コウモリは、重い病気を起こすウイルスを体に持っていながら、自分はめったに重症にならない。
この理由の一部に関わるかもしれない発見を、米チューレーン大学、スタンフォード大学、米疾病対策センター(CDC)のチームが2026年7月、学術誌『Science Advances』(12巻31号)に発表した。
公開されているコウモリのゲノム(全遺伝情報)を調べたところ、26種で、抗体の重鎖をつくる遺伝子のまとまり(遺伝子座)が別々の染色体に2組あった。
哺乳類で重鎖の遺伝子座が2組見つかったのは初めてだ。ただし、これはゲノムの解析と、1種のコウモリの脾臓の細胞を調べた基礎研究で、2組あることがウイルスに強い理由だと確かめたわけではない。
多くのウイルスを宿しても、重症になりにくいコウモリ
コウモリは世界に1500種以上が知られている。花粉を運び、種を散らし、害虫を食べるなど、生態系で大切な役割を担う一方で、多くのウイルスの自然宿主(reservoir)でもある。
論文によると、コウモリは、動物から人にうつる多様なウイルスを宿せる点で独特だ。血液中の抗体を調べた過去の研究から、コウモリがさまざまなウイルスに対して抗体をつくることはわかっていた。
ところが、コウモリの抗体がどんな遺伝子からどう作られるのかはほとんど調べられておらず、抗体の遺伝子を詳しく調べた例も、オオコウモリの仲間など数種に限られていた。
コウモリの免疫の研究は、これまで主に自然免疫(生まれつき備わっている、すばやく働く防御)に向けられてきた。
今回のチームが目を向けたのは、抗体をつくる獲得免疫(一度出会った相手を覚えて働く防御)のほうだ。
フランク准教授は、今回の結果は獲得免疫ももっと詳しく調べる価値があることを示している、と話している。
抗体の基本設計 — Y字と『重鎖・軽鎖』
抗体はY字の形をしたタンパク質で、2本の重鎖と2本の軽鎖からできている。免疫細胞のB細胞がつくり、Y字の先の部分でウイルスなどの目印(抗原)に結びつく。
重鎖と軽鎖の設計図にあたる遺伝子は、染色体上の決まった場所(遺伝子座)にまとまって並んでいる。
論文によると、これまで知られている哺乳類はどれも、重鎖の遺伝子座を1つ、軽鎖の遺伝子座を最大2つ(カッパとラムダ)持っている。
それぞれの遺伝子座には、V、D、Jと呼ばれる遺伝子の断片が多数並んでいる。B細胞が育つときに、この中から1つずつを選んでつなぎ合わせることで、形の違う抗体がたくさん生まれる。
断片の数や並び方が、その動物がつくれる抗体の幅を左右する。
キク哺乳類はふつう抗体の部品の一つ、重鎖をつくる遺伝子のまとまりが1組なのに、コウモリの2組目は1組目と中身も同じなのかな?
26種のコウモリで見つかった『2組目』の設計図


チューレーン大学のハンナ・フランク准教授(生態学・進化生物学)とスタンフォード大学のスコット・ボイド氏らは、まず北米にすむオオクビワコウモリ(Eptesicus fuscus、英名big brown bat)の精度の高いゲノムを調べた。
すると、5番染色体に長さ272kb(キロ塩基対)の重鎖遺伝子座(A)が、24番染色体に918kbのもう1つの重鎖遺伝子座(B)が見つかった。
どちらもヒトの遺伝子座と同じように、V・D・Jの断片が並び、その後ろにIgM、IgD、IgG、IgE、IgAをつくる定常部の遺伝子が1つずつ続いていた。
次に、公開されている34種のコウモリのゲノムを調べた。
重鎖遺伝子座の重複は、調べたヒナコウモリ科(Vespertilionidae)のうち、Antrozous pallidusを除くすべての種で見つかり、論文の要旨では26種とされている。
ヒナコウモリ科はコウモリで最大の科で、500種以上が南極を除くすべての大陸にすむ。
遺伝子の系統を比べた結果、重複はヒナコウモリ科の祖先で1回起きたと考えられ、その時期はユビナガコウモリ科と分かれた後(約3750万年前)から、科の中の大きな2つのグループが分かれる前(約2600万年前)までと推定された。
重鎖の遺伝子座を2つ持つ例は、サケの仲間など一部の魚で知られているが、魚の場合はゲノム全体が倍になった歴史による。
コウモリにはそうした全ゲノム重複の歴史はない。コウモリではほかの重要な免疫遺伝子にも重複が見られることから、著者らは、免疫にかかる選択によって独自にたどった進化ではないかと考えている。
2つの遺伝子座の中身はかなり違っていた。Aには重鎖のV遺伝子が33個、Bには99個あり、働かない遺伝子(偽遺伝子)の割合はAが15%、Bが46.5%だった。
著者らは、2つの遺伝子座がそれぞれ別の進化の圧力を受けてきたと見ている。また、オオクビワコウモリの軽鎖の遺伝子座はラムダ型の1つだけで、カッパ型は失われていた。


