骨の分布という状況から導かれた解釈である。
火を「作る」前に 「運ぶ」時代があった


担い手はホモ・エレクトスか アシュール文化初期の謎
焼けた骨が見つかった層からは、アシュール文化初期に分類される石器が一緒に出てきている。アシュール文化は両面が削られた手斧(ハンドアックス)で知られる石器文化で、おもにホモ・エレクトスが担っていたと考えられている。
ただし論文は、火を扱っていた人類種について「おそらく(most likely)ホモ・エレクトス」という留保付きの表現にとどめている。石器の文化や年代からの推定であって、火の周りに残された化石そのものから種を直接特定したわけではないからだ。断定できないところは断定しない、という慎重さがうかがえる。
いずれにせよ、ワンダーワーク洞窟で火に関わっていたのはホモ・サピエンスのような直接の祖先ではなく、その何代も前の親戚にあたる人類だと考えられる。道具のレベルから想像する知能と、火の扱いから想像する知能にはギャップがあり、だからこそ「いつから火を使い始めたのか」は何十年も研究されてきた重要な問いだった。
落雷や野火から「もらい火」した可能性
気をつけたいのは、この時代の人類が火を自分でゼロから起こす技術を持っていたわけではないと考えられている点だ。木をこすって発火させる方法も、火打石を使う方法もまだ確立されていなかったとみられている。
火の起源をめぐる従来の学説では、初期の人類はサバンナの落雷や自然発火で生じた炎を居住地まで持ち帰り、消えるまで使っていたと説明されてきた。今回の焼けた骨の分布も、この「もらい火」の考え方と矛盾しない。ただし、炎を継ぎ足しながら長期間維持していたといった具体的な行動までを、この論文が直接証明したわけではない。あくまで焼けた骨という物証から、そうした行動があったのではと推論している段階だ。
それでも「外にある火に近づき、扱う」という発想自体が、動物とは一線を画す。炎を恐れて逃げるのではなく利用しようとする。この一歩だけでも、人類史の中で大きな転換点だったといえる。火を自分で起こす技術が生まれるのは、これよりずっと後のことだ。つまり人類は「火を作る」より先に、「火と付き合う」段階を長く経験していた可能性がある。
暖・防御・調理 火が人類進化に与えた影響
火を扱えるようになったメリットは大きい。暖をとれる、夜に光を確保できる、肉食獣を遠ざけられる、食べ物を加熱できるといった効果がまとめて手に入る。加熱調理が消化の負担を減らし脳の発達を後押ししたという「調理仮説」も知られている。
ただし調理仮説は今回の研究が導き出した結論ではなく、火の意義を論じる文脈で紹介されている別の学説だ。むしろ論文はワンダーワーク洞窟について、調理が行われた証拠はこれまで見つかっていないと明記している。火の存在と調理の証拠は、分けて考える必要がある。
今回開発された発光を使った検査法は携帯可能で、世界各地の遺跡や博物館の標本に応用できる。同じ手法で他の洞窟を調べていけば、火の使用の地図が世界規模で塗り変わる可能性がある。焼けた骨という、これまで見過ごされがちだった物証から歴史を読み直す。その入り口が開いたことこそ、今回の研究の一番の意義かもしれない。
火を作るより前に、火を「使う」時代があったかもしれないんだね!
そうなんです。焼けた骨という小さな物証から、そこまで読み解けるのが考古学の面白いところですよね
参考文献:
New evidence for Early Pleistocene use of fire at Wonderwerk Cave (PLOS ONE, 2026)
DOI: 10.1371/journal.pone.0347480
出典: PLOS ONE / The Hebrew University of Jerusalem










コメント