木は腐りやすく、遺跡にはほとんど残りません。人類の進化で木の道具は大きな役目を果たしたと考えられていますが、その記録はわずかしかないのが実情です。
ところが、スペインのバルセロナ近郊にある岩陰の遺跡アブリック・ロマニでは事情が違いました。ミネラルの多い水が木を石灰岩のような殻で包み、木が腐ったあとも形が石の中に残ったのです。
カタルーニャ人類古生態学・社会進化研究所(IPHES-CERCA)などのチームは、40年以上の発掘で出てきた木の遺物を初めてまとめて分析しました。見分けられたネアンデルタール人の道具は13点で、槍のほかに樹皮のトレーや小屋の一部らしい長い棒、はっきりした類例の無い棍棒までありました。結果は学術誌『Science Advances』の論文として、研究所が2026年10月7日に発表しています。
石灰の殻が写し取った「木の型」

遺跡があるのは、トラバーチンの崖のふもとです。トラバーチンは、カルシウムを多く含むわき水からできる石灰岩をいいます。
木は殻の中に閉じこめられたまま腐って消え、元の形を写した空洞だけが残りました。取材記事によると、型は元の物をそのまま写した「ネガ」で、顕微鏡で木の細胞の輪郭が見えるほど細かいこともあるそうです。
論文は、この型を「元の物の大きさと形を示すトラバーチンの鋳型」と定めています。方解石の結晶が、木の表面や樹皮の形まで細かく写し取っているのです。
岩陰は約300平方メートルの広さがあり、今の発掘は1983年に始まりました。長く掘り続けてきたので、中身が空っぽの物を掘り出すやり方を作る時間があったわけです。
以前は空洞に樹脂や石こうを流しこんで、元の形を取り出していました。共著者で同じ研究所のジェマ・チャコン氏は、「今では木の遺物はすべて3Dプリントしている」と話しています。
597点のうち、人の手が入ったのは13点
チームが記録したのは、約6万2000年前から4万年前にかけての16の地層から出た、597点の木の型と焦げた木です。層ごとの数にはかたよりがあります。多かったのはR層の140点、O層の113点、P層の101点でした。
597点のほとんどは幹や枝、根、たきぎの集まりでした。自然に積もったものも、人が持ちこんだものもふくまれます。
中でも目立つのは、たき火の燃料です。たきぎの多くは炉のそばにあり、暖房や料理に使われたことがうかがえます。ぽつんと置かれたたきぎが出る層もあれば、蓄えとみられる大きな山が残る層もありました。
これまでの炭の分析では、燃料の主役はヨーロッパアカマツでした。今回まとめて調べた木の道具も、ほとんどが同じヨーロッパアカマツで作られていました。比較的かたく丈夫なのに加工しやすく、早く乾いて形が狂いにくい木です。やにが多いので湿気や風化にも強い、と論文は説明しています。
この中から形や作り方、出てきた場所の様子をもとに、ネアンデルタール人が手を加えたものが選び出されました。それが13点の道具で、D・H・I・J・N・O・P・Rの8つの層に分かれて出ています。
13点には生活用品や構造物、道具、武器がそろっています。チャコン氏は取材に「この13点の道具の形は、自然には見つからない」と話しています。
炉のそばのトレーと、岩陰の奥の長い棒
樹皮で作った4点のトレー
生活用品に分けられたのは、樹皮で作ったトレー4点です。炭になった状態で残っていて、H層から3点、O層から1点が出ました。
1つ目は長さ55cm、幅20cm、厚さ1〜2cmでした。2つ目はネズ(ビャクシンの仲間)の焦げた木片で、上の面がくぼみ、皿か浅いすくい具のような形をしています。O層のものは長さ34cm、幅29cm、厚さは最大4cmです。
論文が、少なくとも一部を人の手によるものと見る理由は、大きさが比較的大きくそろっていることと、炉のすぐそばにあったことです。もう一つは素材です。燃料にも多くの道具にもマツが使われているのに、トレーの一部にはネズの樹皮が選ばれていました。
ネズの樹皮は繊維が多く、縦にはがれます。木も、針葉樹の中ではよくしなるそうです。軽くて丈夫な容器を作るのに向いていたのかもしれませんが、ネズを選んだ意味はまだはっきりしない、と論文は書いています。
別の民族誌の記録では、オーストラリアの先住民が使うクーラモンなどの浅い容器は、主に樹皮で作られ、長さは30〜70cmです。食べ物集めから赤ちゃんを運ぶことまで、いろいろな用途に使われてきました。
こうした例を手がかりに、チームはアブリック・ロマニのトレーを、食べ物を運ぶ入れ物か、おき火や灰をすくう道具だったかもしれないと考えています。ただし論文自身が、この比べ方は慎重に扱うべきで、使い道を確かに決めるのは難しいと書いています。自然にはがれた樹皮と、わざと加工した樹皮の器を見分けにくいことも認めています。
炉の上で交差していた棒
