はかせ、恐竜がいたころの貝の化石って、中身まで全部石に変わってるんじゃないの?
ふつうはそう思うよね。でも福井県の恐竜の地層から出た貝の殻に、生き物がつくった分子が形を保ったまま残っていたんだ。
これまでの研究で知られているように、キチンはカニやエビの殻や貝殻の土台、菌類の細胞の壁をつくる材料です。セルロースに次いで、地球上で2番目に多い生体高分子でもあります。その一方で、微生物や酵素にすぐ分解されてしまうため、長い地質の時代を超えて残るのはまれだと考えられてきました。
これまで特に残りにくいと考えられてきたのが、流れのある淡水の川です。流れる水が酸素を運び込み、微生物による分解がとても盛んになるからです。キチンが残っていた例の報告も、海や、水のよどんだ湖沼に限られていました。
ところが東京大学総合研究博物館と福井県立恐竜博物館の研究グループが、福井県勝山市の約1億2000万年前の地層から出た淡水の二枚貝の化石を調べたところ、殻にβ-キチンが分子の形を保って残っていました。論文は学術誌『Geobiology』に掲載され、東京大学などが2026年10月9日に発表しました。
恐竜の化石が出る地層の、淡水の二枚貝
調べられたのは、ナカムラナイア・ソニ(Nakamuranaia soni)という淡水の二枚貝の化石です。福井県勝山市の手取層群北谷層から出たもので、この地層は約1億2000万年前の白亜紀前期にできました。
北谷層からは、フクイラプトルやフクイサウルスなどの恐竜の化石が出ます。哺乳類やカメや魚、淡水の貝、植物の化石もたくさん見つかっています。東アジアを代表する化石の産地として知られています。論文も、恐竜の化石が出る川の地層として北谷層を紹介しています。
貝殻はいくつかの層が重なってできていて、いちばん外側を覆うのが殻皮(かくひ)という有機物の膜です。殻皮はキチンやタンパク質でできています。内側にある炭酸カルシウムの結晶が育つのを調節したり、殻が溶けるのを防いだりする役目があります。
研究グループは、この殻皮に注目しました。比べる相手として、滋賀県の琵琶湖でとれた今のイシガイの仲間(Nodularia douglasiae)の殻も用意しています。標準のβ-キチンは、イカの軟甲(なんこう)から取り出したものを使いました。
顕微鏡と赤外線で確かめた「本物のキチン」
つぶれずに残ったハチの巣の形
まず電子顕微鏡で殻皮を観察すると、内側の面に多角形の小さな部屋が並ぶ、ハチの巣のような形が残っていました。部屋の直径はおよそ20〜50μm(マイクロメートル)です。
この部屋の壁は、もともと殻の外側の層にある結晶の柱を包んでいた有機物の型です。高い倍率で見ても壁はつぶれていませんでした。今のイシガイの仲間の殻皮と同じ形を保っていたのです。
2種類の染料で光らせる
形が似ているだけでは、中身がキチンだとは言えません。そこで研究グループは、2種類の蛍光染料で殻皮を染めました。カルコフルオールホワイトはキチンを含む一部の糖の鎖に結びついて青く光り、コンゴーレッドはキチンの細い繊維によく結びつきます。
染めた殻皮に紫外線を当てると青く、緑の光を当てると赤く、強く光りました。いちばん強く光ったのはハチの巣の骨組みの部分で、そこにキチンの細い繊維が多く残っていることを示していました。
光ったのが本当に染料のせいなのかも確かめています。染めていない試料を同じ条件(露出1/500秒)で撮ると、ほとんど光りませんでした。周りの岩の粒は、染めても光りませんでした。
赤外線で分子の結びつきを読む
次に使ったのがフーリエ変換型赤外分光分析(FT-IR)です。試料に赤外線を当て、分子の振動による吸収を測って、分子の構造や化学結合を調べる方法です。化石の殻皮と、今の貝の殻皮、標準のキチン、周りの岩の4つを比べました。
化石の殻皮からは、標準のβ-キチンと同じ結合の信号が出ました。キチンの糖どうしをつなぐ結合の信号や、アミドI・アミドIIという信号です。
アミドIの信号は1650(単位はcm-1)に1本だけ出て、アミドIIは1550に出ました。キチンにはα型とβ型があり、α型ならアミドIの信号が2本に割れます。1本だったことが、β型であることの目印になります。
化石では、糖の輪の部分の信号(1030〜1070)の一部が、シリカの信号と重なって見えにくくなっていました。それでも全体の形は、標準のβ-キチンと一致していました。
