運動は体にいい、というのは広く知られている。では、うつ病の症状も軽くできるのだろうか。
2024年、オーストラリアのクイーンズランド大学などのチームが、うつ病の人を対象に運動を治療として試したランダム化比較試験218本(参加者1万4170人)をまとめ、医学誌『BMJ』に発表した。
ウォーキングやジョギングは、通常のケアなどの対照と比べて中くらいの改善を示した。
ただし著者らは、多くの試験で参加者や指導者に研究の狙いを伏せる工夫(盲検化)がされておらず、結果の確かさは低いと評価している。
この記事では、この解析と、運動と抗うつ薬を比べた2つの試験、筋肉の働きを調べたマウスの研究を、研究の段階を分けて紹介する。
なぜ薬以外の選択肢が求められるのか

うつ病(大うつ病性障害)は、世界で生活の支障をもたらす大きな原因の一つだ。BMJの論文は、うつ病の人の多くは薬や心理療法によく反応する一方で、治療が効きにくい人も多いと書いている。
治療を受けられている人の割合も、高所得国で51%、低所得国と低中所得国では20%にとどまるという。そのため、根拠のある治療の選択肢を増やすことが求められている。
運動と抗うつ薬を比べた試験を率いたアムステルダム自由大学のブレンダ・ペニンクス教授は、欧州神経精神薬理学会(ECNP)での発表で「抗うつ薬はおおむね安全で効果があり、多くの人に効きます」と述べている。
そのうえで「それでも、すべての患者が抗うつ薬に反応するわけではなく、飲みたいと思う人ばかりでもないので、治療の手立てを広げる必要があります」と話している。

218本の試験・1万4千人が出した答え

BMJの論文は、Noetelらによるネットワークメタ解析だ。うつ病の基準を満たす人を対象に、運動を治療として試したランダム化比較試験を集めた。
対象は218本、比較したグループ(腕)は495、参加者は1万4170人にのぼる。ネットワークメタ解析は、直接比べていない治療どうしも、共通の比較相手を経由して間接的に比べられる方法だ。
効果の大きさは、Hedges’ gという標準化した指標で示されている(マイナスが大きいほど症状が減ったことを表す)。
通常のケアや偽薬などの対照と比べると、ウォーキング・ジョギングはマイナス0.63(51グループ、1210人)、ヨガはマイナス0.55、筋力トレーニングはマイナス0.49、有酸素運動の組み合わせはマイナス0.43、太極拳・気功はマイナス0.42で、論文はいずれも中くらいの減少としている。
ダンスはマイナス0.96と最も大きかったが、5本・107人分のデータだった。
同じ解析に含まれた認知行動療法はマイナス0.55、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)単独はマイナス0.26だった。
論文は考察で、一部の運動はSSRI単独より効果が大きかったとし、運動は薬物治療の現実的な代わりになりうると書いている。
ただし、SSRIの値は16本・432人分のデータに基づく。
著者らは、この解析は薬や心理療法の試験をすべて集めるようには設計されておらず、これらの値が、薬や心理療法を直接まとめた解析に取って代わるものではないと断っている。
運動とSSRIを組み合わせたグループはマイナス0.55で、論文は運動がSSRIの効果を高める証拠もあったとしている。
運動の強度が高いほど効果が大きい傾向もあり、軽い運動(ウォーキング、ハタヨガなど)でマイナス0.58、激しい運動(ランニング、インターバルトレーニングなど)でマイナス0.74と見積もられた。
結果の確かさには大きな限界がある。参加者や指導者に研究の狙いを伏せた試験は少なく、多くの試験はバイアスのリスクが「不明」か「高い」と判定された。
効果には、良くなるはずだという期待の影響が含まれている可能性がある。エビデンスの確実性は、ウォーキング・ジョギングで「低い」、ほかの種目では「非常に低い」と評価された。

