体調を崩して輸血が必要になったとき、多くの人はABO型とRh型さえ合えば大丈夫だと思っている。
ところが、赤血球の表面には数百種類ものマーカー(抗原)が並んでいて、そのなかには「99.9%以上の人が持っているのに、まれに持たない人がいる」という特殊なマーカーがある。
その代表格がAnWj抗原だ。1972年に見つかったのに、どの遺伝子がこの抗原を作っているのかは半世紀以上わからないままだった。
英ブリストルのNHS Blood and Transplant(国際血液型参照検査室、IBGRL)とブリストル大学などの研究チームは、生まれつきAnWjを持たない人たちの遺伝子解析と、赤血球系の培養細胞を使った実験から、原因遺伝子がMALだと突き止めた。
成果は米国血液学会誌『Blood』2024年12月26日号(144巻26号、2735〜2747ページ)に掲載され、AnWjを含む新しい血液型システム「MAL」は、国際輸血学会(ISBT)の作業部会で47番目の血液型システム(ISBT 047)として承認された。
キク99.9%以上の人の赤血球の表面にある印なのに、どうして50年も遺伝子が分からなかったんだろう?
半世紀続いた「AnWj」の正体探し


血液型といえばA、B、O、AB、あとはRhの陽性と陰性、というのが一般的な認識だ。しかし国際的にはこれまで46種類の血液型システムが定義されてきた。
それに新しく加わったのが、今回のMALだ。
そもそも血液型システムに認定されるハードルは意外に高い。「まれな抗原がある」だけでは足りず、抗原と、それを作る遺伝子・分子とのつながりが確定して初めて「システム」を名乗れる。
AnWjは、この最後の関門である遺伝子との対応が長年つながらなかった。
過去にはCD44や、ヒストンメチル基転移酵素Smyd1との関連が提唱されたこともある。
だが決定打はなく、AnWjは、どの血液型システムにも属さない高頻度抗原をまとめた「901シリーズ」(番号901009)に置かれたままだった。
なぜこれほど長引いたのか。最大の理由は、生まれつきAnWj陰性の人がとにかく稀だったことにある。比較に使える患者のDNAがほとんど集まらず、研究者は答え合わせの材料そのものに乏しかった。
加えて、のちに犯人と判明するMalタンパク質は赤血球での役割がほとんど知られておらず、目立った手がかりを残していなかった。
少ない検体と、正体の見えにくいタンパク質。この二重のハンディが、半世紀にわたる停滞を生んだのだ。
99.9%が持つ「印」を持たない、ごくまれな人たち


AnWj抗原は全人類の99.9%以上が持つ。裏を返すと、ごくわずかにいる「AnWj陰性」の人は、世界中で数人単位でしか報告されていない。
ふだんは何の不都合もない。だが自分がAnWj陰性なのに、それを知らずに献血された「AnWj陽性の血」を輸血されると、体は「見慣れない印」に反応する。
抗体ができ、次の輸血のときに赤血球が破壊される可能性が生じる。
さらに厄介なのは、AnWjを持たない理由が一つではない点だ。ほとんどのケースでは、血液の病気や一部のがんによって抗原の発現が一時的に抑えられて陰性になる。
生まれつき遺伝子レベルで陰性なケースは、世界でごく少数しか報告されておらず、比較用のDNAサンプルすら集めにくい状態が長く続いた。
輸血で特に困るのは、ある抗原を99.9%以上の人が持つ場合、その抗原への抗体を持ってしまった人には、適合する血液がほとんどないことだ。
発表によると、こうした患者の血液を探すには、専門の検査室やまれな血液のドナー登録、ときには国際的な協力が必要になる。
これまでは、陰性が生まれつきなのかどうかを遺伝子で直接調べる方法もなかった。
手がかりはMAL遺伝子の欠損だった