オオクビワコウモリの脾臓で、2組とも使われていた


ただ、遺伝子座が2つあっても、両方が実際に抗体づくりに使われているとは限らない。ゲノムには、進化の途中で壊れて働かなくなった遺伝子も多く残っているからだ。
そこでチームは、米ジョージア州の1つの集団から集めたオオクビワコウモリ4匹の脾臓の細胞を、1個ずつ遺伝子の働きを読む単一細胞RNA解析(scRNA-seq)で調べた。
解析した細胞は合わせて6万2747個。さらに別の6匹の脾臓から、抗体の遺伝子配列を30万7312本読み取った。
その結果、2つの遺伝子座はどちらも組換えを起こし、抗体の遺伝子として実際に読み出されていた。
1個のB細胞が使うのはふつうどちらか一方だけで、2種類の重鎖を同時に読み出しているように見えた細胞は約2%だった。
未熟な段階(ナイーブ)のB細胞では、AとBを使う細胞の比は平均3.41対1だった。著者らは、まずAで組換えが試みられ、うまくいかなかったときにBが使われるという順番がある可能性を挙げている。
Bを使う細胞が選別で除かれやすい、という別の説明もありうるという。
2つの遺伝子座では、抗体の性質を変える仕組みの働き方も違っていた。
Aを使う細胞では、抗体の種類をIgGやIgAに切り替える「クラススイッチ」と、抗体の遺伝子に変異を入れて結合力を高める「体細胞超変異」がよく起きていた。
IgAに切り替わった細胞の多くはAを使っていた。一方、Bを使う細胞はIgMのままのことが多く、変異も少なかった。
著者らは、Bからは幅広い相手に結びつくが結合力は弱めの抗体が、Aからは結合力を高めた抗体ができ、両者が補い合っているという仮説を立てている。
この仮説は、特定の感染や予防接種への反応を調べて確かめる必要があるという。
ウイルスに強い理由かどうかは、まだわからない
今回示されたのは、26種のコウモリに重鎖の遺伝子座が2組あることと、オオクビワコウモリで両方が使われ、性質に違いがあることまでだ。
2組あるからコウモリがウイルスに強い、という因果関係は調べられていない。
フランク准教授は大学の発表で、「この発見はパズルの重要な1ピースだと考えている。コウモリがなぜこれほど有能なウイルスの保有宿主なのかを完全に説明するものではないが、私たちが知らなかった免疫の多様さを明らかにし、まったく新しい研究の方向を示してくれる」と話している。
また、細胞のレベルで両方の遺伝子座が使われていると確かめたのはオオクビワコウモリ1種で、調べたのも1つの集団から集めた数匹だけだ。
ほかの25種でも同じように働いているかは、まだわからない。論文は、コウモリの免疫の本当の多様さを知るには、もっと多くの種のゲノムを調べる必要があるとしている。
この発見が役立つかもしれないこと
大学の発表は、コウモリがウイルスと共存できる仕組みがわかれば、いずれほかの動物の免疫の理解に役立ち、ウイルスが動物から人に飛び移る現象(スピルオーバー)のリスクを下げる対策にもつながるかもしれない、としている。
論文の考察はもっと具体的だ。これまでコウモリの感染や予防接種の研究では、抗体のうちIgGだけを測ることが多かったが、それでは反応の全体をとらえられないおそれがあるという。
著者らは、今後はIgM、IgG、IgAを測り、使う試薬がAとBの両方の遺伝子座の抗体を測れるかを確かめるべきだと提案している。
オオクビワコウモリでは、狂犬病ウイルスを中和する抗体が長続きしない場合があることが過去の研究でわかっており、その一部は、Bの遺伝子座を使う細胞がつくる短命なIgMによるのかもしれない、とも書いている。
わかったことと、まだわからないこと
まとめると、哺乳類の重鎖遺伝子座は1組という、これまで例外の知られていなかった姿が、ヒナコウモリ科のコウモリで初めて破られた。
オオクビワコウモリでは2組とも使われ、抗体のつくり方に違いがあった。ただし、それがコウモリの病気へのなりにくさを説明するのかは、これから確かめる段階にある。
フランク准教授は「私たちはヒトと実験用のマウスを調べることで、免疫について膨大なことを学んできた。けれど自然界はそれよりはるかに多様だ。違う進化をたどった種を調べるたびに、まったく新しい何かを発見する機会がある」と話している。



ヒナコウモリの仲間は抗体の部品をつくる設計図を2組持ってたけど、それがウイルスに強い理由かはまだこれから確かめるところなんだ。
参考文献:
一次ソース: Pursell T. et al., Immunoglobulin heavy chain locus duplication in bats(Science Advances, 2026, 12(31))DOI: 10.1126/sciadv.aeb6714
研究機関: チューレーン大学(米)/ スタンフォード大学(米)/ 米疾病対策センター(CDC) / 二次ソース: ScienceDaily(チューレーン大学の発表、2026年9月3日)
論文本文(オープンアクセス): PMC13418733