ランニング療法と抗うつ薬を比べた試験

運動と抗うつ薬を比べた研究の一つが、オランダのアムステルダム大学医療センター(Amsterdam UMC)などのVerhoevenらが2023年に『Journal of Affective Disorders』に発表したものだ。
うつ病や不安症の患者141人が、16週間、抗うつ薬(エスシタロプラムかセルトラリン)か、グループでのランニング療法(週2回以上)を受けた。
治療は無作為に割り付けるか、本人の希望で選ぶ方式で、無作為の割り付けに同意した人は少数だった。96人がランニングを、45人が抗うつ薬を受けた。
ECNPの発表によると、ランニングは指導者が付き添う45分のグループ練習を週2〜3回行う計画だった。
16週間後に寛解した人の割合は、抗うつ薬群44.8%、ランニング群43.3%で、ほぼ同じだった(統計的な差なし)。
一方、体の指標では差が出た。
体重、腹囲、血圧(上と下)、心拍数、心拍変動の変化で統計的に意味のある差があり、論文は、ランニング群が改善したことと、抗うつ薬群がやや悪化したことの両方によると結論している。
注意点もある。ECNPの発表によると、計画どおりに続けられた人の割合は、ランニング群52%、抗うつ薬群82%だった。
また、抗うつ薬を選んだ人のほうが、うつの程度がやや重かった。
コメントを寄せたアムステルダムUMCのエリック・ルーエ氏は、患者が希望で治療を選んだため群どうしの比較に偏りが入りうるとして、「比較を過大に解釈しないよう注意しなければなりません」と述べている。
これより前、米デューク大学のBlumenthalらは、うつ病と診断された成人202人を、指導者つきのグループ運動、自宅での運動、抗うつ薬セルトラリン、偽薬(プラセボ)の4群に無作為に割り付け、16週間追った(SMILE試験、2007年発表)。
運動は週3回、ウォーキングかジョギングを30分行うものだった。寛解した人の割合は、グループ運動45%、自宅運動40%、セルトラリン47%、偽薬31%。
運動群と薬の群に統計的な差はなかったが、運動や薬が偽薬より高いという傾向も、統計的に意味のある水準には届かなかった(p=0.057)。
症状の点数でも、運動や薬の群と偽薬の群に有意な差はなかった。著者らは、偽薬でも良くなった人が多く、治療効果のかなりの部分が患者の期待や周りからの注目などで決まっている可能性を指摘している。
1年後の追跡調査(Hoffmanら、2011年)では、追跡できた172人の66%が寛解していた。ただしこれは、最初の割り付けに関係なく全体で見た値で、偽薬の群でも65%だった。
最初にどの群だったかは、1年後の寛解を予測しなかった。一方、追跡期間中に自分で運動していた人ほど1年後のうつの点数が低く、この関係は週0分から180分のあいだで目立った。
論文はこの調査を、割り付けによらない自然経過の調査と位置づけている。
仕組みについて、わかっていること

運動がなぜうつの症状を軽くするのかは、まだはっきりしていない。
BMJの解析の著者らは、明確な因果の仕組みは見つからなかったとしたうえで、人との交流、マインドフルネス、自分にはできるという感覚(自己効力感)、緑のある環境、神経生物学的な仕組み、運動直後の気分の良さなどが組み合わさって効果が出ていると考えている。
神経生物学的な候補の一つが、脳由来神経栄養因子(BDNF)というタンパク質だ。BDNFは神経細胞の生存や、つながりの変化に関わる。
2021年に『Frontiers in Psychiatry』に載った総説は、うつ病の外来患者で、1回の運動でも定期的な運動でもBDNFが増えたとする研究を紹介している。
一方で、運動の後にBDNFの上昇が続いたという報告はまだなく、運動とBDNFの関係を示すには長期の研究が必要だとしている。
マウスで見つかった、筋肉とキヌレニンの関係
筋肉が関わる仕組みとして知られているのが、スウェーデンのカロリンスカ研究所のAgudeloらが2014年に『Cell』に発表したマウスの研究だ。
論文によると、運動のトレーニングで骨格筋のPGC-1α1というタンパク質が増えると、骨格筋でキヌレニンアミノ基転移酵素(KAT)が増える。
この酵素は、血液中のキヌレニンを、血液脳関門を通れないキヌレン酸に変える。
研究チームは、骨格筋だけでPGC-1α1を多く作るように遺伝子を改変したマウスを使った。
このマウスは、慢性的な軽いストレスや、キヌレニンを直接与えたことで起きるうつに似た状態になりにくかった。
論文は、血液中のキヌレニンが減ることで、うつに関わるストレスによる脳の変化から守られたと説明し、脳に直接働きかけなくても骨格筋のPGC-1α1の経路を狙う治療の可能性を挙げている。
ただし、これは遺伝子改変マウスの実験で、人のうつ病で同じ仕組みが働いているかは、この研究だけではわからない。