研究チームが使ったのは全エクソーム解読(whole-exome sequencing)だ。エクソームとはDNAのうち、タンパク質の設計図にあたる部分。
多数の遺伝子をまとめて調べ、陰性の人たちだけに共通する変化を、あらかじめ候補を絞らずに探すことができる。
解析対象は5人の遺伝性AnWj陰性者。そのなかにはアラブ系イスラエル人の家族が含まれていた。
さらに、1970年代に最初のAnWj陰性者として見つかった女性が2015年に献血した血液も、解析に加わった。
浮かび上がったのは、それまで血液型の候補としてほとんど注目されていなかったMALという遺伝子だった。
調べた人は全員、MALのエクソン3と4を含む約6.6kb(6646塩基対)の同じ欠損を、両親から受け継いだ両方の遺伝子に持っていた(ホモ接合)。
過去に候補として名前が挙がったCD44やSMYD1には、共通する変異は見つからなかった。
ISBTの報告によると、SMYD1が候補に挙がったのは、中東の一部の集団でSMYD1の変異とMALの欠損が一緒に受け継がれていたためだ。
SMYD1の変異を持たないMAL欠損の人も見つかり、この結びつきはすべての集団にあるわけではないと分かった。
MALは「ミエリン・リンパ球タンパク質(Mal)」の設計図で、細胞膜を何度も貫通する小さなプロテオリピド(脂質と結びついたタンパク質)を作る。
細胞内の輸送や膜の安定に重要な役割があると報告されてきたが、赤血球での働きはほとんど分かっていなかった。
決め手は培養細胞での実験
遺伝子の欠損が見つかっただけでは、MALが本当にAnWjの正体かどうかはまだ言えない。研究チームは、赤血球の膜のタンパク質を調べる実験と、培養細胞を使った実験を重ねた。
まず、AnWj陽性の人の赤血球の膜には完全な長さのMalタンパク質があり、AnWj陰性の人の赤血球の膜には、生まれつきでも病気による一時的な陰性でも、Malが見られなかった。
次に、AnWj陽性の赤血球で抗AnWj抗体を結合させると、抗Mal抗体の結合が妨げられた。2つの抗体が同じ分子にとりつくことを示す結果だ。
さらに、赤血球のもとになる培養細胞株(BEL-A)でMalを人工的に多く作らせると、細胞の表面にAnWj抗原が現れた。
この結果はCD44があってもなくても同じだった。Malを作れなくした(ノックアウトした)細胞株でも確かめている。
発表によると、変異した形のMALを入れた細胞では、正常なMALのような反応は起きなかった。
論文は、MalがAnWj抗原の発現に必要で、しかもそれだけで十分だと結論づけた。ただし、遺伝性の陰性として解析できたのはごく少数の人で、因果を確かめた実験は培養細胞でのものだ。



培養細胞でMalっていうタンパク質を多く作らせたら、赤血球の印のAnWjが現れたんだ。Malがその印のもとだったんだね。
47番目の血液型としてISBTに承認


これで一連の証拠がそろい、AnWjはMAL遺伝子が作るMalタンパク質の上にある抗原として位置づけ直された。
ISBTの作業部会は、2021年12月から2024年6月までの会合で、MALを47番目の血液型システム(ISBT 047)として承認した。
同じ期間にER、CD36、ATP11Cも承認され、合わせて4つのシステム(新しい抗原は計8つ)が加わった。
AnWjは901シリーズからMALシステムへ移され、正常な遺伝子はMAL*01、欠損した遺伝子はMAL*01N.01と名づけられている。
論文の筆頭著者で、NHS Blood and Transplant IBGRLの上級研究員のLouise Tilley氏は、「AnWjの遺伝的背景は50年以上の謎で、私自身はキャリアのうち20年近くをその解明に費やしてきた」と述べた。
さらに「遺伝的なケースはとても稀なので、難しい研究だった。見つけた遺伝子は有力な候補ではなく、赤血球のMalタンパク質についてもほとんど知られていなかったので、エクソーム解読なしにはここまで来られなかった」と話している。
論文の著者は13人で、英国のNHS Blood and Transplantとブリストル大学のほか、イスラエルの輸血機関の研究者も加わった。