周りの岩では、800〜1800の範囲全体で有機物の吸収がまったく出ず、線は平らなままでした。周りの岩から有機物の信号が出なかったので、後から入り込んだ汚れではなく化石そのものの分子だと確かめられた、と発表文は説明しています。
殻を包んでいたシリカの薄い膜
では、キチンを守ったものは何だったのでしょうか。手がかりは殻の表面にありました。元素の分布を調べると、化石の殻の外側を、シリカの膜が切れ目なくはっきりと覆っていました。
拡大して見ると、このシリカは半透明の細かい結晶の集まりでした。いちばん外側の有機物の層を包み込んで、ふたをするように封じています。それでいて、後からできたこの鉱物は、貝のもとの細かいつくりを壊さずに硬い枠組みをつくっていました。
殻の炭酸カルシウムを溶かし去る実験(脱灰実験)もしています。残ったのは柔らかいかすではなく、自分の形を保つ硬い骨組みでした。シリカとキチンが一体になった「シリカ-キチン複合骨格」です。
研究グループは、早い段階でできたこのシリカの膜が「タフォノミック・シールド」として働いたと考えています。タフォノミーは日本語で化石化作用論といい、発表文ではシールドを「防護壁」と訳しています。
シリカとキチンが組み合わさった構造そのものは、これまでの研究でケイソウや海綿などの生き物で知られています。今回の化石の組み合わせはそれとは違い、生き物がつくったものではありません。死んだあとに地層の中でできた鉱物によるものです。
乾季、山火事、鉄砲水 研究グループが考える筋書き


では、シリカはどこから来たのでしょうか。研究グループは、地層に残る証拠から次のような流れを提案しています。
地層には、土の中でできる石灰質のかたまり(ノジュール)が含まれています。これは蒸発の多いはっきりした乾季があり、季節の差が大きい気候だったことを示すといいます。地層には木炭の化石も見られます。長い乾季に乾いた植物が燃えやすくなり、広い山火事が起きて、この木炭ができたと研究グループは考えています。
雨季が始まると、激しい洪水が起きたと考えられます。最初の鉄砲水は、シリカの多い同じ時代の火山灰と大量の土砂を、一気に流し込みました。貝はすぐに埋まり、シリカで満ちた水が殻のまわりに入り込みます。こうして微生物が広がる前に、殻を封じる「シリカの封」ができ始めた、という筋書きです。
膜ができる速さも大切でした。論文は、シリカ化が速く進んだため、もろい有機物の構造が微生物に分解されたりつぶれたりする前に「ミイラのように」保たれた、とみています。今は細かい結晶になっているシリカも、最初は結晶でないオパールのようなシリカとして殻皮に付き、のちに結晶へ変わったとみられています。
守り方は、物理的な壁と化学的な安定の両方だったと考えられています。殻が封じられたことで、キチンを分解する酵素が中まで届きにくくなったとみられます。さらに溶けたシリカが繊維を包み込み、化学的にも安定させたという見方です。
淡水の川の貝のキチンとして、世界最古級の記録
海の化石では、もっと古いキチンも
キチンが化石に残っていた例は、ほかの研究でも報告されています。2013年に学術誌『Scientific Reports』に載った別の研究では、カンブリア紀中期の地層であるバージェス頁岩の海綿の化石から、5億500万年前のキチンが見つかりました。この研究は、条件がそろえばキチンは思われていたよりずっと長く安定だと述べています。
2014年に学術誌『Paleobiology』に載った別の研究では、ポーランドのジュラ紀前期の地層で、二枚貝の殻の中に産みつけられた巻貝の卵のうからキチンが見つかっています。論文の題には「2億年前」とあります。
年代だけを見れば、これまでの報告には海の化石でもっと古い例があります。それでも論文は、今回の発見を、淡水の川だけにすむ貝などの仲間で、キチンが残っていた最も古い直接の記録の1つだとしています。発表文は、淡水の川でキチンが中生代から残っていた直接の証拠として「世界最古級」の記録だと説明しています。
同じグループの、北海道の汽水の貝
