ねえはかせ、アルツハイマー病ってさ、原因がまだよくわかってないのに薬だけは出てるんでしょ?なんかモヤモヤするんだけど。
いいところを突くね。2025年に、その原因の一つに迫る研究が出たんだ。
病気の目印として知られていた酵素が、じつは遺伝子のスイッチを入れる働きも持っていて、それがマウスとヒトの脳オルガノイドで、アミロイドをためる方向に働いていたんだよ。
記憶を少しずつ奪っていくアルツハイマー病は、大多数の患者で、なぜ起きるのかがはっきりしていない。
2025年、アメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームが学術誌『Cell』に、ある酵素の意外な働きを報告した。
これまで『病気が進むと量が変わる目印』として知られていたPHGDHという酵素だ。
アルツハイマー病の大多数は原因となる変異が見つかっていない


アルツハイマー病は、認知症のなかで最も多いタイプで、65歳以上の約9人に1人がかかっている。
研究の責任著者であるチョン教授は、「残念ながら、アルツハイマー病の治療の選択肢はごく限られています。治療への反応も、今のところ目覚ましいものではありません」と述べている。
たまったアミロイドを除く治療と、変異を持たない患者


現在の治療の多くは、脳にたまったアミロイドβを取り除くことに焦点を当てている。ただ、かたまりができた段階では治療が遅すぎ、効果が乏しいと示唆する研究もあると、発表は述べている。
はっきりした遺伝子変異が原因になるアルツハイマー病は、患者全体のごく一部だ。
大多数の患者は、APP、PSEN、MAPTといった遺伝子に病気の原因となる変異を持たない。
論文によれば、晩発性アルツハイマー病の患者の半数以上は、リスクを高めるAPOE4という型の遺伝子も持っていない。
目印として知られていた酵素PHGDH


その分子の名は、PHGDH(ホスホグリセリン酸脱水素酵素)という。ふだんの仕事は、細胞のなかで『セリン』というアミノ酸を作ること。
セリンは体をつくる材料で、脳では神経の情報伝達にも関わる。
この酵素は、以前からアルツハイマー病との関わりが知られてはいた。ただしその関わり方は『目印』としてだった。
アルツハイマー病の患者の脳ではPHGDHの量が増えていて、病気の進み具合とも連動する。そのため、病気を映す目印(バイオマーカー)として扱われてきた。
その常識に切り込んだのが、カリフォルニア大学サンディエゴ校バイオエンジニアリング学科のシェン・チョン教授らのチームだった。
チームはまず、PHGDHの量を増やしたり減らしたりして、マウスとヒトの脳オルガノイドでアミロイドのたまり方を調べた。
オルガノイドはヒトの胚性幹細胞から育てたミニチュアの脳組織で、ヒトの血清にさらして晩発性アルツハイマー病に近い状態にしている。
量が増えるとアミロイドが増え、減るとアミロイドも減った。研究チームは、PHGDHが目印であるだけでなく、アミロイドの蓄積に因果的に関わっていると結論している。
しかもこの効果は、酵素の働きを壊した変異型のPHGDHでも同じように現れ、酵素としての働きとは関係がなかった。
AIの構造予測で見えたもう一つの働き
タンパク質は、アミノ酸が一列につながった鎖が、複雑に折りたたまれて立体的なかたちをとることで働く。
研究チームは、立体構造を予測するAI「AlphaFold」でPHGDHのかたちを調べた。
チョン教授は、「この発見には、立体構造をきわめて正確に組み立てる現代のAIがどうしても必要でした」と語っている。
すると、PHGDHの一部(103番目から165番目のアミノ酸)が、DNAに結合する転写因子のパーツ(TALEホメオドメイン)に似た形をしていた。
似ているのは立体の形だけで、アミノ酸の並びは似ていない。
転写因子とは、遺伝子のスイッチを入れたり切ったりするタンパク質だ。この部分を取り除いたPHGDHは、遺伝子の近くのDNAにくっつく量が大きく減った。
本来の役割とは別の働きを持つタンパク質は、ムーンライティングタンパク質と呼ばれる。
PHGDHは、セリンを作る酵素として働くかたわら、遺伝子の働きを調節するもう一つの役割を持っていたことになる。