炎症との関わり

炎症との関わりも調べられている。先の総説は、脳の炎症がうつ病の発症に重要な役割を果たすことはよく知られているとしている。
運動に炎症を抑える働きがあることを示す研究もある。
総説が紹介する研究では、少なくとも中程度の運動を16週間続けたうつ病の人で、炎症を抑えるIL-10というサイトカインが増え、炎症の目印であるCRPやIL-6が減った。
総説は、これが運動の抗うつ作用の仕組みかもしれないとしつつ、運動の抗炎症作用を示すにはさらに研究が必要だと書いている。
試験で使われた運動の量と、続けることの難しさ

紹介した試験の運動量を見ると、SMILE試験は週3回、30分のウォーキングかジョギング、オランダの試験は45分のグループランを週2〜3回だった。
BMJの解析では強度が高いほど効果が大きい傾向があった一方、筋力トレーニングとヨガは、対照と比べて途中でやめる人が少なかった(オッズ比0.55と0.57)。
続けることも課題だ。BMJの解析では、意外にも、参加者に運動の頻度や強度などを選ばせた試験のほうが、効果が小さい傾向があった。
著者らは、グループでの運動や、内容の決まったプログラムが、よりよい結果につながる可能性を挙げている。
ペニンクス教授も「患者に走りに行きなさいと言うだけでは不十分です」と述べ、体を動かす習慣を変えるには、適切な付き添いと励ましが必要だとしている。
紹介した研究は、抗うつ薬を飲んでいる人が薬をやめてよいことを示したものではない。BMJの解析は、運動がすでに薬を飲んでいる人への追加の治療にもなりうるとしている。
治療を変えるかどうかは、医師と相談して決めることが大切だ。
運動でうつの症状が軽くなることは、たくさんの試験で示されているよ。でも、その証拠の確かさはまだ低いし、筋肉とキヌレニンの話はマウスの研究なんだ。
薬と比べた試験では、続けることの難しさも見えてきたよ。
運動にも薬にも、それぞれ得意なことと難しいところがあるんだね。
参考文献:
一次ソース: Noetel M, et al., BMJ (2024) 384:e075847 DOI:10.1136/bmj-2023-075847(運動の抗うつ効果 218試験・14,170人のネットワークメタ解析/クイーンズランド大学ほか。全文: PMC10870815)
一次ソース: Verhoeven JE, et al., Journal of Affective Disorders (2023) 329:19-29 DOI:10.1016/j.jad.2023.02.064(ランニング療法と抗うつ薬の比較/アムステルダム大学医療センター)
発表: Antidepressants versus running for depression: is there a winner? (ECNP, EurekAlert)
一次ソース: Blumenthal JA, et al., Psychosomatic Medicine (2007) 69(7):587-596 DOI:10.1097/PSY.0b013e318148c19a(SMILE試験 運動とセルトラリンと偽薬の比較/デューク大学。全文: PMC2702700)
一次ソース: Hoffman BM, et al., Psychosomatic Medicine (2011) 73(2):127-133 DOI:10.1097/PSY.0b013e31820433a5(SMILE試験の1年後の追跡)
一次ソース: Agudelo LZ, et al., Cell (2014) 159(1):33-45 DOI:10.1016/j.cell.2014.07.051(骨格筋PGC-1α1によるキヌレニン代謝とストレス性うつ耐性、マウスの研究/カロリンスカ研究所)
総説: Xie Y, et al., Frontiers in Psychiatry (2021) The Effects and Mechanisms of Exercise on the Treatment of Depression(BDNF・炎症など仕組みの総説)