I層では、まっすぐな棒3本分の破片11個が見つかりました。2本は地面で交差していて、いちばん完全な棒は長さ170cm、短いものは15cmです。
棒は厚い炉の上にありました。以前の研究も手がかりにした解釈では、数本の棒で組んだ高い台(三脚のようなもの)の一部で、食べ物の処理に使われたのかもしれません。
岩陰の奥に置かれた5mを超える棒
N層から出た棒は、長さが510cmもあります。片方の端は太さ6cm、もう一方は3cmまで細くなっていました。これほど長いのに枝が一本も残っていないので、枝はわざと落とされたと考えられています。
見つかったのは岩陰のいちばん奥で、18平方メートルの長方形の範囲に5つの炉が並んでいた場所です。ほかの遺物はほとんど出ていません。以前の研究では、この区画は寝たり休んだりする場所と解釈されています。
鍾乳石のドームと奥の壁、そしてこの棒で、壁に立てかけた簡単な三角形の囲いができていたようです。チームは、風よけか小さな小屋のようなものだったとみています。見つかった棒はこれだけですが、残らなかった材料と組んだもっと複雑な構造の一部だった可能性が高い、と論文は述べています。
取材記事によると、チャコン氏は奥の壁ぞいの小さな炉を、寝るときの炉とみています。「明かりになり、群れを襲うかもしれない肉食動物などからも守ってくれる」と話しています。チームの実験では、こうした構造に要る棒の長さは約5mだったそうです。
とがった木の道具と2本の槍
D層からは、木を割ってとがらせた長さ12.2cmの道具が出ました。肉眼で見える縦の筋は、削って先を形づくった跡です。
別の研究では、ドイツのシェーニンゲン遺跡で出た似た道具が、柔らかい材料に穴をあけるきりだったと考えられています。
2024年に発表された別の研究によると、シェーニンゲンの「槍の層」からは木の道具が187点見つかっています。更新世の木の道具としては、世界で最大のまとまりです。
J層のヨーロッパアカマツの棒は長さ94cm、太い所の直径は10cmです。O層の曲がった棒は長さ76cm、太さは最大5cmでした。どちらも長さが約1mあるので、掘り棒だったのかもしれません。
掘り棒は、地下にある食べ物を探すのに使われることが多い道具です。それでもチームは、地面にくぼんだ炉を作ったり、ごみを捨てる穴を掘ったりした、という見方も考えるべきだとしています。J層の棒については、道具ではなく大きな構造物の一部だったことも考えられます。O層の棒は大きく曲がっているので、その見方は当てはまりにくいそうです。
ネアンデルタール人の掘り棒は、ほかの遺跡でも見つかっています。イタリアのポッジェッティ・ヴェッキやスペインのアランバルツァIIIの例は直径が4cm以下で、アブリック・ロマニのものよりずっと細いのです。
アカシカの頭骨のそばにあった槍
今までに掘り終えた中で最後の層にあたるR層からは、先のとがった棒が1本と、槍が2本出ました。Ra層の棒は長さ74cm、最大の直径は3cmです。
この棒を投げ棒と見るには、形が合いません。別の研究によると、シェーニンゲンの投げ棒は、一番太い所が前の端から全長の50〜70%の位置にそろっています。Ra層の棒は一番太い所が手元の側にあり、飛ぶのに向いた投げ棒の形とは違うのです。
よく残っていた槍は長さ245cm、最大の直径3.66cmです。一番太い所は片方の端から121.5cmで、全長の49.5%にあたります。反対の端の折れ目は、形から見て、使っている最中ではなく作る途中で折れたと解釈されました。
手元の側はわずかに曲がっていて、元の木の幹の形をそのまま生かしたようです。枝は無く、節がいくつか残っています。形や大きさ、先のとがり方から、チームはこれを突き槍、つまり近い距離で使う槍と考えても矛盾しないとしています。
もう一本の槍は、折れた状態で全長199cmが残っていました。先に近い側のいちばん太い所は直径4.9cm、柄の中ほどは3.6cmで、先端は直径0.6cmまで細くなっています。ほかの棒や枝、松ぼっくりなどと一緒に出てきたので、折れたあとに捨てられたのかもしれません。
よく残っていた槍が出たRa層では、ひづめのある動物の骨はすべてアカシカでした。少なくとも4頭分で、背骨や頭の骨が残っています。頭骨のうち3つは1か所に置かれ、そのまわりを槍などの木の型と炉が囲んでいました。頭骨は角のついた大人のオスのもので、秋か冬にしとめられたと考えられています。
ただし、骨には槍が当たったような直接の跡はありません。研究所の発表文も、槍とシカが同じ場所から出たからといって、そのシカを狩るのに使ったとは言えない、と書いています。
似たものが見つからない棍棒
P層から出た道具は、一本の木から作られていました。片方に持ち手があり、反対側は広がった頭になっていて、棍棒のような形です。論文はこれを、先史時代の記録にはっきりした類例の無い、ほかに無いものとしています。