アストロサイトでオートファジーが抑えられる
では、この働きは具体的に何をしているのか。研究チームによれば、PHGDHは脳の『アストロサイト』という細胞のなかで転写因子としてふるまう。
アストロサイトは脳にある細胞の一種で、患者ではPHGDHの増加がこの細胞で早い時期から見られる。
PHGDHはその中で、『IKKα』と『HMGB1』という二つの遺伝子のスイッチを押し、はたらきを強めていた。
この二つの遺伝子が活発になると、『オートファジー』という仕組みが抑え込まれる。IKKαとHMGB1のどちらか一方だけを抑えても病変は十分に改善せず、両方を同時に抑えると改善した。
ヒトの脳オルガノイドでは、PHGDHが増えるとオートファジーが抑えられ、アミロイドの病変が進みやすくなる。


変異を持たない脳オルガノイドでも見られた作用


PHGDHが働く経路は、アミロイドがたまる上流にある。研究チームは、この経路を抑えれば、アミロイドのかたまりができること自体を減らせる可能性があると説明している。
使った脳オルガノイドは、家族性アルツハイマー病(APP、PSEN)やMAPT、APOEの変異を持たないものだ。
それでも、PHGDHの量がアミロイドのたまり方を左右した。
変異を持たない通常のマウスで、アストロサイトのPHGDHを増やしたときも、アミロイドβが増えた。
一方で、PHGDHの量を変えても、リン酸化タウは変わらなかった。論文は、PHGDHの増加だけでは、アルツハイマー病の病変のすべては再現できないとしている。
遺伝子の調節の働きを抑える化合物
治療に使うときに難しいのは、PHGDHがセリンを作る大切な酵素でもあることだ。まるごと働きを止めてしまえば、体に必要なセリンまで作れなくなり、別の不調を招きかねない。
酵素の働きは残して、遺伝子の調節だけを抑えたい。
研究チームが注目したのは『NCT-503』という小さな分子だ。もともとはPHGDHの酵素の働きを妨げる物質として知られていたが、調べるとPHGDHがDNAに結合するのも妨げた。
脳を守る関門(血液脳関門)を通り抜けて脳に届く。マウスに使った量では脳のセリンの量は変わらず、IKKαとHMGB1の量は下がった。
家族性アルツハイマー病の変異を持つマウス(5XFAD)にこの分子を週3回、8週間与えたところ、脳のアミロイドの斑(プラーク)の数が、大脳皮質で44%、海馬の歯状回で62%、CA1で49%減った。
別のマウス(APP-KI)でも、不安に関わる行動テストと記憶に関わる迷路テストの成績が改善した。
脳オルガノイドでも、アミロイドのかたまりの数と面積が減った。
とはいえ、これらの成果は、マウスと培養した脳組織の段階にとどまる。
化合物を試したマウスは家族性アルツハイマー病の変異を持つモデルで、孤発性アルツハイマー病に完全に当てはまる動物モデルはないと、研究チームは認めている。
次は化合物を改良し、臨床試験の申請に必要な試験(IND-enabling studies)に進む予定だ。


AIは手がかりをくれた
ここでのAIは、タンパク質の立体のかたちを予測し、その形から隠れた機能に気づくきっかけをつくった。確かめたのは、その後の実験だ。
研究チームは、NCT-503がPHGDHのDNAに結合する部分に近づけることも、AIによる立体モデルで調べた。
AIの構造予測がきっかけで、目印だと思われていたPHGDHに遺伝子を調節する働きが見つかったんだ。ただ、薬の効果が確かめられたのはマウスと培養した脳組織まで。
人で使えるかはこれからなんだよ。
目印だと思ってた酵素に、別の仕事があったんだね。人で確かめられる日が来るといいな。
参考文献:
一次ソース: Chen J., Hadi F., … Zhong S., 『Transcriptional regulation by PHGDH drives amyloid pathology in Alzheimer’s disease』, Cell (2025) DOI:10.1016/j.cell.2025.03.045
論文全文(オープンアクセス): PMC12204802
研究機関: カリフォルニア大学サンディエゴ校 シュー・チエン=ジーン・レイ バイオエンジニアリング学科(シェン・チョン教授ら)
関連解説: ScienceDaily『AI helps unravel a cause of Alzheimer’s disease and identify a therapeutic candidate』(2025)