AnWjっていう印に反応する抗体を持つ人に合う血液が見つからないとき、輸血はどうするんだろう?
2026年に報告された2つの症例


MALの特定は、実際の患者の診療にも関わる。2026年には、抗AnWj抗体を持つ患者の症例報告が2つ出ている。
どちらも1人の患者の経過を記録した報告だ。
一つは米カンザス大学医療センターからの、75歳の男性の報告だ。特発性血小板減少性紫斑病などを抱え、出血と重い貧血で2度入院した患者に、抗AnWj抗体が見つかった。
AnWjを合わせた血液はなく、命に関わる貧血だったため、医療チームは話し合ったうえでAnWjを合わせない血液を輸血した。
のちの遺伝子検査でMAL遺伝子は正常と分かり、抗体は生まれつきの欠損によるものではなく、自己抗体だと確かめられた。
溶血を含む輸血反応は起きなかった。著者は、その理由を自己抗体であることか抗体価の低さによるものだろうと推測している。
もう一つは米ジョンズ・ホプキンス大学からの報告で、高悪性度B細胞リンパ腫のある57歳の男性だ。
補体を活性化させる抗AnWj自己抗体を持ち、交差適合しない血液を輸血したあとに溶血のサインが現れた。
医師は、補体の古典経路を止める薬スチマリマブ(sutimlimab)を使い、ヘモグロビンの上昇や乳酸脱水素酵素(LDH)の低下が見られた。
著者の知る限り、この種の溶血にスチマリマブを使った初めての例だという。ただし著者は、リンパ腫の合併や複数の治療、短い治療期間のため、効果について確かな結論は出せないとしている。
1人の経過を記録した報告なので、ほかの患者にも当てはまるかは別の研究で確かめる必要がある。
2つの症例は、生まれつきAnWjを持たない人と、病気のために後天的にAnWj抗体を持った人を見分ける必要性を示している。
研究チームのNicole Thornton氏(NHS Blood and Transplant IBGRL赤血球参照部門長)は、「遺伝的にAnWj陰性の患者とドナーを見つける遺伝子検査を設計できるようになった。そうした検査は既存の遺伝子型検査の仕組みに加えられる」と話している。
こうした検査が実際に使われるかどうかは、これからだ。
血液型は、まだ増え続けている


MALが47番目に登録されたのは終着点ではない。ISBTは2026年9月、新たにJAMAを49番目の血液型システムとして正式承認した。
血液型は今この瞬間も、一つずつ増え続けている。
ISBTの報告によると、2024年6月時点で認められていた血液型システムは47、抗原は366。どのシステムにも属していない抗原も、まだ27残っている。
なお、遺伝性のAnWj陰性の人は、ふだんは健康だとされる。
参考文献:
一次ソース: Tilley L.A. et al., Deletions in the MAL gene result in loss of Mal protein, defining the rare inherited AnWj-negative blood group phenotype (Blood, 2024; 144(26): 2735-2747) DOI: 10.1182/blood.2024025099
研究機関: NHS Blood and Transplant (International Blood Group Reference Laboratory) / University of Bristol
抄録: PubMed 39158068
ISBTの承認記録: Hyland C.A. et al., ISBT Working Party on Red Cell Immunogenetics and Blood Group Terminology report (Vox Sanguinis, 2026)
症例報告: Al-Husseinawi E. et al., Rare anti-AnWj autoantibody in a 75-year-old male (Transfusion and Apheresis Science, 2026) / Haddaway K. et al., Use of sutimlimab to manage anemia in a patient with high-grade B-cell lymphoma and complement binding anti-AnWj autoantibody (Transfusion, 2026)
プレスリリース: ScienceDaily / University of Bristol