今回の論文の第一著者の吉村太郎さんらは、2026年に学術誌『Geological Journal』に載った別の研究で、北海道東部の約3800万年前の地層から出た汽水の二枚貝も調べています。この化石でも、赤外線の吸収からβ-キチンが残っていることが分かりました。
発表文によると、淡水域のキチンの記録は、これまで新生代の約4,000万年前の報告が中心でした。今回の成果で、その記録は約1億2,000万年前まで一気にさかのぼったと発表文は位置づけています。
化石に体のつくりの跡が残っていた話は、T・レックスの肋骨に血管の「型」が残っていた記事でも紹介しました。そちらは血管そのものではなく、鉄の鉱物が埋めた鋳型とみられる構造でした。今回は、貝がつくった分子そのものが残っていた点が違います。
論文は、火山灰が入り込む季節性の地層がこれまで思われていたより陸に多くあるなら、同じように「シリカで封じられた」有機物の化石がほかにも見つかるだろうと述べています。
酵素や質量分析での確認はこれから
この研究には、まだ確かめていないこともあります。純粋なキチンの鎖を確かめる最も確かな方法は、キチンを分解する酵素で分解する試験や、質量分析だと論文自身が書いています。今回の研究では、こうした方法は使われていません。
理由は、シリカとキチンががっちり組み合わさった硬い骨組みにあります。強い薬品でシリカを取り除かない限り、大きな分子である酵素は中に入り込めないのです。論文は、ごく少量を取り出して質量分析にかける調査が今後役に立つと書いています。
もう1つの注意点は、貝殻の有機物が純粋なキチンではないことです。キチンの細い繊維とタンパク質が結びついた、溶けない複合体になっています。染色と赤外線が確かめたのは、そのうちのキチンの骨組みです。論文は、分解されにくいタンパク質も構造が保たれるのに役立った可能性があるとしています。
乾季・山火事・鉄砲水と続く筋書きも、地層の証拠から研究グループが提案したモデルです。発表文は今後の展望として、同位体質量分析やアミノ酸の分析を組み合わせ、中生代の陸の生き物の化石から進化の情報を読み解くことを挙げています。
貝殻のいちばん外側の薄い膜が、恐竜の時代から残ってたんだね。
火山灰のシリカがすぐにふたをしたおかげだと、研究グループは考えているんだ。酵素や質量分析での確認は、これからだよ。
化石を探す人の目は、ふつうは骨や殻の形に向かいます。同じ地層の小さな貝の薄い膜が分子まで抱えていたのなら、ほかの川の地層の化石にも、まだ読まれていない分子が眠っているのかもしれません。


参考文献:
一次ソース: Yoshimura T, Nakayama K, Asato K, Noda Y, Sasaki T, Exceptional Chitin Preservation Driven by Early-Stage Silicification in Mesozoic Freshwater Environments(Geobiology, 2026)DOI:10.1111/gbi.70067
研究機関の発表: 東京大学大学院理学系研究科・福井県立恐竜博物館 発表文「1億2000万年前の化石から生体高分子キチンを検出」
関連する研究: Ehrlich H et al., Discovery of 505-million-year old chitin in the basal demosponge Vauxia gracilenta(Scientific Reports, 2013)DOI:10.1038/srep03497
関連する研究: Wysokowski M et al., Identification of chitin in 200-million-year-old gastropod egg capsules(Paleobiology, 2014)DOI:10.1666/13083
関連する研究: Yoshimura T et al., Molecular Palaeontology Prospects From Exceptionally Preserved Eocene Brackish-Water Bivalve Batissa sitakaraensis From Hokkaido, Japan(Geological Journal, 2026)DOI:10.1002/gj.70254










コメント