持ち手は長さ16cm、幅4.2cmです。頭の部分は高さ14.2cmで、幅は根元が6.2cm、中ほどが6.5cm、先端は0.4cmまで細くなります。表面には平行な縦の筋があり、削って形を整えた跡と見られています。
持ち手と頭の境目は、90度の段になっています。なだらかにつなぐより高い技術が要る形で、手がすべるのを防いだり、手を守ったりする止めの役目をしたのかもしれません。持ち手と働く部分を作り分けたこの形は、時間と技術の知識が要る作り方を示す、と論文は述べています。
焦げた跡は表面にまばらにあるだけです。わざと焼いて固くしたのではなく、捨てられたあとに火を浴びたらしい、とチームはみています。
先の形は、掘る道具にも見えます。けれども左右が非対称でとがっているので、何度も強く掘るのには向きません。ときどき掘るのに使ったことまでは否定できない、と論文は書いています。
これまでの民族誌の記録では、最近の狩猟採集民の棍棒や投げ棒は広く見られ、争いや狩り、漁に使われてきました。武器としてだけでなく、象徴や社会的な意味を持つこともあります。旧石器時代の木の棍棒はとても珍しく、これまで報告された候補は、ザンビアのカランボ滝で出た約40万年前のものしかありません。
比べられる例が少ないので、この棍棒の正確な使い道を決めるのは難しい、と論文は認めています。チャコン氏も取材に「この棍棒については、正直なところ確かではない」と語っています。骨や石器、炉のそばの生活の場から出たことから、チームは儀式ではなく日々の仕事に使われたという仮説を立てています。
使い道はどこまで言えるのか
論文の分析は、主に形を記録して比べるものです。使い道の解釈は形や作り方、出てきた場所の様子をもとに慎重に示したものだと、著者たちは断っています。
6cm未満の小さな木くずは、I・J・K・L・M・O・Q・R層にたまっていました。木工の跡と読めますが、石器に残る使用の跡の研究は、これを支持していません。石器の表面が白く変色したり水で削られたりしていて、使用の跡を読み取るのに限界があるためです。
木工はネアンデルタール人の技術力を示す証拠に加わりますが、すべての木の道具に同じように高い計画性があったという意味ではない、とも論文は書いています。ヨーロッパアカマツは加工の手間が少なく、作り替えやすい木です。簡単で軽く、長持ちしなくてよい道具を作るやり方に合っていた、と論文は説明しています。
それでもチャコン氏は、「木を探しに行くときは、石を探しに行くときと同じで、何を作りたいかはっきり分かっていた」と話しています。同じ研究所のジョゼップ・バイベルドゥ博士も、ネアンデルタール人の技術は石よりはるかに広かったと述べています。
チャコン氏は、ほかの遺跡で道具が見落とされてきたのではないかと心配しています。同僚から「木だと思って掘って写真を撮ったが、取っておかなかった。今思えば道具だったかもしれない」という話を聞くそうです。
木の道具って、槍だけじゃなかったんだね。お皿みたいなトレーや、小屋の棒まであったなんて。
そうなんだ。でもどれも形から使い道を考えている段階で、棍棒は何に使ったのか、まだ分かっていないんだよ。
石の道具だけを見ていると、ネアンデルタール人の暮らしの多くは見えないままです。わき水がたまたま型を取ってくれたこの岩陰は、消えるはずだった道具をずっと預かってきた場所とも言えます。ほかの遺跡で「ただの木」として片づけられた物の中にも、まだ道具がまぎれているかもしれません。




参考文献:
一次ソース: Saladié P, Chacón MG, Solé A, et al., Neanderthal woodworking at Abric Romaní: Insights into the role of wood in a Middle Palaeolithic domestic context(Science Advances, 2026)DOI:10.1126/sciadv.aeh2287
研究機関の発表: IPHES-CERCA(カタルーニャ人類古生態学・社会進化研究所)の発表文(2026年10月7日、カタルーニャ語)
取材記事: Ars Technica「Neanderthal wooden tools from Spain found preserved in stone」
関連する研究: Leder D, et al., The wooden artifacts from Schöningen’s Spear Horizon and their place in human evolution(PNAS, 2024)DOI:10.1073/pnas.2320484121









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